67.
今だけオスカーの心の声を聞くことが出来たら良いのに……。
世の中そんなに上手くいかないか。
「お前やっぱり変わんねえな。昔みたいにそうやって人を馬鹿にすることしか出来ないんだろう」
どうやら相当オスカーを怒らせてしまったみたいだ。
普段ずっとニコニコしている人間を怒らせると後が怖い。ここまで来たら私も引くに引けない。
「好きな女が他の男と仲良くしているところ見ても少しも嫉妬しないの?」
「俺はヘレナを恋愛的な意味で好きじゃない」
「って自分に言い聞かせてるだけでしょ」
彼を煽るように私は言葉を発する。
……こっちは知ってるんだよ、あんたがヘレナのことを好きなのは! 前世の記憶持ちをなめるな!
オスカーは私に何も言ってこない。
暫く部屋が静寂に包まれる。……気まずッ。
「人間だし、全然嫉妬していいんじゃない?」
沈黙を破るように私は口を開く。
「……お前に分かってたまるか。俺はアダムもヘレナも好きなんだ。だから、彼らが幸せになればいいんだ。それが一番良いんだ。俺が自分の気持ちをヘレナに伝えたところで困らせるだけだ」
「ヘタレ」
私の言葉が部屋に大きく響く。
さっきからかなりの声量で私とオスカーが言い合いしているのに、メリッサはずっと気持ち良さそうに寝ている。……凄いな。
オスカーはただ固まったまま私を見つめている。今の私の言葉をまだ理解しきれていないようだ。
「告白しない理由を二人のせいにして逃げてるくせに。ああ、もうまじでキモイ!!」
「俺の気持ちなんて何にも知らないくせに偉そうなことを言うな!」
初めて彼が私に怒鳴った。
「そうよ! 分からないわよ。そりゃ、オスカーの心の声を聞けたら良かったけどね。現実そんなに甘くないみたい……」
「は? 何言ってんだ?」
「今まで営業スマイルで楽してきたんだもんね。本気の恋にどう向き合えばいいのか分からないんでしょ? なら、私が貴方に丁寧に教えて差し上げようか?」
私は、目を大きく見開きながら見下すように彼を見る。彼はただ黙って私を睨む。私の挑発に我慢している表情だ。
「ずっと心に秘めているのが美しいなんて思わないことよ。恋心を墓場まで持っていくなんて、何勝手に脇役に成り下がってるの? 確かに主人公は王子でヒロインはヘレナだけど、貴方の人生の主役はオスカーでしょ! なんでわざわざ自分の気持ちを押し殺すの? もっと欲張ればいいじゃない!」
「欲張っても手に入らないと分かっている」
「そんな台詞は何か挑戦して失敗してからいいな!! 傷つくことを恐れてたら一歩も前に進めないでしょ!」
こんなに大声で言い合っているのに、メリッサはまだぐっすりと眠っている。
……あれ?
よく見ると、耳の周りに幾何学模様の幕が張っているのが見える。どうやらオスカーが私達の声を彼女に聞こえないようにと魔法をかけていたようだ。……流石兄。
「キャシーには分かりっこない。俺の気持ちなんて。好きな子を困らせたくないんだ」
少し落ち着きを戻したのか、彼は静かな声でそう言った。
「困らせれば良いじゃない? 何が駄目なの? 別に相手は人妻じゃないんだし。好きな人がいても、誰かに告白されたら少なくとも一晩中はその人のことで頭がいっぱいになるわよ。悩ませればいいのよ。好きな女の子が自分のことを考えてくれているなんてそれだけでハッピーじゃない。年頃の男なんだからそれぐらい望んだ方が健全よ」
「まさかキャシーからそんなことを言われるとはな」
「私は自分勝手で我儘な女だからね」
「人間なんて皆自己中心的だよ」
オスカーは自分を嘲笑うようにそう言った。
踏み入らないでおこうって思ったさっきの私の心は一体どこへ行ってしまったのだろうか。がっつり、二つも年上の男に説教してしまった……。




