64.
「お姉しゃま、ビエオリン弾けるの!?」
なんか違う楽器になってる。
彼女はさっきよりさらに輝いた目で私を見つめる。
……こんな瞳で見られるってことは、私、本当にスーパーアイドルになってもいいんじゃない?
とか調子乗っちゃいそう。調子乗れば乗るほど人は天狗になるものだ。
悪役令嬢が天狗とかもう救いようないじゃん。……いや、ちゃんと役になりきってて、運営側としては良きなのか?
なんかよく分からなくなってきた。
「とってくるよ」
私がくだらないことで悩んでいる間に、オスカーはそう言って、立ち上がり、部屋を出て行った。
オスカーの帰りを待っている間、私はメリッサに質問攻めにされる。
「お姉しゃまはビエオリンが好きなの!?」
「うん、好きだね」
なんか、ビエオリンって、役に立たないサプリメントみたいな名前だな。星二ぐらいでネット通販で売ってそう。
「いつからビエオリンしてるの?」
「少し前からかな」
現世では。
「どれくらい上手いの!?」
休む暇なくメリッサはぐいぐいと私にとんでもないスピードで質問してくる。
凄いよ、メリッサ。きっと一流記者になれるよ。
「どれくらい上手いんだろう。……人並みには?」
「ヒトナミ……?」
「普通の人ぐらいってことだよ」
四歳児の語彙力がどのくらいなのかさっぱり分からない!
自分基準で話すのがいかに楽か分かる。
しかも、世の中には天才キッズという中身がアラサーみたいな子どももいるんだ。歳の離れたコミュニケーションって難しい……。
子どもって大人が思っているよりも馬鹿じゃないし、大人は子どもが思っているよりも賢くない。
「お待たせ~」
オスカーがヴァイオリンを片手に部屋に戻ってきた。
どこの家にもヴァイオリンってあるものなんだ。うちの家にヴァイオリンがなかったのは父のせいか……。
「はい、どうぞ」
オスカーが私にヴァイオリンを手渡す。
「有難う」
「どんな演奏が聴けるのか楽しみだよ。前にキャシーの演奏を聞いた時、自分でもびっくりするぐらい心が痺れたんだ。あんな素敵な演奏は生まれて初めて聞いたからよ」
「最高の誉め言葉を頂けて光栄です」
少し令嬢っぽくそう言って、私は軽くお辞儀した。
音楽ってやっぱり凄い。人と人を繋ぐ魔法みたいだ。なんだ、私、魔法使えるじゃん。……ちょっと違うけど。
「メリッサも楽しみ! お姉しゃまのビエオリン楽しみ!」
興奮した様子でメリッサも声を上げる。
子供に弾く曲ってどんなのが良いんだろう。カッコいいって思われるような曲を弾きたい。
やっぱり、お姉しゃますげえええ! って言われたいもんね。ずっとスーパーアイドルでいたいもんね。
私はメリッサの方をチラリと見る。
まだ、何も弾いていないのに、彼女を見る私の目はもう既に感動しているように見えた。
音楽に年齢なんて関係ないし、メリッサが喜んでくれそうな曲を弾こう。
私はそんなことを思いながら、弓を弦に走らせた。




