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王子、うるさい!  作者: 大木戸いずみ
58/117

58.ピンチ

 木漏れ日が降り注ぐ森の中で、今日もヴァイオリン練習をする。

 森の中は空気が澄んでいるし、自然の力を与えられているようで気持ちいい。

 

 あの貧困地域の改善方法を考えてもなにも出てこない。……王子に相談してみようかな。

 衛生面を考える前に、あの意味の分からない大きな門をぶっ壊したい。

 私が怪力少女だったら、殴って壊せたのに……。そう思うと、本当に悪役令嬢って何の力もない。

 余計なことを考えていたせいか、ヴァイオリンの音色が乱れる。

「集中しないと」

 自分にそう言って、私はもう一度意識をヴァイオリンに戻して演奏し始める。


「やっぱり、キャシーの音はいい音だな」

 ヴァイオリンを練習していると、森でまたばったりとルイスに会った。

「今日は町に来ないのか?」

「今日は……、ちょっと用事が」

 咄嗟に嘘をつく。何もなくて暇だが、今日はヘレナが町へ行く日だ。

 多分、王子達もヘレナと一緒に行くだろう。絶対に彼らはヘレナ一人で町には行かせないはずだし。

「リリーの病気、きっと治るよ」

「ああ、俺もそう信じてる」

 今日、ルイスはヘレナに惚れるんだ。リリーもヘレナに懐いちゃうのかな。

 そう思うと、少し寂しいな……。

「どうかしたのか?」

「何があっても私が町に通っていることは秘密にしてね」

 私の言っていることが分からないという表情を浮かべる。

「黒髪の紫色の女なんて知らないって言ってね。私の名前が出てもとぼけてってこと」

「別にいいけど、町の人らほぼ全員キャシーのこと知ってるからな」

 ……そうだ、そうだった!!

 私ってなんて馬鹿なんだろう。考えてみれば、エミーにはもうバレてるし、皆に貴族じゃないってことを公言したとしても、ヘレナ達が来たらアウトじゃん。

 どうか私の話題が上がりませんように、神様お願いです。こういう時だけ、神頼みやめろよ、自分の力でどうにかしろ、とか言わないで。助けて! ヘルプミー!

「なんで、そんなに焦ってるんだ? 貴族って言っても別に困るようなことないと思うぞ? どうせ貴族でも下級貴族なんだろ?」

 上級です。

「まぁ、アダム王子の婚約者とかだったらやばいけどさ」

 婚約者です。

 私がじっと黙っているのを見て、ルイスはハッとする。彼は口を開けながら、私を指さす。

「ま、まさか」

「私、上級貴族キルトン家のキャシーなんだよね、てへ」

「嘘だろッ!?」

 リアクション大賞受賞できそうな素晴らしい驚き方。小鳥たちもルイスの声にびっくりして、一斉に空へ飛んで行った。

 彼は目を大きく見開いて私をじっと見つめる。

「え、キャシーが上級? いや、確かに並みならぬオーラは出てたけどさ、泥まみれで子供たちと遊ぶし」

「子供好きだからね」

「喋り方も軽いし」

「最近軽くなったんだけどね」

「いつもめちゃくちゃいい匂いするし」

「ん?」

 褒められてるけど、それ全く関係なくない?

「こんなの皆知ったら一気に態度変えるぞ」

「それが嫌なんだよね。唯一のオアシスを取られるわけにはいかない」

 お茶会なんかよりも断然町の方が楽しい。

 とか言いつつ、ヘレナを早く町に送ろうとしていたのは私なんだけどね。これは完全に自業自得だ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 悪役令嬢物は嫌いです。あまりにもストーリー重視のものが多くキャラの魅力を感じれるものが少ないからです。 ですが、この作品はそんな価値観を粉々にされました。人間の悪感情だけではない、黒とも白と…
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