58.ピンチ
木漏れ日が降り注ぐ森の中で、今日もヴァイオリン練習をする。
森の中は空気が澄んでいるし、自然の力を与えられているようで気持ちいい。
あの貧困地域の改善方法を考えてもなにも出てこない。……王子に相談してみようかな。
衛生面を考える前に、あの意味の分からない大きな門をぶっ壊したい。
私が怪力少女だったら、殴って壊せたのに……。そう思うと、本当に悪役令嬢って何の力もない。
余計なことを考えていたせいか、ヴァイオリンの音色が乱れる。
「集中しないと」
自分にそう言って、私はもう一度意識をヴァイオリンに戻して演奏し始める。
「やっぱり、キャシーの音はいい音だな」
ヴァイオリンを練習していると、森でまたばったりとルイスに会った。
「今日は町に来ないのか?」
「今日は……、ちょっと用事が」
咄嗟に嘘をつく。何もなくて暇だが、今日はヘレナが町へ行く日だ。
多分、王子達もヘレナと一緒に行くだろう。絶対に彼らはヘレナ一人で町には行かせないはずだし。
「リリーの病気、きっと治るよ」
「ああ、俺もそう信じてる」
今日、ルイスはヘレナに惚れるんだ。リリーもヘレナに懐いちゃうのかな。
そう思うと、少し寂しいな……。
「どうかしたのか?」
「何があっても私が町に通っていることは秘密にしてね」
私の言っていることが分からないという表情を浮かべる。
「黒髪の紫色の女なんて知らないって言ってね。私の名前が出てもとぼけてってこと」
「別にいいけど、町の人らほぼ全員キャシーのこと知ってるからな」
……そうだ、そうだった!!
私ってなんて馬鹿なんだろう。考えてみれば、エミーにはもうバレてるし、皆に貴族じゃないってことを公言したとしても、ヘレナ達が来たらアウトじゃん。
どうか私の話題が上がりませんように、神様お願いです。こういう時だけ、神頼みやめろよ、自分の力でどうにかしろ、とか言わないで。助けて! ヘルプミー!
「なんで、そんなに焦ってるんだ? 貴族って言っても別に困るようなことないと思うぞ? どうせ貴族でも下級貴族なんだろ?」
上級です。
「まぁ、アダム王子の婚約者とかだったらやばいけどさ」
婚約者です。
私がじっと黙っているのを見て、ルイスはハッとする。彼は口を開けながら、私を指さす。
「ま、まさか」
「私、上級貴族キルトン家のキャシーなんだよね、てへ」
「嘘だろッ!?」
リアクション大賞受賞できそうな素晴らしい驚き方。小鳥たちもルイスの声にびっくりして、一斉に空へ飛んで行った。
彼は目を大きく見開いて私をじっと見つめる。
「え、キャシーが上級? いや、確かに並みならぬオーラは出てたけどさ、泥まみれで子供たちと遊ぶし」
「子供好きだからね」
「喋り方も軽いし」
「最近軽くなったんだけどね」
「いつもめちゃくちゃいい匂いするし」
「ん?」
褒められてるけど、それ全く関係なくない?
「こんなの皆知ったら一気に態度変えるぞ」
「それが嫌なんだよね。唯一のオアシスを取られるわけにはいかない」
お茶会なんかよりも断然町の方が楽しい。
とか言いつつ、ヘレナを早く町に送ろうとしていたのは私なんだけどね。これは完全に自業自得だ。




