57.
一旦、心を落ち着かせて、状況を整理する。
ヘレナが治癒魔法を使えるようになった。……それは良い。素晴らしいことだ。次に、ヘレナが王子に恋をしていなかった。……とても悪い。中学英語の教科書に載っているキャシーも、こればかりは英語が出てこず、言葉を失っていると思うよ。
「あ! でもイチャイチャしてたよね? 私の前で、王子とイチャイチャしてたよね?」
「それは、前まで貴女が苦手だったの。だから、少し見せつけてやろうって思って……。ごめんね。私、性格悪いよね」
『キャシーは王子の婚約者なのに、私なんて馬鹿だったんだろう』
安心して、私の方が性格悪いから。
というか、そこは嘘でも王子に気があったからって答えが欲しかった。何その絶望的な答えは……。
ヘレナが眉を八の字にして私を見つめる。なんでそんな不安げに私を見つめるんだ。
そして、さっきからエミーが私達のやり取りを見て笑いを堪えるのに必死なのも分かっている。私達の横でずっと肩を小刻みに揺らしながら立っている。
『嫌われたらどうしよう』
何故私にそんな感情を持つんだよ。
本当に意味が分からない。一体どこでどうなったらこんなことになったんだろうか……。
悪役令嬢がヒロインから好かれるとかどんな乙女ゲームなんだよ。
「皆ととても仲の良い状態が心地よくて、その上、私、恋に憧れていただけなのかもしれない」
やっばい。なんかヘレナ、すっごい……ビ、じゃなくて、尻軽女に見えてきたよ。
無自覚なたらしほど怖いものはない。
何故ヘレナが女の子からも人気なのか理解できない。やっぱり、ヒロインの力は絶大なのかな。
「あの、ヘレナ。ヘレナは王子の心を弄んでたってことだよね?」
「ち、違うの。悪気はなかったの。ただ一緒にいるのが楽しくて」
「鈍感天然たらし。もう! これだから、ヒロインは本当に困る!」
「ヒロイン? 何の話?」
「王子と無理やりキスでもされて既成事実でも作っといてよおおぉぉぉ! それなら、婚約破棄しやすかったのに! こんなに皆から好意寄せられているのに、今まで恋愛感情が誰にもなくて恋に憧れていたって、どこぞのヒロインなのよ! まぁ、確かにヘレナはヒロインだけどさ、けど、そんなヒロイン要素いらない! 運営! このヒロインをどうにかしろ!」
私はドンッとティーカップを机に置いて、腹の底から声を上げる。
もう皆、私の心の声を聞いてくれ。
『キャシーってこんな口調の子だったかしら……。それにしても、怒ってる顔も可愛いわ。言っていることは意味分からないけど、この表情はずっと見ていたいな』
……やっば、変態だ。ヒロイン変態だ。
ヘレナが嬉しそうに私の表情を見ているのを見て、背筋がゾッとした。さっきまでの怒りが一瞬で沈下され、今はむしろ彼女が少し恐いとまで思ってしまった。
この状況でなんでそんな楽しそうなのよ。マゾなの?
なんか、空気読めないあたりも本当にヒロインって感じでむしろすがすがしくなってきた。
なんか、もう嫌われているわけじゃないのなら、どうでもよくなってきてしまった。好きにしてくれ。……けど、王子とはやっぱり婚約破棄したい。




