56.来客
「運動部を掛け持ちした気分」
私はそのままドサッとベッドの上に寝ころぶ。ふかふかのベッドが私を癒してくれる。
あの元帥様は一体どういう用でこの国にいらっしゃったのやら……。彼に連れ去られた少年は元気なのだろうか。
コンコンッと扉をノックする音が聞こえる。
「お嬢様、今、少しよろしいでしょうか?」
こんな時間に一体何だろうと思いながら、扉を開ける。エミーが少し戸惑った様子で立っている。
「どうしたの?」
「あの、実は、ヘレナ様がいらしていて」
「こんな夜に?」
「はい。失礼だとは分かっているが、話したいことがあるっておっしゃっていて……。どうしますか?」
どうもこうも、私が彼女と話すまで彼女は家に帰らないだろう。
ヒロインというものは頑固で決めたことは最後まで何があってもやり通そうとするところがある。それが良い時もあるけど、今みたいに物凄く面倒くさくて迷惑な時もある。
「行くよ」
そう言って、疲労した足を動かす。
「キャシー!」
私の顔を見るなりヘレナは明るい笑顔を向ける。
……元気だな。その気力を少し分けて欲しい。
『いつも通り可愛いなぁ』
あ、そうだった。
心の中で小さくため息をつく。そういや、私、ヒロインの心の声も聞こえるようになったんだった。
そんなサービスはいらない。出来れば、返却したい。ついでに王子のも。この疲れた時に相手の心の声まで容赦なく聞こえてくるのは、地獄だ。
「今、めちゃくちゃ眠いから用件を短くお願い」
「分かった。じゃあ、用件を先に言うとね、私、治癒魔法が使えるようになったんだ」
「……え?」
「だから、治癒魔法が使えるように」
「聞こえてた! あまりに唐突過ぎてちょっとリアクションがとれなかった。ごめん。仕切りなおした方が良い?」
「じゃあ、仕切りなおそっか。テイクツー!」
明るい声で彼女はそう言って、深呼吸する。少しの間、静寂に包まれ、彼女はまた口を開いた。
「キャシー、話があるの」
「な、なに?」
私は、ごくっと息を呑んで、険しい表情をする。
「実はね、私、治癒魔法が使えるようになったんだ」
「そ、そんな……」
「カーッットッッ!!」
急にヘレナは立ち上がり、大声を上げる。さっきまでの緊迫した空気が一瞬で台無しだ。
「キャシー! そこはさ、えええええ? うそ!? おめでとう! 凄いわヘレナ! 貴女は私の誇りよ! 自慢の友達だわ! っていうところでしょ? 何でそんなに深刻な表情浮かべてるのよ!」
身振り手振りを大げさに彼女は私に力説する。
「いや、別に自慢の友達じゃなくて、ただの友達だし」
「なにそれショック!」
「私が言うのもなんですが、……お嬢様方、何やってるんですか?」
エミーが私達の様子を見かねたのか静かにツッコミを入れる。
『……絶対にキャシーの一番になってやるんだから』
いや、王子の一番になって?
「そういや、治癒魔法使えるようになったことは王子に言ったの?」
「まだよ。最初にキャシーに聞いてもらいたくて」
彼女はにっこりと可愛らしい表情を浮かべる。
え、そこは王子じゃないの? 王子とヘレナが今まで培ってきた絆はいずこへ……。
「アダムとは相性が合うし、仲は良いけど、付き合っているわけじゃないし」
「は?」
「向こうは私のことが好きだったみたいだけど、私は皆好きだし、アダムのことを性的な目で見たことはないよ」
思わず飲みかけていた紅茶を吐き出しそうになる。
ヒロインからそんな言葉聞きたくなかったよ! そんな爆弾発言しないで! 全世界のヒロインたちが今冷ややかな目でヘレナのこと見てるよ!
確かに、この乙女ゲームは先に攻略対象者達がヒロインのことを好きになって最後に選ぶって形だったけど……。
まさか、ヘレナがそんな風に思っていたなんて。もっと早くに心の声聞かせるべきじゃなかった!?




