55.
「元帥だと……?」
店長は顔を真っ青にしてそう呟いた。
分かるよ。分かるよ、店長、その気持ち。私も今声にならないぐらい驚いている。
「ああ、彼がリンドン王国の元帥だ」
カールは、背筋を伸ばし、キリッとした引き締まった表情でディランを片手で差しながらそう言った。
「ディラン・サイモス……。サ、サイモス家と言ったら……、もしかして貴方が王位継承権を放棄して王族とも縁を切られたという王子ですか」
膝をがくがくさせながら店長は怯えた表情をする。そんな彼を見ながらディランは短く返事をする。
「ああ、まあな」
やっぱり王子なのかよ。じゃあ、心の声を聞かせろ!
いや、王位継承権を放棄して、親とも縁を切ってたら王子じゃないのか。ただの元帥なのか。
元帥にまでなったということは私の想像をはるかに超える相当な努力をしてきたんだろうし、王位には興味なかったんだろうな。
それにしても……、ややこしいな! もう!
「それで、こいつを」
「そいつは貧しい家の子どもでして、元帥様が気に掛けるほどのやつではございません」
ディランの言葉を遮り、店長は早口でそう言う。
店長、よく元帥を前にしてそんなことをペラペラと言えたな。自らクズですって言っているようなものだよ。
ディランは鋭い目で店長を睨む。
「お前より役に立ちそうだけどな」
「は、はい?」
「こいつは貰っていく。異論は?」
「な、ないです!!」
店長は大きな声で返事をする。これ以上そんな圧をかけないであげて、もう店長おしっこ漏らしそうだよ。
「これ以上、長居は無用だな。カール、行くぞ」
「なんて自分勝手な」
そう言って、彼らはその場から去って行く。
なんか、ピンチの時に現れるヒーローみたいな人だな。
少年を肩に乗せて、片手で担ぐ彼の後姿を見ながらそんなことを思った。
「もう、あんなに目立ってどうするんですか!」
「そんな目立ってたか?」
「目立ち過ぎですよ。それに、その少年どうするんです」
「……それより面白いものを見たぞ」
「私の話は無視ですか。確かにあれは少し興味深いですけど」
「こんな町に似合わないお嬢がいたな」
「それも庶民の服をしていましたし……、何か事情があるんですかね?」
「知らね」
「……全く、この元帥は」
彼らが何か話していたが、あまりにも歩くスピードが速すぎてどんどん声が小さくなっていき聞き取れなかった。
もう二度と彼らに会うことはないだろう。
それにしても、あの貧困地域の中は一体どうなっているんだろう。
私はちらりと町の中で区切られた分厚く大きな門に目を向ける。
これこそヒロインがどうにかしてくれないかしら。そんなイベントは乙女ゲームになかったけど。
……何でも人に頼ったらだめだよね。誰かじゃなくて、私が出来ることを家に帰ったら探そうかな。
その前にまず、ルーシーに手紙を届けないと!
私は、再びパン屋の方へ足を進めた。




