48.
ヴァイオリンを手にしたのは良いけど、演奏する場所がこんな窮屈なのは嫌だな……。
人が近すぎる。もうちょっと落ち着いて弾ける場所が良い。
私はぐるっと全体を見渡す。ふと、月光に照らされた大きなバルコニーの方に目が留まる。
なんて良いスポット。夜風が当たって気持ち良さそうだし、完璧じゃん。
あのフルートの演奏の後だもん。これぐらいの演出は必要だよね。
ヴァイオリンを片手に持ち、コツコツとまたヒールの音を鳴らしてそこへ向かう。
誰も何も言わない。ただ私の行動をじっと見ているだけだ。
……何だろう、この緊張感。
『何してるんだ?』
最高の場所で最高の演奏をしようとしているの。
というか、王子の声聞こえてたらさ、演奏中に実況されているみたいになるんじゃ……。まぁ、演奏してたら周りの声なんて全く聞こえなくなるからいいけど。
バルコニーに辿り着き、皆の方を見る。
父と目が合う。怒りというよりも不安で少し悲しそうな目をしている。
やっぱりヴァイオリンに何か思い入れがあるのかな。ごめんね、父。それでも、私は演奏したいんだ。
「月明かりがキャシー嬢を照らしていて、本当に月の女王みたいだ」
誰かの声が聞こえた。
残念だけど、今から弾くのは月のように妖艶で上品な曲じゃない。
私はフッと口角を上げて、ヴァイオリンを肩の上に乗せる。全員が私に集中する。
心臓の鼓動がバクバクとうるさい。良い緊張だ。
スゥっと息を吸い、弦に弓を滑らした。
『な、なんだ!? 空気が震えた』
私は今、ソリスト。好きに弾いて良いのよ。
音がバラバラにならないように スピード感を大切に、疾走感を……。
誰一人声を発さない。そんな余裕を決して与えない。ここにいる全員を私に集中させる。
音と音を重ねて夢を見させる。スピードを上げながら滑らかに弾く。
『容赦なく音が心の中に入ってくる。彼女は……誰だ』
月の世界に溶け込むように、人の醜さを全て剥ぎ取り清らかさだけを残す。
力強く、激しく、けど、不快感を与えないように。
『幼い頃からプロのヴァイオリニストの音を聞いて、習ってきた俺がこんなに気圧されるなんて。こんな心震える音を聞いたことがない』
音を可視化させる。空気に音を震わせて、聞く者に幻想を届ける。
月の妖精が夜の悪戯を悠々と楽しみ、朝まで踊り歌う。
楽器の声は音だ。音で何を伝えるかを思いながら演奏する。
段々迫力のある音を奏でて、クライマックスに向かう。世界の中心が自分であるかのように弓を滑らす。
『月夜に輝く姫』
バッと弓を高く上げて、弾き終える。
一瞬で静寂に包まれる。暫くの間、誰も言葉を発さず、手を叩くこともない。
私の荒い息だけが聞こえる。
この感覚を知っている。演奏を終えた後、すぐに拍手が送られるわけじゃない。人の心を揺さぶり、感動させた演奏の後は必ず沈黙だ。




