47.
優しい音……。
その優雅な音は彼女の縦ロールの髪型と合う。一気に舞踏会が華やかになった。
聞いている者をうっとりさせるような綺麗な音色だ。
『やっぱり心地いい演奏だな』
それな。
フルートは、管楽器の女王だ。吹き方で表現が一気に変わる。
「ミア様のフルートがやっぱり一番ね」
「令嬢の上手さだとは思えん」
「プロ並みの腕だな」
音が粒になって聞こえる。真珠の粒のように丸く輝いている。
弾けて、萎んで、流れて、揃って、……聴衆に決して害を与えない演奏。
ミアが最期の一音を吹き終えた瞬間、盛大な拍手が送られた。
「凄かったわね」
私の隣で興奮気味にヘレナが手を叩く。
昔、私もそんな言葉を言われたな、とふと思い出す。
一度体験したあの感覚がまた蘇る。皆の前で弾き終えた瞬間のあの達成感。自分の演奏で人が涙を流し、歓声をあげてくれるあの瞬間に心臓が震える。
「弾きたそうな顔してるぞ」
王子に言われてハッと我に返る。
「え? キャシー何か弾けるの!?」
真っ先にヘレナが王子に声に反応して大きな声を出す。
そういうとこだぞ、ヒロイン。
だから、一部からウザがられるんだよ。
王子が私を挑発するような目で見る。何も言わなくても考えていることは分かる。
……ダメだ。挑発に乗るな、私。
そもそも父がいる前では演奏出来ない。……もしバレて父にヴァイオリン奪われたら、暫く立ち直れない。そうなったら、王子の写真集出して儲けるしかなくなる。
それでもいいの? 王子。あんた、私に売られるんだよ。
「私、聞きたいわ!」
ヘレナが大きな声を出すから、周りがざわつき始める。
さっきまでいなかったオスカーやエディ、イーサンも私達の方をがっつり見ている。……逃げ場がない!
ヘレナ、私への嫌がらせかな?
まぁ、けど散々ヘレナには嫌がらせしたんだ。これぐらいのことは受け止めなければ。
きっと、この乙女ゲームは音楽に一番力を入れていたと思う。舞踏会で流れる音楽にクラッシックの曲が一つもなく、全てオリジナルというのはかなり大変だ。
……今度この世界の曲練習してみよ。きっとやりごたえがあるはず。
と、すでに、自分が今ヴァイオリンを演奏して父にヴァイオリンを取られないという想定を考える。
『キャシーの演奏は聞いてみたいが、無理強いは出来ないからな』
「嫌なら嫌と」
「やりますわ」
私は静かにそう言って、さっき曲を弾いていた演奏者の方へ足を進めた。
もうこんなに注目されてるんだもん。……私の家で。
キルトン家に招かれた皆様の為に弾くよ。父にも胸張ってもらえるような演奏を弾いてみせる。
そう意気込んで、ヴァイオリン演奏者からヴァイオリンを借りる。
こいつがヴァイオリン弾くのか? みたいな顔されたけど、無視しておこう。きっと、ここにいる大半の人間がそう思っているに違いない。
どうせ、私の我儘でとんでもない酷い曲を聞かされるのかと、冷や冷やしてそうだし。
奥にいる令嬢達なんか耳を塞ぐ準備をしている。
失礼ね! ……まぁ、仕方ないけどさ。




