46.
王子は何も言わない。
まぁ、言葉に出さなくても充分私には伝わりましたよ、王子の気持ち。
『こんなに気持ちがぐらつく自分に腹が立つ』
ダンスの曲が演奏され始める。
……滑らかで美しい入りね。私もヴァイオリンを弾きたくなる。
それにしても、この国の音楽は前世の私が学んだクラッシックの曲が一つもない。なんで!!
即興で演奏する方が好きだし、得意だけど、クラッシックの曲も弾きたかった……。
もしここで天才作曲家の曲を弾いたら私の手柄になるってこと。それは作曲家への冒涜とかのレベルじゃない。偉人の手柄を横取りなんて犯罪者だ。
大好きなクラッシックの曲をもう二度と弾けないのはちょっと悲しいけど、それも運命と思って受け入れるしかない。……まぁでも練習曲ぐらいは良いよね。
「踊るか?」
ぼんやりとしていると、王子が私にそう言った。
シャルウィダンス! 王子が私に嫌な顔せずにそんなことを言ってくれるとは。
まぁ、私は王子の婚約者だから、舞踏会で踊るのは当たり前だよね。
『いつもなら即答したのにな』
「嫌なのか?」
美形が私の顔を覗き込む。
エッロ。なんて顔してんですか、王子。
片耳に掛かったその金髪もなんか色っぽさ演出してるし……。もうやだ、この世界。
一眼レフ欲しいんだけど。王子写真集なんか出したら、絶対にお金が稼げるのに。
……少し王子をいじめてみようかな。
「いつも私が婚約者だからという理由で嫌々ダンスしてくださっていたことには感謝しています。もうこれからはそんなことを気になさらなくて大丈夫ですよ」
私の言葉に王子は固まる。
きっとダンスを誘えば、私なら喜んでイエスと答えると思ったのだろう。
『自分に腹が立ってくる。ヘレナのことが好きなはずなのに、どうして今こんなに彼女に惹かれているんだろう』
人の気持ちは移ろいだからね。
それに、乙女ゲームは選択肢を間違えれば王子がヒロインに思う好感度が変わってくる。
王子を落とすのは最難関。まぁ、残念なことに私は前世で他の攻略対象者達を落とすことは出来なかった。
選択肢のゲームって苦手なんだよね。……本当なんで私乙女ゲームなんてやってたんだろう。
「おお! ミア嬢がフルートを演奏するそうだ!」
「素敵な音色を奏でるって噂よね。楽しみだわ」
「前に一度聞いたことがあるが、素晴らしかったぞ」
周囲がざわつき始める。
ミアは中級貴族のミア・カーベル。橙色の縦ロール髪が印象的だ。確か、彼女王子と同い年だったかしら。
それにしても、彼女、フルートを吹けたのね。
『ミアのフルートを聞くのは久しぶりだな。……キャシーはヴァイオリンが上手いのか? 彼女の演奏も聞いてみたいな』
とか言って、私がとんでもなく下手くそだったらどうカバーするのよ。
『失敗したら俺が弾くし』
特大ため息をつきたくなる。
王子、どこまで完璧なんだよ。ヴァイオリンを弾けるなんて……。
こうなったらコンビ組まない? 夫婦よりも絆が深くなりそうだよ。




