19.
「何してるんだ?」
廊下を埃一つなくピカピカに掃除していると、王子が私の前に現れる。
びっくりしたぁ……。
いや、ここは王宮なんだから、王子がいて当たり前だよね。
「掃除です」
「見たら分かる。……これ、全部お前がやったのか?」
『ちょっと綺麗すぎないか? いつもより廊下が輝いている気がする』
そりゃ、今、床に這いつくばって雑巾で最後に細かい所を磨いていたからね。ツルツルのピカピカでしょうよ。
「あの、キャシー様、物凄い速さで王宮を綺麗にしているんです。素晴らしい腕で、私よりも掃除が上手いんです」
こそっとリノンが王子にそう言う。
ラーメン屋で閉店後に凄まじいスピードでキッチン掃除とかさせられていたからね。掃除の腕はかなりいいと我ながらに思う。
『まさかキャシーにこんな特技があったとは』
これを特技と言うのか?
『……令嬢なのに、汚れても嫌な顔一つせずに仕事をするとは驚きだな』
「まぁ、私もやれば出来る子ってことですね」
「天狗になるな、その高い鼻をもぎ取るぞ」
……この人、本当に私を好きだったのか?
どうせなら、あの表面上の無口でクール王子に戻って欲しい。
「労いの言葉一つ言って下さってもいいのでは?」
「ヴァイオリン分働け」
「分かってるわ」
つい、手に持っている雑巾を王子の顔面に向けて投げてしまった。そして、それが見事にヒットする。
ナイスキャッチッ! とか言ってる場合じゃない。
リノンの顔から血の気が完全になくなる。王子は手をゆっくりと雑巾に手を伸ばし、顔からはがす。
……うわ、怖い。顔見れないよ。
目を合わせたらきっと死んじゃうよ。王子いつからメデューサデビューしたんだよってツッコミは今受け付けておりません。
『今、こいつ俺に何投げたんだ?』
雑巾です。王宮を綺麗にしてくれた雑巾です。
私、ヒロインにしてきたことよりも今、王子にしたことの方が罪が重いのでは?
まさか、自分がこんなにも行動派の人間だとは思っていなかった。前世で元カレにイラついてチェーンソーを買おうとしただけのことはあるわ。
なんだか自分ってかなりの怖いもの知らずじゃんって褒めたくなってきた。
「王子、今のは一緒に野球しようぜってノリでピッチャーの練習をしていたんですよ」
「は?」
王子は雑巾を片手に私を物凄い形相で睨む。獲物を捕まえる蛇のような目だ。
「私に弁解の余地は?」
すがるようにリノンの方を見る。彼女はどこか諦めたように静かに首を横に振る。
先輩! 急に見捨てないで!
「俺の顔に雑巾を投げた奴なんて初めてだぞ」
「あ、王子の初めて奪っちゃった」
てへっと舌を出す。
王子はそのまま大股で歩き、右腕で私の首をひっかけ、そのまま連行した。
私は掃除したばかりの綺麗な廊下をズルズルと引きずられる。
リノンは「ご武運を」という目で私を見送る。……助けろおおおぉぉぉ!!