18.メイド生活
「なにこれ」
滅茶苦茶良い部屋を用意されている。私の部屋よりも若干大きくない?
メイドがこんな部屋を貰えるはずがない。
住み込みで働くと意気込んで来たのに、いきなりこんな場所に連れてこられたら気が抜けてしまいそうだ。……もしやそれが狙い?
王子の家に住み込みで働くことになった時、両親を説得するのが大変だった。
幸いなことに、エミーは私がお金を稼ぎたいことを言わないでくれた。これで、エミーとの心の絆はしめ縄のように分厚くなった。
父はなんだか少し気まずそうに王子の家に行くことを許可してくれた。勿論、私が働くことを知らない。母は、なかなか許可を出してくれなくて、最終的に王子が出てきて母を説得した。
そりゃ、私の婚約者の王子様に言われちゃ母親も首を縦に振るしかない。
ぐるりと部屋を見渡す。
大きくふかふかなベッドの上にメイドの服が置かれている。その隣に、ヴァイオリンケースが置いてあった。
もしかして、もう用意してくれたの? 仕事早すぎるだろ。
カチャッとケースを開ける。傷一つない綺麗なヴァイオリンがちゃんとそこにある。
「なんて美しいの」
ヴァイオリンと共に手紙が入っている。
〈どれだけ汚い音を出しても良いようにこの部屋には防音の魔法をかけておいたから、好きなだけ練習してくれ〉
なんだろう。言っていることは理解出来るんだけど、なんか腹立つ。
私、これでもまだ婚約者なんだよね?
まぁ、メイドとして働きに来た私にこんな立派な部屋を用意してくれるぐらいだから、一応婚約者扱いはされているのかな。
優しくヴァイオリンを撫でて、小さく笑みを浮かべた。
「ここは、キッチンです」
今は同じ制服を着ていて、同じ立場なのに、何故か先輩に敬語で教えられる。
確かに、私の本業はメイドじゃない。でもこの仕事を引き受けた限りは全力でやるし、必ず完璧にこなしてみせる。
コンビニとラーメン屋のバイト経験を活かせる気がしないけど、それでもやるしかない!
「朝、八時にここで焼かれたクロワッサンと……いえ、料理人が朝食を用意するので、それをアダム様の所へ持って行って下さい」
絶対、今、私の仕事減らしたな。
「あの、リノン先輩。敬語じゃなくて大丈夫ですよ?」
「いえッ、そんなわけにはいきません」
「けど、今、私本当に見習いなんで」
いきなり令嬢がメイドになるとか、きっと「仕事なめんなよ?」とか陰で言われるんだろうな。……いや、でもリノンはそんなことを言える質じゃなさそうだ。
そばかすが可愛いリノンを見ながらそんなことをぼんやりと考える。
「キャシー様にそんな失礼なこと出来ません! 未来の王妃になる方なのですから」
「……なれるかな」
「え?」
「ううん、何でもない。次に行きましょ」
私はそう言って、笑顔で誤魔化した。