16.
「金が欲しいのか?」
目を丸くしながら王子はそう言う。
顔は見えないけど、エミーもさぞかし驚いていることだろう。どうか両親に言わないで。
「……はい」
言ったことは戻らない。もうここは素直になろう。
「何か買いたいのか?」
「そうです。その為に働くんです」
『そう言えば、俺からキャシーにプレゼントなんてしたことなかったな』
婚約者といえども嫌いな女にはプレゼントしたくないよね。
ヘレナにはヘレナの瞳の色のピンクの宝石がついたネックレスをプレゼントしていたけど。
「何が欲しいんだ?」
ヴァイオリンなんて言ったら笑われそうだ。私が続くわけないと思われる。
私が黙っていると、王子が口を開く。
「俺が買ってやろうか?」
「……いえ、結構です」
私が断ると思わなかったのか、王子はハトが豆鉄砲をくらったような顔をする。
王子がこんな顔をするなんて珍しい。写真撮りたいな……。
「何故だ?」
「今回は自分で買わないと意味ないんですよ」
『こいつ本当にキャシーか?』
キャシーです。
「前貸ししてくれる業者しりません?」
『一体、そこまでして手に入れたいものは何なんだ?』
「お父様には悪いけど出稼ぎするか」
「ちょっと待て。一体何が欲しいんだ?」
二度も聞かれたら、もうこれは王子命令ということで答えるしかないか、
「ヴァイオリンです」
「ヴァ、ヴァイオリン?」
「そうです。弦楽器のヴァイオリン」
「お、お嬢様?」
エミーの困惑した声が後ろから聞こえた。
きっとこれも気ままの一つだと思われるんだろうな。明日には使用人会で「お嬢様がヴァイオリンに手を出そうとしているみたいよ」なんて噂されるんだよ。絶対そうだ。
『キャシーがヴァイオリン? 音楽なんて興味のなかった彼女が?』
「……じゃあ、俺が君を雇おう」
はい?
まって、「じゃあ」って何?
何がどういう流れでそうなった。王子の役に立てるのなら光栄だけど、今の私に特に秀でたスキルはない。
「あの、私の聞き間違いかもしれないので確認させて下さい。王子が私を雇うのですか?」
「ああ、そうだ」
「えっと、あの……」
「嫌なのか?」
「嫌です」
『即答』
だって、王子の元で働くってことは王宮で働くということ。別に私が使用人始めたと貴族の中で噂されるのは痛くも痒くもない。
ただ、王子の近くにいると攻略対象者達だけじゃなくてヒロインにも会う機会が一気に増えるのだ。
「一週間だ。一週間俺のところで働けばヴァイオリンだ。しかも、先にお前に渡してやる。どうだ、悪くないだろう?」
「一週間!?」
一体どこの会社が一週間働いたらヴァイオリンをプレゼントなんていう意味わからない報酬をしてくれるんだよ。永久就職したいわ。
「乗るか?」
「乗ります乗ります。是非乗らせてください」
『チョロいな』
……え、今なんて言った? 私、ハメられたの?
おいおい、王子、詐欺はダメだよ。