14.
「お父様!」
バンッと音をたてて父の部屋の扉を開ける。彼はその音にびっくりしてビクッと反応する。
「キャシー? そんなに慌てて一体どうしたんだい?」
「私、ヴァイオリンが欲しいです」
息を切らしながら、力強い目で父を見る。
父は私に甘いから何でもすぐに買い与える、というのを狙って父に頼み事をする。母なら私が絶対に続くわけないと反対するに決まっているからだ。
彼は目を見開いて私を見た後に、すぐに真剣な表情になった。
「……ダメだ」
まじかよ。まさかの父が反対するなんて。
何か事情があるのとか? 今までそんな話一言も聞いたことがないけど。
「何故です?」
「ヴァイオリンだけはだめだ」
さっきより強い口調で父はそう言った。
もしかして、父も私と同様何かヴァイオリンにトラウマでも抱えてるの?
「他に何でも買ってあげるよ。フルートでもピアノでも」
「ピアノは家にあるでしょ」
「じゃあ、何が良い?」
「ヴァイオリン」
これだけはやっぱり譲れない。
「それはだめだ」
「だめならだめな理由を教えてください!」
「いい加減にしなさい! だめだと言ったらだめだ! 今までキャシーが欲しいと言って買わなかったものはないだろ! 今回だけは諦めてくれ!」
父に初めて大声で怒鳴られた。
一体どんなトラウマがあるんだよ。両親をヴァイオリンで殺されたとか?
……祖父母は健在だ。
「分かりました。自分でお金を貯めて買います」
そう言い捨てて部屋を出た。
何ともまた我儘な悪役令嬢に戻ったような気がするけど、しょうがないよね。
父よ、すまん。
ソファに座りながら色々な職業の本を机に並べる。
お金貯めるなんて大口叩いちゃったけど、どうやってお金稼げばいいんだろう。
お小遣いをこっそりと貯めるとかだと、自分で買ったことにならないし。これから父も私にお小遣いはくれないような気もする……。
バイトしたい!!
高校の頃にコンビニとラーメン屋でバイトしたことあるけど、この世界じゃそんなものないもんね。
そうだ、どっかの貴族のメイドとして働こうかな。……母にバレたら死刑確定だ。
なんか求人募集してる仕事ないの!?
「お嬢様、アダム様がお見えになっています」
職業の本をペラペラと眺めていると、エミーが突然私の前に現れた。
……なんで、アダム王子? 私の家にはもう用がないんじゃないの?
そもそも今日はうちでお茶会の日でもない。
「えっと、会わないとだめ?」
「アダム様はお嬢様の婚約者ですから、お会いになった方がよろしいかと」
もう、今は王子に構っている暇はないのに!
とっとと用事を済ませて帰ってもらおう。それから、稼ぐ方法をもう一度考え直そう。
「今行くわ」
深く息を吐き、背筋を伸ばして王子の元へ足を進めた。