11.庭師
なんとか、お茶会から席を外した。
人気の少ない方へ足を進める。手入れされた花をぼんやりと眺める。
「花になりたい」
「……どうして?」
私の独り言にどこからともなく言葉が返ってきた。
幼い少年のような声だ。私以外にここに人がいたなんて気づかなかった。
「どこにいるの?」
「ここだよ」
木陰から一人の小さな男の子が顔を覗かせる。茶色いくせ毛の髪が印象的な可愛い男の子だ。全国のショタコンよ、彼を是非見て欲しい。
土で汚れた服装を見る限り、彼が貴族でないことはすぐに分かる。
「王子の婚約者のキャシー・キルトン?」
私を見て驚いたのか、彼は小さな声でそう言った。
「私のこと知ってるんだ」
「有名だし、噂を良く聞くので」
「ろくでもない悪い噂ばっかりでしょ? ……名前なんていうの?」
「僕は、ここの庭師のジノです」
「庭師ってことは、ここの花達は貴方が育ててるの?」
「は、はい」
衝撃が強くて思わず大きな声が出てしまった。
まさか、こんな立派な庭園の手入れをこんな少年がやっているなんて全く想像できなかった。スキル高すぎない?
前世の私なんて、何故か分からないけど、数日で花が死んでしまったわよ。だから、放っておいてもいつまでも元気な造花を愛でるようになった。
水をあげなくていいから超らくちん。
「あの、キャシー様はどうしてここに?」
「息の詰まるお茶会にずっといるなんてある種の拷問だよ」
私の言葉にジノはふふっと目を細めて笑った。
子供なのに随分大人っぽい笑い方をする子ね。一体何歳なんだろう。
「ジノは何歳なの?」
「九歳です」
きゅ、きゅーさい?
凄い、九歳でこんなにしっかりしてるのか。それに比べて今の私は……。とほほ。
まぁ、何か事情があってこの家にいるのだろうけど。九歳で庭師なんて、いくら庭いじりの才能が凄くてもやっぱり変だ。両親はいるのかな。
……会って数分の相手にそんなセンシティブなことは絶対に聞けないけど。
「キャシー様は僕の想像と違いました」
「いや、多分想像通りの女だよ」
「いえ、もっと……怖い方なのかと思っていました」
おお、一気にまとめたな。
言いづらそうに俯いた彼を見ていると思わず抱きしめたくなる。弟がいたらこんな感じなのかな。
前世も現世も一人っ子だから兄弟がいるという感覚を知らない。
「あの、キャシー様。一つ聞いても良いですか?」
「ええ、何でも」
「何故花になりたいのですか?」
「風が吹いても雨が降っても文句ひとつ言わず花は咲き誇ろうとしているから。偉いなって思って」
「……そうですか」
彼は私をじっと見て、そう呟いた。
彼の記憶が全くないってことは、乙女ゲームの中では出てこなかったってことか。
けど、彼の目には知性があり、ただ者じゃない気がするんだよね。人見知りすることなく私と話せるなんて、無邪気な少年って感じじゃない。
彼にどんな過去があるのか知らないけど、絶対に何かある。
……ヒロインならこんな風に疑ったりしないんだろうな。
けど、私、呑気で天然な純粋無垢ヒロインが無理なのよね。何故かイラっとしてしまう。「もっと現実見ろ」とか「危機感を持て」とか言ってしまいそうになるのだ。




