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「……勝算はあるのか?」
どこか緊張感が漂う。王子の言葉に私は口の端を少し上げた。
「意識の高い貴族は音楽にお金をかけるからね」
「その金をシャルロンの住人にばらまくのか?」
王子は険しい表情を浮かべる。
お札の雨か~。サンタクロースの袋より大きい袋用意しないと!
……なんて夢みたいな話だけど、流石の私もそんな馬鹿なことはしない。私みたいな大して勉強してこなかった女子高生が一国の政治に関わるなんて無理だし。
「王子にあげるよ。なのでこの国を良くするために素晴らしい策を考えて下さい」
私は満面の笑みを浮かべる。
こういうのは王子に任せておくのが一番!
シャルロンの人達を助けたいけど、私にはそういう能力は一切ない。沢山お菓子を焼いて、シェアハピ! って言いながら配るぐらいは出来るけど。
……やっぱりもうちょっと政治について勉強した方がいいのかな。というか、私は仮にも王子の婚約者だったのに、なんで何にも勉強してこなかったんだろう。
キャシーのお馬鹿!
「なんでそこまでしてくれるんだ?」
「なんでって……」
私は言葉に詰まる。
自分の力で出来ないことを王子に頼っているだけだ。私はお金を稼いで、王子はそのお金で国を良くする。
「持ちつ持たれつって感じかな」
私の言葉に王子はきょとんとする。
……あれ? もしかして、協力プレイは嫌なの?
彼はすぐに顔を綻ばせる。「ありがとう」と呟き、話を続けた。
「じゃあ、その作戦を実行しようか。キャシ―はヴァイオリン、俺は政策。良いコンビだな」
「え、ちょ、そんなにあっさり決めていいの?」
あまりにも返答が速い王子に今度は私が驚かされる。
「キャシーに賭ける」
王子は真剣な目を私に向ける。その真面目な表情に心臓がキュッと縮む。
「何を賭けるの?」
「俺の人生」
その声に私は思考が停止する。
……ワオ。プロポーズかな?
アンビリバボーだよ。アメリカでよくあるお洒落なプロポーズじゃん。
なんでそんなに恥ずかしがった素振りを少しも見せずに甘いセリフを言えるんだろう。これがマディ王国の特性?
「キャシーは?」という王子の言葉に私は「え?」と首を傾げる。
「何を賭ける?」
「……私は、これで成功しなかったらヴァイオリンを辞めるわ」
この作戦にはそれぐらいの覚悟で挑まないといけない。
私の決意に王子は「分かった」と言って、ティーカップに入っている紅茶を飲み干した。
「じゃあ、今日はこれで」
王子は立ち上がり、帰る準備をする。エミーが扉を開ける。私はずっと疑問になっていたことを彼に聞いた。
「ヘレナのことはもういいの?」
「今はもうヘレナに恋愛感情はない」
『こんなことを思うようになるなんてな……。自分でも驚くほど、以前とは違いキャシーに魅力を感じている』
王子は私に好意を抱いてくれている。きっと、キャシーが変わったからだ。
……私は、王子のことを好きなのだろうか。
自分にそう問いかけるが、頭の中がより混乱してくる。
私ぐらいの歳ごろの女は美形に弱い。イケメンってだけで中身を知らずに簡単に付き合って、後で痛い目を見ることが多い。……けど、相手は一国の王子だからな。
「ゆっくり休めよ」
王子はそう言って、私の頭を優しく撫でた。
色男だな、と心の中で思う。「またな」と言って、彼はその場を去って行く。私はぼんやりと彼の背中を見送った。
後で母に、玄関まで見送らなかったことを叱られそうだけど、今日はもう疲れてそんな体力はない。
私は小さくなっていく王子の背中に向かって声を上げた。
「あ、私を信じてくれてありがとう!」
私の声が届いたのか、王子は私の方を振り返らずに、顔の隣で手をひらひらとさせた。
……どんな表情しているんだろう。
そんなことを思いながら、王子の背中を眺めていた。




