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「そういうことだ」
王子は大切なことを何も言わず、適当な言葉を私に掛ける。
説明なしで行けるわけないじゃん。王子は私のことを忠犬だと思ってる?
私は疑い深く彼を見る。何か悟られるかと思ったのか、王子は私から目を逸らす。
いいもん! 私には王子の心の声聞こえるんだから!
私はじっと耳を澄ます。……何も聞こえない。
一番真相を知りたいという時に限ってどうして何も聞こえないのよ! 王子、心の中何か思って!
暫く彼の心の声を待ったが、何も聞こえなかった。
「う~ん、聞こえないな」
「何が?」
ディランの言葉に私は笑顔で誤魔化し、話題を変える。
「行って私は何をするの?」
「まぁ、旅行気分で他国に行くのも良いだろ。どうせお前も暇だろ」
「暇だけど、暇だって決めつけないでよ」
「暇なのかよ」
王子はテンポよく突っ込む。
「じゃあ、決定だな。出発は祭りの後でいいか?」
ディランの言葉に「はい」と王子は答える。
……え、王子が答えるの? てか、王子も一緒に行くの? 婚約破棄した後の慰安旅行的な?
頭の中が混乱する。きっと、今の王子の返答とともに、自動的に私も返事をしたことになっているのだろう。
…………まぁ、いっか! 学校も行ってないし、気分転換になるかもしれない。
なんてお気楽に考えていたら、後でとんでもないことを要求されたりするんだろうな。何も期待しないでおこう。
「ヘレナは? 誘わなくていいの?」
私の言葉に王子は固まる。まさかここで彼女の名前が出てくるとは思わなかったのだろう。
「そんな大人数で行けないだろ」
「美女が増えるのは大歓迎だけどな」
ディランが横からボソッと声を出す。王子は軽くディランを睨んだ後、また私の方へと視線を戻す。
「ヘレナは授業があるし」
「お前もあるだろ」
「彼女は特別授業があるんですよ」と、少し苛立った様子で王子は答える。
『さっき、俺とキャシーの距離を縮めてやるって言ったのは嘘だったのか。なんのために俺がこの話に乗ったと思ってるんだ』
……王子、私もなんの為にこの旅に行くのか分からなくなってきたよ。
「まぁ、俺も面倒見れる人数は二人ぐらいだしな。問題児はこれ以上いらねえよ」
「誰が問題児なのよ」
「誰が問題児なんですか」
私と王子の声が重なる。「お前らだよ」とディランは顔をしかめる。
「一番の問題児なのは元帥ですけどね」
私達の気持ちを代弁するように、カールが隣でそう呟いた。
ナイス、カール! いいよ! もっと言ってやって!
この中で一番カールと意見が合うかもしれない。私は心の中でカールを応援する。
ディランは気に入らない表情を浮かべながら口を開く。
「今日は疲れた、帰るぞ。じゃあな」
ディランは早歩きで歩いていく。カールは「失礼します」と礼儀正しく私達にお辞儀をして、彼の後を追う。
「あれ? そう言えば、ジノやあの御者は?」
「馬車から降りた時に、門の近くにいた使用人三人に担がせて屋敷に戻らせていた」
王子は何を今更という表情を浮かべながら答える。
……しょうがないじゃん。旅行に誘われてたんだから、そっちにしか意識いかなかったんだもん。
私と王子がいつの間にか取り残された状態になっていた。
ジノと御者を運んだ使用人たちが屋敷の者に状況を伝えたのか、屋敷の中から執事や侍女が大慌てで出てくる。勿論、両親も血相を変えて飛び出してきた。
「お嬢様大丈夫ですか!?」
「アダム様、お召し物に血が!」
「キャシー! 無事か?」
一気に騒がしくなる。ディランはこうなることを予想していたのかもしれない。だから、颯爽と帰っていったのかも……。
王子は「大丈夫だ」と使用人達の腰を抜くような笑顔を浮かべて対処している。私はどんどん周りが声を掛けている中で、ぼーっとしていた。




