103 実家到着
馬車が止まる振動で私は目が覚める。
いつの間にか眠ってしまっていたみたいだ。
私の膝の上でまだジノは眠っている。疲れるのも無理ない。相当気を張っていたのだろう。
そっと、彼の髪を撫でる。よく頑張ったね、という気持ちを込めて。
「俺とお前は似てるって思ってたけど、そうじゃないみたいだな」
ディランのその言葉に視線を彼の方に向ける。
「なんで?」と聞く前に、彼は「お前はちゃんと心を持ってる」と付け足した。
私はディランの言葉が理解出来なかった。
ロボトミー手術でもされちゃったわけ?
私がもっとディランに説明を求めようとした瞬間、「着いたぞ」と王子が馬車の扉を開けた。彼は私とディランの間に妙な空気が漂っていることを察したのか、眉をひそめる。
「何かあったのか?」
ディランは「何も」と胡散臭い笑顔で答えて、隣で気絶していた御者と私の膝の上で寝ていたジノをそれぞれ片手で担ぎ、馬車を下りる。
一体どんな筋力してるんだ。……私なんてジノ一人おんぶするだけで死にかけていたのに。
「大丈夫か?」
王子は私に声を掛けてくれる。
くうッ! 本当に随分と丸くなったね、王子!
私も心身ともに疲れているのか、王子の優しさが身に染みる。
「平気! というか、運転ありがとう。肩でも揉もうか?」
私は馬車を下りながら王子にそう言った。
王子に馬車を運転させたっていう不敬罪で捕まっちゃったらどうしよう。結局キャシーは罪人になる運命なのね。
私は今になって、そんな心配をし始める。
『どうせなら、キスされたい』
え、願望駄々洩れじゃん。王子も年頃の男の子なんだね。
こんな美形にそんなことを思って貰えるなんて、私前世で徳積み過ぎちゃったかな? ……調子に乗るのはやめておこう。神様に刺される。
それに、今婚約者でもない私が彼にキスしたら、明日には間違いなく首と胴体がバラバラになっているだろうし。
「事は片付きましたか?」
どこかで聞いたことがある声が聞こえる。私は周囲を見渡す。馬車は私の屋敷の前にとまっていることを認識する。
そりゃ、集合場所は私の家だったんだから、解散場所も私の家か。
「お疲れさまでした」
さっきの声が身近で聞こえる。私は突然の声に驚き、思わず体をビクッとさせてしまう。
振り返ると、ずっと前にディランの隣にいた少し小柄な部下が立っていた。少し細い目と赤い髪。間近で見るのは初めてだ。
この国にしては珍しい少し塩顔タイプの男性だ。
「私、ディラン元帥の右腕、カール・ラディスと申します」
彼は丁寧にお辞儀をする。
ディランの部下なのにちゃんとしてる、と変な感心をしてしまう。
「主とは大違いね」
私の言葉に「え?」とカールは反応する。
「貴方の主、やばいわよ」
「やばいのは知ってます」
カールは即答する。彼もディランに苦労しているのかしら。
「私が今回連れてこられたのも強そう、とか華がある方が良いなんて馬鹿げた理由だし」
少しカールに愚痴ってしまう。ディランは王子と何か話しこんでいるようだから、私の発した言葉なんて聞こえていないはずだ。
あ~~、とカールは何か考えるように声を発する。少し間があった後に、彼は穏やかな笑みで「彼、人を見る目は確かなんですよ」と言った。




