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『どこにいるんだよ』
王子の焦った声がずっと頭の中で響く。相当私のことを心配してくれているのが分かる。
待っててね! 王子!
ジノを背負いながら走るのはかなり体力を使う。息が上がって、苦しい。額に汗が滲んでいる。
このドレスも、捨てることになっちゃうな。裾がドロドロで、とても令嬢とは思えない。
なんだか悪者に追われてる姫みたいで楽しくなっていた。
けど、もうそろそろ私の体力がゼロになる。これ以上走ると倒れて、ジノにまた怪我を負わせちゃう。
私はそっと木の陰にジノを寝かせた。そこから見える範囲で王子を探す。
声を聞いている限り、そんなに遠い所にいないはず。少しだけジノを見失わない程度に馬車があった場所へと足を進める。
『もしキャシーになにかあったら……』
大丈夫! 私は元気だよ!
視界に金髪の髪がチラリと映る。
あ、あの頭は絶対に王子だ。キラキラ輝いている人間なんてそういっぱいいない。
「アダム!」
私は思わず名前で呼んでしまう。自分が想像していたよりも大きな声が出た。
王子は私の声に反応して、勢いよく私の方を見る。彼の透明感のある青の瞳が散瞳するのが分かった。
彼は勢いよく私の方へと駆け上がって来る。
戦ってきたその体のどこに体力が残っているんだろう。私なら、上るのしんどいから下りてきて~って言っちゃいそうだ。
「無事で良かった」
王子はそのまま私をグッと引き寄せて抱きしめる。思わぬ展開に私は暫く固まってしまう。
……ん? 私、今王子に抱きしめられてる?
彼の腕は力強く、決して離さないと言っているみたいだ。
『本当に無事で良かった。さっきまで生きた心地がしなかった』
こんなに私のことを想ってくれていたのかと思うと、嬉しくなる。けど、これは恋愛感情かどうかは分からない。
これは私も抱き返した方がいいのかな?
そんなことを考えながら、私はゆっくりと手を彼の腰に回そうとした瞬間、ディランの声が聞こえた。
「おお~、お熱い抱擁だなぁ」
なんて空気が読めない奴なんだ、こいつ!
王子は私を抱きしめたまま、ディランを冷たい目で睨む。
「邪魔しないでいただけますか、叔父上」
「まぁまぁ、それが俺の趣味みたいなもんだから。それにお前も返り血のついた服でご令嬢を抱きしめて大丈夫なのか?」
ディランの言葉にハッとし、王子は私から手を離す。
別に返り血なんてなんとも思わない。私のドレスも汚れてるし。
むしろ王子の血じゃなくて良かった。
「ごめん、キャシー」
「お互い様だから大丈夫だよ。泥まみれだもん、このドレス。それより二人とも怪我してない?」
私は王子とディランをじっと見つめる。彼らの頬にかすり傷がいくつかあるぐらいだ。
だが、大きな怪我はしていないように思えた。
相手は結構な人数なのに、たった二人で倒しちゃうなんて……。敵に回さないでおこう。
「大丈夫だ」
「重傷は向こうの方だろうな」
王子の後にディランがニヤニヤしながらそう言った。
この二人は相性悪いようで戦うとなれば阿吽の呼吸で最強コンビなんだろうな。




