女性だけの合コンで昔なじみと再会するお話
【登場人物】
廣川真弥:十九歳。大学二年生。自分が同性愛者だと自覚をしたのは大学生になってから。咲子とは中学まで一緒だった。SNS上の名前はヒロマヤ。
須田咲子:真弥と同い年で高校からは別々になった友達。SNS上の名前はsaki。
十九年生きてきたら気まずい状況のひとつやふたつくらい体験したことはある。おしゃれな喫茶店に一人で入ってみたらお客があたしだけだったり、誰もいないと思って鼻歌を歌ってたら近くに人がいたり。だけど今回は今まで味わった気まずさとは次元が違う。
「えっと、ヒロマヤです。十九歳で今大学二年生です」
居酒屋の個室で机を囲む中、あたしはにこやかに自己紹介をしながら正面の人物から目を逸らし必死に平静をたもっていた。
「sakiです。同じく十九歳の大学二年」
ここが街中や駅の構内なら再会を喜んだのだろうけど、今はそういうわけにもいかない。不意打ち、突発、青天の霹靂。お互いにこんなところで会うなんて思いもよらなかったはずだ。気まずくて目を合わせなくなるのも当然か。
こんな――同性愛者の女性オフ会で。
きっかけはSNSだった。
大学に進学してから女の子の方が好きなんだと気付いたあたしは、ネットの世界に居場所を求めた。そこにはあたしと同じ思いを抱いている人たちがたくさんいた。日頃の不満や願望を呟くだけで共感し、同意してくれる仲間がいることはあたしにとって救いであり生きる活力になった。現実よりネットの方が友達が多いというのも今の時代では珍しくもないのかもしれない。
あるとき、仲良くなった人の一人が提案してきた。
『近場の人達で会ってみませんか?』
同性愛の悩みを持つ女性だけで顔を合わせてお酒を飲みながらわいわい話そう、と。
その提案にあたしも賛同した。ネットだけでなく実際に会って話してみたかったから。知らない人と会うことへの不安よりも、楽しみの方が勝っていた。
地域ごとに別れてグループを作り、日時や場所を決めた。
こういうのをオフ会、と言うのだろう。ネット上ではよく聞く言葉ではあるけどいざ自分がそうなると、なんというかすごく緊張する。あたしが行って大丈夫なのだろうか。変な人だと思われないだろうか。うまく話せるだろうか。
ドキドキしながら当日に着て行く服などを選び――オフ会の日はやってきた。
土曜の夜。場所と名前を確認してからチェーンの居酒屋に入り、騒がしい通路を進んでいくと座敷が見えてきた。深呼吸をしてから襖をそっと開ける。
「あ、あの、今日の集まりに参加しに来たんですけど……」
「あぁ入って入ってー。そこの角に座ってくださーい」
スーツ姿のこざっぱりとした印象の女性があたしを招き入れた。座敷にはその人を含めて五人の女性がいた。今日の参加者は六人だと聞いていたのでどうやらあたしが最後だったようだ。
角の座布団に腰を降ろしながら顔ぶれを眺める。ぱっと見た感じ社会人が多そうだ。しかし向かいの席の女性だけは若く、あたしと同年代みたいだった。
なんとなく親近感が湧き、愛想よく微笑みかけて――気付いた。
(え……さきちゃん?)
同じタイミングで向かいの女性も気付いたらしい。目を見開いた後、急に顔を背けた。その仕草であたしも確信をする。
この子、須田咲子だ。須田咲子ことさきちゃんは、小学校から中学校まで一緒だった友達だ。休みの日はいつも遊ぶくらい仲良しで高校進学で別々になるときは二人とも号泣したのを覚えている。しばらくは連絡を取り合ったりたまに遊んだりしていたが、部活や勉強に追われて会わなくなっていき、大学進学後はどうなっているかすら知らない。
人違いではないだろう。数年経っていてもあたしがさきちゃんの顔を見間違えることなんて絶対にない。だからすぐにでも話しかけて色々近況を聞きたいところなんだけど。
(ここにいるってことは、さきちゃんもあたしと同じ……?)
中学までずっと一緒にいてそんな気配はまったくなかった。でもそうじゃないならここにいるはずがない。ただ、この場で確かめるのはどうにも気まずくて躊躇ってしまう。
「みんな飲み物決めてくださーい。飲み放題用のメニューの中からでー」
スーツの女性が注文用タブレットを手にみんなに声をかけた。机に置かれたドリンクメニューを見やる。他の人達が次々に注文を口にする中、あたしはどうしようかと悩んだ。
(未成年なんだよね)
あたしは現在十九歳。あとで年齢確認をされて面倒なことになっても困る。しかし本音を言うならせっかく居酒屋に来たのだからみんなとお酒を飲んで楽しみたい。葛藤しながらさきちゃんの方を窺ってみる。さきちゃんもあたしと同い年のはずだ。果たして何を選ぶのか。
さきちゃんがあたしの視線に気付いた。言いたいことが分かった、というよりさきちゃんも同じ気持ちだったのだろう。しばし無言で見つめ合って、同時にあるドリンクを指さした。それはあたしたちがカラオケにいったときに一番始めに必ず頼んでいたドリンク。
「あの、あたしはジンジャーエールで」
「私も同じで」
あたしたちが言うと周囲の人達が沸いた。「え、もしかして未成年?」「うそ~! わか~い!」
あはは、とさきちゃんと一緒に適当に愛想笑いを返しておく。
注文を済ますとすぐにドリンクが運ばれてきた。各自に行き渡ってからスーツの女性が話し始める。
「じゃあ乾杯の前に時計回りで軽く自己紹介だけしていきましょーか。私はえっと、アカウント名でいいよね? コケモモです。今回の幹事をやらせてもらってます。今日いきなり休出あって泣きそうだったけどなんとか間に合いました。あ、ぴちぴちの二十六歳です!」
みんなが拍手と共に「お疲れ様でーす」「きゃ~ぴちぴち~」と声援が飛んだ。次にメガネを掛けたおしとやかそうな女性が自己紹介をする。
「私はgnadenと申します。よろしくお願いします。その、ぴちぴちじゃないかもしれない二十七歳です」
また拍手と様々な声援が飛ぶ。いよいよあたしの番だ。
「えっと、ヒロマヤです。十九歳で今大学二年生です。よ、よろしくお願いします」
つっかえながら自己紹介をすると拍手とあたしを囃す声が応えてくれた。思わずぺこぺこと何度か頭を下げる。歓迎されているのが嬉しい。
向かいの席のさきちゃんが続く。
「sakiです。同じく十九歳の大学二年。初めてこういうのに参加しました。よろしくお願いします」
初めてという割りには落ち着いた声音だ。昔はもっと騒がしい感じだったけど年齢を重ねて変わったのか。
(あぁ、sakiって咲子からか)
拍手しながら今更ながらアカウント名に気が付いた。あたしも廣川真弥を略してヒロマヤなのだから言えた義理じゃないけど。
さきちゃんの次は笑顔が可愛らしい元気な女性だった。
「ペロで~す! 元気が取り柄の二十四歳! お酒大好きなんで今日はたくさん飲もうと思いま~す!」
一番最後にクールそうな雰囲気の女性が自己紹介をする。
「簪です。自分が一番年上でちょっとへこんでる二十八歳です」
コケモモさんがすかさず「全然見えないですよー!」とフォローを入れるとみんながそれに乗っかり、簪さんが照れたように笑った。
全員の自己紹介が終わり、コケモモさんがジョッキを構える。
「それじゃあみなさんお飲み物をお手元に。今日はいっぱい飲んで楽しみましょう! かんぱーい!」
「かんぱーい!」とみんなの声が重なった。料理はコースで運ばれてくるらしい。お通しで置かれた枝豆をつまんでいるとペロさんが話しかけてきた。
「ねぇねぇ~。sakiちゃんとヒロマヤちゃんは彼女とかいるの~?」
「「い、いませんよ」」
あたしとさきちゃんの声がハモった。さきちゃんにもいないのが分かって少し安心した。もし恋人とラブラブなんです、なんて言われたら置いてきぼりをくらった気分になってしまう。
「じゃあ、いつごろ自分が女の子の方が好きだって気付いたの~?」
一瞬さきちゃんと視線を交わしてからあたしが先に答える。
「あ、あたしは高校のときに何か他の子たちと恋愛の感性が違うなって思ってて、それが大学に入ってどんどんズレみたいなのが大きくなって、もしかしてそうなんじゃないかって考えたときにしっくりきて気付いた感じです」
さきちゃんが頷いて続ける。
「私も同じような感じです。大学の友達と好みのタイプの話をしてるときにどうしても合わなくて」
「あるある~。なかなか言い出しづらいもんね~。わたしも高校のとき友達に男の子紹介されてさ~、断るのも悪いと思って付き合ってみたんだけどきつかったな~」
懐かしそうに過去話をしたあと、ペロさんがさきちゃんに肩を寄せてきた。
「それで二人の女の子のタイプってな~に?」
「タイプ、ですか?」
「普段あんまり友達と話せない分、ここで存分に好みの話をしちゃっていいんだよ~」
女の子のタイプ。確かに男性より女性の方が好きなんだけど、具体的に何かイメージがあるわけじゃない。可愛い系でも美人系でもあたしを好きになってくれるなら構わない。こう言うと『女なら誰でもいい』と言っているようでどうかなとは思うんだけど。
さきちゃんが悩んでから口を開く。
「一緒にいて楽しい人がいいですね。気が合うっていうのは大事だと思います」
「うんうん、確かに。ヒロマヤちゃんは~?」
「あ、あたしはタイプとかは別に……す、好きになった人が、タイプになるんじゃないでしょうか」
「うまく逃げたね~」
「い、いやそういうわけじゃ――」
ふとペロさんのにこにこ顔が妖艶な笑みに変わった。あたしたち二人に甘い声で囁く。
「ち・な・み・に、年上の元気なおねえさんとか、興味ない?」
どきりと心臓が跳ねる。興味。それはどういう意味の興味なのか。あたしと同じようにさきちゃんも恥ずかしそうに固まっている。
すっ、とペロさんの手がさきちゃんの腰に回ったのを見た。
「だいじょうぶ。分からないことがあってもわたしが優しく教えてあげるから」
狙いをさきちゃんに絞ったのか、どんどん体を密着させていくペロさん。さきちゃんは突き放すこともせずに顔を赤くしている。助けた方がいいのだろうか。でもさきちゃんの表情は嫌がっているようには見えないし……。
「こら、始まって早々未成年を誘惑してんじゃない」
横から簪さんが来てペロさんを引きはがした。
「あ~ん、あとちょっとだったのに~」
「困って反応できなかっただけでしょうが。コケモモさん、ここに犯罪者がいるんで追い出した方がいいんじゃないですか?」
「そうですねー、私の企画したオフ会で犯罪者が出るのはマズいですしそうしますか?」
「じょ~だん! じょ~だんですよ! 緊張してるのを和ませてあげようとしたんです!」
本気で焦るペロさんに全員が笑った。
以降は特にちょっかいを掛けられることもなく、料理を食べながら楽しく談笑した。
同性愛に関することよりも趣味や特技、ハマっているドラマの話題などの普通な内容が多かった。コケモモさんが好きな百合マンガについて熱く語ったり、gnadenさんがアウトドアが好きでソロキャンプの話をしてくれたり、ペロさんは実は日本舞踊や琴を習うくらいのお嬢様だったり、簪さんが英語ペラペラでハワイに何度も行ったことがあったり。あたしとさきちゃんはずっと聞き役ではあったけど、話していてとても楽しかった。あたしの本質を知ってもらっているという安心感がリラックスさせてくれているのかもしれない。
気付いたときには居酒屋を出る時間がやってきた。場所をカラオケに移して二次会を始める。あたしとさきちゃん以外は結構酔いが回っているようで、みんなテンションが高い。けどテンションならあたしたちだって負けていない。タンバリンを鳴らしたりコールを入れたりして思いっきり楽しんだ。
カラオケにきて一時間ほど経ったとき、おや、と気付いた。
コケモモさんとgnadenさんが小声で何かを話している。その様子は親密そうで割って入り込めない雰囲気を感じとった。
少ししてからコケモモさんが両手を合わせて謝った。
「ごめんっ! 私とgnadenさんだけ先に抜けさせてもらいます! お金は多めに置いとくから!」
え、と困惑するあたしとさきちゃん。ペロさんと簪さんは「お疲れ様でした~」「また集まって飲もうよ」なんて普通に声を掛けている。
コケモモさんたちが部屋を出ていくときに再度申し訳なさそうにあたしたちに謝り、それを「あ、いえ、お疲れ様でした」と見送った。
(これって、そういうことだよね……?)
一人ならともかく二人で早めに抜け出す理由なんてひとつしかない。つまりその、そういうことなんだろう。ただ今日は同じ悩みを持つ人同士が集まって楽しく飲んで遊ぶ、という名目だっただけになんというか戸惑いを隠せない。
「あの二人、これからどこ行くんだろ~ね?」
急にあたしの耳にペロさんが囁きかけてきた。
「ど、どこなんでしょう、あはは」
「どっちかの家? それともホテルかな~?」
「さ、さぁ?」
カクテルの甘い果実とアルコールの混ざった匂いに頭がくらっとする。ペロさんの手があたしのスカートの下からすべりこみ太ももをさすり始めた。
(こ、これは、あ、あたしもお持ち帰りされる――!?)
拒否も拒絶も出来ず、ただペロさんの細い指があたしの肌を弄ぶのをじっと受け入れていた。やめて欲しいと思うのと同時に、もし身を任せたらどうなってしまうのだろうかという好奇心があたしの身体から自由を奪う。
抵抗をしないということは合意したのと同じこと。ペロさんは舌なめずりをしてからゆっくりとあたしに唇を近づけ――。
「未成年を無理矢理襲うな」
ぺし、と簪さんに頭をはたかれた。
「もぉ~、邪魔しないでよ~」
「ちょっと酔い過ぎてんじゃない? お手洗い行くからあんたもついてきなさい」
「あ~、あと20cmだったのに~」
引きずられるようにしてペロさんが簪さんと一緒に部屋を出ていった。
ふぅ、と息を吐く。危うく流されるところだった。
そのとき視線を感じて顔を正面に向けるとさきちゃんと目が合った。この距離で先程のやりとりを見ていないわけがない。それを自覚した途端恥ずかしさに顔が熱くなってきた。さっさと曲を入れて何事もなかったかのように歌って誤魔化す。そうしてお互いに一曲ずつ歌った後。
「……帰ってくるの遅いね」
「うん」
ペロさんたちが戻ってこない。荷物は置いてあるから帰ったわけではないだろうけど。もしかして酔い過ぎたペロさんがトイレで戻したりしているのでは。
「ちょっとだけ様子見てくる」
心配になってトイレを見に行くことにした。もし何かあれば水とか持っていってあげないと。
女子トイレのドアを開けて中に入る。化粧台には誰もいない。奥の個室は三つあるうちの一つが閉まっていた。
(ん? 違う階のとこ行ったのかな)
踵を返そうとしたときにかすかに声が聞こえてきた。
「……これでも若い子の方がいい?」
その声に交じって何かの息遣いも聞こえてくる。まるで声を出すのを我慢しているような荒い呼吸。切なそうなうめき声。
(――――)
あたしは急いでトイレから出て部屋に戻った。ソファーに飛び込むようにして座るとさきちゃんが驚いて目を丸くする。
「なにかあった?」
「……二人ともトイレにいたよ。二人で一つの個室に入ってた……」
あたしの雰囲気から全て察したさきちゃんはしばし無言でジンジャーエールを啜った後、グラスを強くテーブルに置いて叫んだ。
「合コンじゃん!」
あたしもジンジャーエールを飲んで同意する。
「ホントにね。普通のオフ会だと思ってたんだけど」
「なんなの! 出会い厨しかいないのここには!?」
「まぁ話してるうちに意気投合したのかもしれないし」
「だったら終わるまで待ちなさいよ! こっちは未成年だぞ! 初参加だぞ! 大人ならちっとは気を遣いなさいよ気を!!」
激昂するさきちゃんを見て、あぁそうそう昔はこんなんだったなぁ、とようやく懐かしさが湧いてきた。
「よかった。昔のさきちゃんのままだ」
あたしが笑うとさきちゃんがふん、と息を吐く。
「初対面の年上の人達がいるのにこんな態度出来るわけないじゃん。それを言うならマヤちゃんだってさ、すっごいしおらしくなってたし」
「あ、あたしは緊張してたの」
「へぇ~、緊張してたからペロさんに迫られてるときあーんな可愛らしい顔で縮こまってたんだ~」
「ち、ちが! さきちゃんだって居酒屋のときに腰に手を回されてまんざらでもなさそうだったくせに!」
「あれは始まったばっかりだったから邪険にするのも悪いかなって思っただけ」
「ふ~~~~ん」
「なにその顔。っていうかマヤちゃんが同性愛に目覚めたの知らなかったんだけど」
「あたしだってさきちゃんがそうだって知らなかったよ」
「そりゃ自覚したのマヤちゃんと会わなくなってからだし」
「それさっき聞いた」
「私も」
「…………」
「…………」
「どうする?」
「まだ戻ってこないようだし、歌ってればいいんじゃない? マヤちゃんも歌い足りないでしょ?」
「うん。さきちゃんとオールで歌ってたときに比べたら全然」
よしきたとばかりにさきちゃんがタブレットを操作し始める。
「前に二人で歌ってたやつばんばん入れてっていい? 人数多いとみんなが知ってる曲入れなきゃって思って好きなの入れらんないんだよね」
「わかる。結局メジャータイトルにいっちゃう。大勢で盛り上がるのも楽しいんだけどね」
「歌を楽しむか雰囲気を楽しむかの違いってやつ?」
曲のイントロが始まりマイクを握った。
さきちゃんと二人で歌うのは数年振りだったけど、お互いの歌い方が分かっているからこそ合わしていて楽しい。ハモったり裏パートを分担したりなんていうのは初対面の人とはなかなかやりづらい。その辺はやっぱり付き合ってきた年月がものを言う。
三十分ほど経ってペロさんたちが戻ってきた。上気した肌に乱れを整えた衣服が生々しい。先程トイレで聞いた声や息遣いを思い出して胸がドキドキしてしまう。
案の定二人も先に帰るという。あたしたちに謝罪してからお金を置いて出て行った。出て行く前にペロさんがあたしに「今からわたしの家に行くの」と囁いて妖艶に笑った。最後までこの人は……。熱くなった頬にグラスを当てて冷まし、色々な妄想を振り払うためにひたすら歌に熱中した。
スマホで時間を確認してさきちゃんに聞く。
「ふぅ、そろそろ終電だし終わりにする?」
「そうだねー……あ」
「どうかした?」
「乗り換えの終電見るの忘れてて、途中までしか帰れないっぽい……」
「え、どうするの?」
「んーどうしよっか」
困っているさきちゃんを見て提案する。
「あ、じゃあうちに来る?」
「いいの?」
「別に一人ぐらいなら問題ないし。明日日曜だからゆっくりしていきなよ」
「ありがとー、マヤちゃん!」
笑顔を向けるさきちゃんに、ペロさんの帰り際の言葉が重なった。心の中で頭を振る。
(いやいや、これは友達を助けるために家に呼んだのであってやましい気持ちなんて微塵もない。だいたいさきちゃんとあたしは昔からの友達だ。今更何か起きるわけないし)
自分に言い聞かせてからさきちゃんと一緒にカラオケ屋を出た。
家に戻るまでの間に話したのは高校から大学にかけてのこと。どんなことがあったのか、何が楽しかったのか、何が大変だったのか、そして今は何をしているのか。会わなかった数年で溜まりに溜まった話題を一つずつ消化していく。それは家についてからも続いた。お風呂に入ったあと、あたしの服を着たさきちゃんとベッドの上で遅くまでお喋りをしていた。
(昔もこんなことしてたなぁ。深夜過ぎてもお菓子食べてて、翌日にお母さんに怒られたっけ)
懐かしい。こんなことならもっと早くさきちゃんに連絡して会っとけばよかったかもしれない。そうすればたくさん遊んだり話せたり出来たのに。
「……ねぇ、コケモモさんたち、今頃何してると思う?」
その質問は突然だった。今まで楽しそうに話していたのが一転、トーンを落としあたしの反応を確かめるように視線を向けてきている。
「え、えーと、多分どっちかの家に泊まってるんじゃないかな。ペロさんも出ていくときに自分の家に行くって言ってたし」
「二人で泊まるってことはやっぱり……してると思う?」
「あ、あー、どうなんだろ。そ、そういうこともあるかもしれないねー」
急にどうしたんだろう。今までさきちゃんがそんな話題を振ってきたことなんて一度もなかったのに。
戸惑うあたしに気付いていないわけがないんだけど、さきちゃんは説明もなにもせずにひたすらあたしをまっすぐ見つめている。
「マヤちゃんはあんまりそういうのに興味ないの?」
「き、興味ないかと言われると、ま、まぁ人並みには? あるかもしれないっていうか?」
ダメだ。友達とこういうことを話す耐性が無さ過ぎる。大学の友達に聞かれても『彼氏いないから』で逃げてたツケだろうか。
「そ、そろそろ寝よっか。ベッド一つだけど詰めれば――」
「私は興味あるよ」
さきちゃんがあたしの言葉を遮った。その表情には何かの決意と、わずかばかりの恥ずかしさが入り混じっていた。
「正直に言うと、マヤちゃんの家に泊まりたくて嘘ついた。終電、ホントはなくなってなかったんだ」
さきちゃんがゆっくりあたしの方へ近づいてくる。
「今日久しぶりに会って、一緒に歌って、話して、本当に楽しかった。昔に戻れたみたいで楽しかった。それで思ったんだ。マヤちゃんとずっと一緒にいられたらどれだけ楽しいんだろうって」
あたしの手をさきちゃんが握る。さきちゃんの手は記憶にあるよりもずっと柔らかく温かかった。
「こんなことを言うのは都合がいいって思われるかもしれないけど、多分小さい頃から私はマヤちゃんに惹かれてたんだと思う。当時はそれが恋心だなんてまったく気付いてなかったけど、今ならはっきりと言える」
さきちゃんの顔があたしのすぐ目の前にある。
「私、マヤちゃんのことが好き」
「――――」
思考が、体が固まった。嬉しいとか嫌だとかそういう感情が湧くよりも、ただただ驚いて反応できなかった。
その虚を衝かれてさきちゃんに押し倒される。
「マヤちゃんのタイプになれるように、好きになってもらえるように頑張るから」
あたしの体の上に跨がられてようやくあたしから声が絞り出てきた。
「だ、ダメだよ……」
「なんで? ペロさんのときは嫌がってなかったのに」
「だって、さきちゃんは、友達だから」
「友達だから嫌なの?」
「友達じゃ、なくなっちゃうのが、やだ……」
好きか嫌いかで言えばさきちゃんのことは好きだ。でもこのままだとさきちゃんとの関係が変わってしまう。せっかくまた楽しく遊べる友達に戻れたのにそれが壊れてしまうのが怖かった。
あたしのことを好きでいてくれる人となら付き合えると、そう思っていたけれど、実際にそうなってみないと分からないことだらけだ。少なくともここですぐ頷けるほどあたしは柔軟ではない。
さきちゃんが優しく笑って「ごめん」と口にした。
「それでも私は、マヤちゃんの特別になりたい」
あたしが何かを答える前にさきちゃんの唇があたしの唇を塞いだ。
生まれて初めて触れた友達の唇は、柔らかくて気持ち良かった。
今日が日曜でよかった。もし平日ならとても大学に行くどころじゃなかった。
「おはよ、調子はどう?」
「…………」
起きて早々、さきちゃんのどアップの笑顔があたしを出迎えてくれた。
体を反転させて背中を向ける。
「えぇっ、マヤちゃん!?」
顔なんてまともに合わせられるか。こうしている間にも昨日の光景がフラッシュバックしてきて脳が沸騰しそうになる。
さきちゃんが背後から腕を回して抱きついてきた。不安そうな声が耳のすぐ後ろから聞こえてくる。
「気分悪い? 私のこと、嫌いになった?」
「……そんなことは、ないけど」
色々と思い出しても恥ずかしいことばかりだったけど、不思議とさきちゃんに対して嫌だとかは思わなかった。ただ、どういう態度で接するべきなのかが分からない。
「よかった」
さきちゃんが嬉しそうに呟いてあたしのうなじにキスをした。くすぐったさに声が漏れそうになる。
「……さきちゃんはさ」
「ん?」
「なんでそんなにすぐ恋人っぽいことが出来るの?」
「なんでって、好きだからだよ」
「あたしだってさきちゃんのことは好きだけど、それは友達としてで、急に今日から恋人ですなんて言われてもどうすればいいのか分からないよ」
「それでいいんじゃない?」
「……いいの?」
「だって許婚でもない限りは恋人なんて昨日まで友達や知り合いだった人達ばっかりでしょ? 全員が全員最初から恋人になれたかっていうとそうじゃないだろうし、こういうのは結局慣れだと思う」
「…………」
「だから、マヤちゃんはそのままでいいよ。私がその分恋人らしいことをいっぱいするから、いつかマヤちゃんがそれに慣れたならそのときは恋人になって欲しいな」
「……なれるかな?」
「なれるよ。絶対」
背中に触れるさきちゃんの胸から温もりと鼓動が伝わってくる。それは確かにあたしの心を落ち着かせ、安らかな心地にさせてくれた。
子守歌のようにさきちゃんの声が優しく響く。
「昔みたいにいっぱい遊んでいっぱい話していっぱい新しいことをして、一緒に楽しもうね」
「……うん」
友達だからとか恋人だからとかじゃなく、さきちゃんと一緒だから色んなことが楽しい。それさえ分かっているのなら心配なんてしなくてもいいのかもしれない。
ひとりで得心していると肩を掴まれて無理矢理仰向けにされた。さきちゃんが這うようにあたしの体の上に乗っかってくる。
「な、なに?」
「今日は私が恋人らしくいっぱいいちゃいちゃするって決めてるから」
「え? あたしは決めてないけど!?」
「マヤちゃんはそのままでいいって言ったじゃん。あとは私に任せて」
「いっぱい遊んだりとかって話はどこ行った!?」
「昨日さー、マヤちゃんが日曜だからゆっくりしていきなよ、みたいに言ってくれたよね? だから今日はゆっくりするー」
「確かに言ったけど――んっ――」
さきちゃんにキスをされてあたしは言葉を止めた。抗議をしても意味が無い。それはさきちゃんに言っても聞かないだろうというのと、思った以上にあたしがさきちゃんを受け入れているのが分かったから。
(キスするのは、うん、イヤじゃない)
友達でこんなキスはしない。恋人になったからこそあたしの舌はさきちゃんの舌と触れ合えたし、口の周りがお互いの唾液でべとべとになったとしても気にならない。
どう接していくべきかは分からなくても、どういうキスをするべきかは分かるのは昨夜さきちゃんに教えられたからだ。きっとこれからもさきちゃんが色んなことを教えてくれるたびに、あたしは恋人になっていくのだろう。だったら、案外簡単なのかもしれないな。
「――ねぇマヤちゃん」
「……うん?」
「そのうちさ、コケモモさんたち誘ってトリプルデート、なんて楽しそうじゃない?」
さきちゃんが語るその光景は、確かにすごく楽しそうに思えた。
終
pixivの第二回百合文芸コンテスト応募作品。
お気に入りのシーンは『合コンじゃん!』のところです。