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自警団の結成  作者: 蒸奇都市倶楽部(シワ)
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寄り合い2

 飯屋に集った十人はいずれも市の周辺で顔がきく者たちだ。

 店舗を持つ者は他の店舗持ちに顔がきくし、店を持たない者、職人に近い者もそれぞれ同様に似た形態の者に顔がきく。また、それぞれあまり重複しない範囲で知り合いがいる。

 道重は市でござを広げる者たち――戦後の物資困窮の時勢でなければ直接にものを売らなくても生計を立てられる者たち――に顔がきくので、代表のようなことをやっている。

 市で最年長の志ずゑも広く顔を知られていた。

 今日売る人が明日はいない、明日売る人が知れないという流動的な市ではこうはならない。今までは幸運にも荒らされた試しがなく、売る側の流動が大きく起きなかったため、道重も志ずゑも市の常連たちに広く認知されていたのだ。もっとも、市が荒らされた試しがないというのは、ただ前例がないというだけの、本当に幸運な結果にすぎなかった。そんな幸運は長続きしない。

 その事実を知らしめたのが大前一味だ。

 そして顔のきく者が呼び集められた理由はそこにしかない。市で騒動があったのを知っていれば誰にだって予想がつこう。

 話を振られた道重は急に気が重くなっていった。

 かといって切り出さないわけにはいかない。

 偶然の賜物にすぎなかった平穏はついに脅かされたのだから。

「みんなも騒動については聞き知っていると思う。端的にどう感じているのか聞きたい」

 道重には腹案があったが、とりあえずは騒動について各々の印象と、どう考えているかを聞いておきたいと考えてこう口火を切った。

「あそこが無事だったのはたまたまにすぎないさ。どこの市もみぃんなああいう連中に呑まれていくんだ。目を付けられた以上は諦めるしかないちゃ」

 真っ先に口を開いたのは志ずゑだった。戦争で孫をとられたという南方出身の老婆はどこか捨て鉢なところがある。

「志ずゑさんたちは連中がきたらすぐに店閉じて逃げたらいいんだろうけど」

 と、口を尖らせるのは市の近くに店舗をかまえる青物屋。界隈では恐妻家として知られている。志ずゑに干し物の元となるリンゴや渋柿を卸しているのはこの男の細君だ。

「さっきは運よくこっちにまで被害は及ばなかったけれど、近くにいるこっちにはいつ矛先が向くかわからない。俺たちはここに住んでるんだ。逃げられないよ」

「ふん、店なんて荒らされる前にたたんじまいな。どうせろくに売るものもないんだ」

「志ずゑ婆さん、そう喧嘩を売るような言い方をするんじゃないよ」

 道重がなだめる。温厚というよりは優柔不断に近い青物屋は怒る風でもなく、「それができたら苦労しないよ」と、また口を尖らせる。

「今日は市ですんだみたいだけど、いつか絶対に町の方にも手を伸ばしてくるよ。他の街区じゃ商店にも居座られてるところもあるみたいだ。ここも危ない」

「うちは元から荒れてるよ!」

 飯屋が調子っぱずれなことを言うとみんながうなずく。

「荒らされたら逆に綺麗になっちまうかもな」

 あくまでおどける飯屋だが、

「あほか、ああいう連中は酒好きと相場が決まってる。酒を置いてると知れたら連中は真っ先にここに居座るぞ。てめぇのなまくら包丁じゃ自分の身すら守れねえぞ」

 と、呆れた刃物研ぎが口を挟む。

「和ませようとしただけじゃないか。わかったわかった、真面目に言うよ。連中がでかい顔をするのは気に入らないが、気に入らないで押し返せる連中でもない。押し入られたら押し入られたで、俺は店を捨てるしかできないだろうな……」

 髭をしごきながら、「ま、立ち向かって死ぬようなバカをやる気はない」

 言ってすぐに、死人が出ているのを思い出して、

「ああ、道重さんや志ずゑ婆さんが介抱したのは知ってる……、悪気があったわけじゃないんだ、すまない」

 失言だと気付き、飯屋はうなだれた。

 またぞろ気まずい沈黙が降りてくる前に金物屋が、「警察には通報したのか?」と口を開いてとりなす。

「あいつらが駆け付けるなんて思ってりゃお花畑だよ」

 辛辣な物言いで応じるのは鋳掛屋。吐き捨てる言葉にみんなが同意する。

 警察機構も戦争に人を取られた。それらが復員してくるまでは配備は最小限で、その中で中央区や北区でのやりくりで手一杯なのだった。

 戦中はほとんど犯罪が起きなかった。ところが戦争が終われば、戦時の反動でも起きたのか、一気に犯罪が増えてしまった。

 大前のように戦争気分が抜けきらずに帰ってきた素行の悪い兵隊崩れの問題もあるし、物資の窮乏からやむなく起こる衝突もある。銀行の不払いによる暴動も何度か起こっている。警察は復員した警官をそちらへ優先的に振り分けるだろう。となると、市場での騒動はますます後回しにされる。

「それに警察を呼んだらこっちもやられるかもしれない」

「ああ、その問題もあるか」

 帝都中の路地で開かれている青空市は、当局から許可を得ているのではない。そのほとんどすべてが、物資を必要とする、される民衆の需要と供給とが結びついて自然発生した闇市で、もちろん当局の許可を得ず無断で営業しているものばかりだ。

 戦前から店舗をかまえて商売を営んでいる金物屋や飯屋などはむろん許可を得ているが、闇市で商品を仕入れている以上、自分たちは無関係ですと警察に突き出せるほど厚顔でもない。もちろん実情として、売る側も買う側も闇市を利用せざるをえない現実があり、その打開策を政府は見いだせていない。

 いずれにせよヤミ市に警察を招き入れるなど自爆に等しい。警察に駆けこめば場そのものが摘発されて消える可能性がある。大前たち市を牛耳る連中はそれを知っていて、強引に力による支配の拡大を行っている。闇市の者は暴力との挟み撃ちにあって渋々従うか逃げ出すかしかない。摘発されて消えるにせよ、逃げて消滅するにせよ、またどこかで大きな市が立つには時間がかかってしまう。

 ただ、帝都に散在する市には、そう言ったものに対する対抗するものも現れはじめている。道重の腹案もそれに絡む。

 だが、どうしたものか。

 道重はまだ悩んでいた。少なくとも警察を当てにできないのは確かだ。

「大人しく市をひっこめたらいい。どこへでも逃げられる」

「外にまで逃げる気か? 払うものがないだろう」

「そもそも俺たちが〈城壁〉を越えるのを認めてくれねえよ」

 三人の碩学が智慧を合わせて作り上げた帝都防衛機関要塞〈城壁〉は帝都をぐるりと囲んでいる。この巨大要塞そのものが、大東和(だいとうわ)帝國(ていこく)最大級の目に見える軍事機密だった。

 それをまたぐ内外の移動は厳しく制限されているのは当然として、この機密への接近も禁じられており、誰であろうと三回の警告の後に射殺されるという過激な布告がなされている。実際に布告を知らない呑気な亭主が物見に出かけ、その翌日に死体となって軍人の護衛と共に帰ってきた、なんていう噂話もある。

 合法的に城壁を越える手段は、復員省の復員飛行船で空を飛んでくるか、復員列車で城壁をくぐってくるかといったところだ。出るには各地へ向けて仕立てられた復員列車に乗りこむしかない。むろん復員列車は従軍していた者しか乗車できない。貨物列車の回送にこっそり乗りこめば違法、強制送還だろう。こういった措置は復員の完了と物資確保の目途が立ったら漸次(ぜんじ)解除していくと広報されている。いずれにせよ帝都の外へ出られる状況にはない。

 世界最大級の規模を持つ機関兵器は連合軍による帝都侵攻をこそ完全に防いだが、同時に帝都の臣民を都市に縛り付けてもいた。

「帝都ってのは巨大な監獄だなぁ」

「他の地方はまだましだっていうじゃねえか」

南洲(なんしゅう)の方も被害は少ないけど人は送られていったよ」

「平和なのは極東とか麓海(ろっかい)とかみたいな辺境だけさ」

「どうだか。情報がないんじゃ判らねえ」

 新聞各社は紙もインキも尽きかけているのを理由に、『重大な真実』がある時に限定して刷ると(せん)して発行を抑制していた。重大な事実が一体何に該当するのか、やはりこの場の者は誰も知らない。新聞の信頼性は終戦とともに地に落ちていた。

 バル・ベルデをはじめとする東欧海岸で連合軍に敗れたのも、中洋の海戦で帝國海軍が撤退したのも、帝國の各地で侵攻を受けきたのも、そして帝都が包囲されたことでさえ、知らされたのはだいぶ後になってからだった。

〈城壁〉なる機関兵器の稼働に至っては休戦と同時にその報がもたらされた。

 新聞社の説明を鵜呑みにするならば、『すぐに国民へ大々的に報じると、国民に紛れた間諜に情報が渡る恐れ』があるので、『諸方への確認をもって報道』したのだそうだ。

 また、戦争に関する報道は非常に繊細に扱わねばならないので、『誤報の可能性を確実に排除するため、あらゆる検証を試みた後に事実に相違ないと判断』してから発表するともいう。この慎重さは各社が開戦を告げる第一報を競った四年前とは大きな違いだ。

『驕慢なる欧州の〈三盟主〉支配に鉄槌(てっつい)を!』

『西の盟友国家より(はん)帝国を撃攘(げきじょう)!』

『帝國軍は欧州へ勇往(ゆうおう)せよ!』

 初号活字に打ち出された見出しが勇ましく躍っていたのを道重は覚えている。政府の啓発宣伝、若者の志願を訴えるチラシと変わりないと感じられるのは、ほんの数か月前までの戦争で得るものが何もなかったからだろう。

 帝國の人間は当初、戦争を熱烈に支持していた。範帝国ことグラン=ハンザ帝国といった〈三盟主〉をはじめとする欧州列強による植民地化を強く非難し、その体制を打ち倒すべく立ち上がった(みかど)の行為を褒め称えたのだ。

 道重もその渦中にいた。いや、彼だけではない。東和の人間は皆そうであった。誰もその渦からは逃れられなかった。むしろ自ら飛びこむ者の方が多かったかもしれない。人々を駆り立てるような狂信が和州を走り回っていた。

 大人たちは多くの若い兵隊を『希望の世代』として欧州大陸の前線に送り出す。

 だが、戦争は、欧州との戦いは痛み分けに終わった。

 兵隊はたくさん死んだ。

 帰って来たものの心もひどく(すさ)んでいた。

 大前のような兵隊崩れを生みだした。

 その大本の原因は送り出した帝國人たちともいえる。

 俺たちのあの興奮と熱狂が彼らを生みだしてしまった。

 道重は苦渋する。兵隊崩れの手で市が荒れるのは、若い彼らを希望という圧力で戦争に送り出してしまった罪に与えられた罰なのだろうか。

 米売りの店主が殺されたのは、未来ある若い彼らを蛮族に作り変えてしまった罰なのだろうか。

 こんな考えが引っかかって、道重は腹案を広げるべきかどうか悩んでいた。

 それでも決断を引き伸ばしにはできない。

 罪の意識と市の平穏。

 (はかり)が傾くのは……。

「みんなの考えはよくわかった、ありがとう」

 道重に視線が集まる。実際のところ彼らのやり取りの後半はほとんど聞いていない。脱線した話を真面目に聞いていられる余裕がなかったというのが正直なところだ。

「一つ俺に腹案がある」


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