初雪
今日は素晴らしい日だ。なんせ死者が1人もいないのだから。このような日が数十年に一度はある。死神だって人が死ぬが嬉しいわけじゃない。死神にだって休みが必要だ。
「せんぱーーい!!」
明るめのポロシャツを着た、ガッシリとした体格の男が死神に手を振っている。
「お前少しは死神らしい服を着たらどうだ。」
眉間にしわを寄せながら死神はポロシャツ男の方に近づいていった。
「しーーー。街中で大声で正体を明かさないでくださいよ。ほんとに不用心すぎますから。」
「えっ俺なんか言ったか?」
死神は目を丸くしながら尋ねた。
「自覚ないし。ですし先輩みたいに黒ずくめじゃ逆に目立ちますよ。人間に溶け込まないと行けないんですから。黒は仕事の時だけでいいんですよ。」
「でも、、、。」
「でもじゃなくてそーなんです!」
ポロシャツ男の方が体格がいいため、威圧感では死神は負けてしまっている。完全に小ちゃくなってばつが悪そうにしていたが思い出したように表情が変わった。
「お前先輩にそんな口いいのか。」
彼は勝利の微笑みを浮かべた。
「はいはい。先輩でしたね敬いますよー。ちっ、人間だったら地獄行きだよ。」
「ん、なんか言ったか?」
「いえ何も言ってないです!いつもの店でいいですか?」
奴は俺の100年後輩の死神だ。彼にも名前はない。俺たち死神には名前がないから、自分より年上ならば先輩と呼び、年下なら死神になった年で呼んだり、単純に後輩と呼んだり。俺は彼のことをチョコと呼んでいる。彼のポケットには常にチョコレートが大量に入っていて、仕事のたびに食べているからだ。
「先輩聞いてますす?」
「あ、あー。いつもの店にしよう。」
「俺はアイスコーヒーで。」
「また俺が買うんですか?先輩ならたまには奢ってくれてもいいじゃないですか!」
死神はチョコとがっしりと目を合わせた。まるで暗示でもかけるかのように少しも目を離さなかった。
「お前は俺に口答えしたことを反省し、アイスコーヒーとアップルパイを俺に謝罪文とともに買ってくる。」
「死神同士で催眠術が使えると思いますか?いつもこの手だ。たまには新しいのとか無いんですか。」
「ない。早く行け。」
チョコは不機嫌そうにレジへと行って、アイスコーヒーとアップルパイ、自分のアイスティを買って戻ってきた。
「先輩チョコ食べます?」
チョコが不機嫌そうに尋ねた。
「いらん。お前そんなに食べると脳卒中や心筋梗塞になる確率が高くなるんだぞ。知らないのか?」
「先輩ぼくたち死神ですよ。そんな心配いりませんって。甘いものでも食べないとこんな仕事やってられませんって。」
「呆れたよ。お前の前世はきっとチョコの常習万引き犯だったんだろーな。」
死神は美味しそうにアップルパイを頬張りながら言った。
「そんな訳ないじゃないですか!そんな理由で死神になったなんて恥ずかしいですよ。」
「じゃあ少しは節度を守れ。」
チョコは自分の飲み物を飲み干すと話を続けた。
「先輩あの話聞いてますか?」
「なんだあの話って。」
死神は大して興味がないのか、テーブルに置いてあるペーパーナプキンを折り紙して遊んでいる。
「あんまり大きな声では言えないんですけど、、、」
チョコは死神の方へ体を近づけてさらに話を続けた。
「そんなに近づくな。気持ち悪いだろ。ほら見ろ鳩だぞ。鳩!!」
死神はペーパーナプキンで出来た鳩を手で飛ばしながら窓の外を眺めている。
「俺らにも平和が来るといいな」
「先輩聞いてますか?あの方が地上に降りてきたみたいです。」
「はぁ?」
紙で出来た鳩は一瞬で灰と化した。まるで彼らには平和は訪れないとでも言うように。
「それは本当か?」
「本当みたいですよ。隣町の若いカップルが両親に結婚を反対されて2人で心中するはずだったのに、カードが示す場所には彼らの姿は無く実はこっそりと駆け落ちしていたらしいんです。こんなこと出来るのはあの方しかいません。」
「んー。」
死神はまた新しいペーパーナプキンを取り出し、また何かを作り始めた。
「先輩はあの方に会ったことはあるんですか?」
「俺みたいな下っ端死神がある訳ないだろ。」
「一度でいいからお会いしてぼくの前世のことをお聞きしたいです。」
「だからお前の前世は万引き犯だってば。」
死神がニヤリとチョコの方を向いた。
「やめてくださいってば!」
その時キーーーーッというブレーキ音と何かが倒れるような音、人の叫び声が聞こえたような気がした。
「お前今の聞こえたか?」
「何がですか。」
「今のブレーキ音とか叫び声とかだよ。」
「仕事のしすぎで耳がおかしくなったんじゃないですか?今日は仕事は忘れて休日を楽しみましょうよ。見たい映画があるんですよ。」
「死ぬはずの人間が生きていて、生きているはずの人間が死んだというのか。」
死神は窓から空を見上げながら何かを感じ取っているような感じだった。
「ちょっと失礼する。」
「ちょっと先輩!!!!!」
死神は作りかけのペーパーナプキンを机に置いて、店の外へと出た。するとすぐさま目を瞑り、耳をすまし始めた。
「どこだ、どこだ。」
突然死神の目がパッと開き、道路の方へ走り出してタクシーを捕まえた。
「ソーイタワーまで急いで!!」
死神はタクシーに飛び乗って運転手のおじさんに行き先を伝えた。
「かしこまりました。」
タクシーはタワーに向かって走り出した。しかし出発してすぐ車が止まった。
「あれおかしいな。どこかで事故でもあったのかな?」
「おじさん、ここで降ります。」
「えっ?道路の真ん中ですよ。」
「大丈夫です気にしないで下さい。あとうちの会社経費が厳しいんで、領収書お願いします。」
お釣りと領収書を受け取った死神はタクシーから降りて、また目をつぶってブツブツとつぶやき始めた。すると死神が立っているところは一瞬でソーイタワーの目の前に変わっていた。タワーの前の道路には大型トラックがひっくり返って道路を塞ぎ、その下には一台の乗用車がペシャンコになっていた。
「やはりな。」
死神は沿道に一人でポツリと立っている男のところへと近づいていった。
「あの車に乗っていた方ですか。」
「あ、あなたは僕が見えるんですか!」
ずっと色んな人に声をかけていたのだろう。彼の服はボロボロに破れていた。男はやっと話しかけられて少し興奮気味に死神に問いかけた
「はい。」
「誰に話しかけても気づいてもらえなくて、、、。僕は死んでないですよね。」
「残念ながら亡くなっています。申し遅れました。私死神と申します。」
「えっ、、、。し、死神!?ほほんとに僕は死んだんですか。」
「あの車で事故に遭われて即死だったと思います。」
「思いますって、、、。」
「とにかくお話を聞かせていただけますか?」
死神は男を最期の部屋に連れて行った。
「ここはどこですか?」
「死者があの世に行く前に最期に立ち寄る部屋です。」
「ぼ、僕はまだあの世なんかには行けません!!」
男は必死に死神に訴えた。まだ未練がある。残してきた人がいる。まだ死ねないと。
「まずは私の質問に答えていただけますか?」
「わかりました。」
「生年月日、年齢、名前を教えて下さい。」
「1996年4月6日生まれの23歳、ヨンです。」
「ヨンさん今日は何をしていたんですか?」
「実は恥ずかしい話、駆け落ちをしたんです。」
「やはりな。」
死神の表情は硬いままだった。死神は報告書にヨンが話すことを書き込んでいる。このようにカードの無い死者は担当死神が手書きで作成し、本部に提出する。すると本部で対策委員会が事実確認を行い、報告書が認められると新しいカードが発行される。
「好きな人がいたんですけど、彼女はあのハート家のお嬢様で。」
「ハート家とはホテル、不動産、貿易、家具、アパレルを手がけるハートグループのことですか?」
「はい。僕は高校時代まで不良グループに入っていて、ある事件がきっかけで退学になりました。僕は親に勘当されて家も何もかもを失い、さらに非行に走るようになって、金に困った僕は近くのお屋敷に泥棒に入ることにしました。でもすぐ捕まりましたけどね。しかし社長は高校生で親にも捨てられなにもかも失った僕を哀れに思ったのか、運転手として住み込みで雇ってくれたんです。そして僕は社長へ恩を返すと誓い、心を入れ替えて働きました。そして、そこで出会ったのが娘のヘラでした。僕たちは一目会った時から恋に落ちました。そして交際することになって最近結婚の誓いを立てたんです。僕たちは社長にお許しを頂こうとお願いをしに行きました。すると社長は、
「お前みたいな奴にうちの娘がやれると思うか!俺への恩を忘れたのか。なにもかも与えてやったのにうちの娘が欲しいだと?欲をかくのもいい加減にしろ!お前なんて殺してやる。」
といってゴルフのクラブを振り上げて僕を殴ろうとしました。するとヘラが僕の手を掴んで行こうと言いました。その後僕たちは心中をしようとしたんです。でもどこからか黒猫が部屋の中に入り込んだみたいで、なぜかずっとこっちを見ているんです。やめろと言われてるような気がしました。」
ヨンは目を閉じながら、いや過去の思い出にゆっくりと浸っているのだろう。一言一言を慎重に選びながら話していた。過去の過ちを反省し、彼の前に現れた天使とのたくさんの思い出に想いを馳せているのだろう。
「今回は黒猫に化けたか。全く仕事を増やしやがって。」
死神の顔はより一層険しくなっていた。でも確かに一度希望を2人に与えておいて、2人が再スタートを願ったら片方を殺すなんてそんな身勝手な話があるだろうか。
「どうかしましたか。」
ヨンが心配そうに死神を見ている。気分を悪くさせて地獄にでも落とされなきだろうかと思ったのだろう。
「いや、どうぞ話を続けてください。」
ヨンは自身に起こったことについて再び話し始めた。
「それで僕たちは2人で新しい人生を歩もうと約束したんです。しかし彼女はもとから体が弱かったんですけど、急に発作が起きてしまって。それで病院に搬送されました。一命は取り留めましたが、僕には入院費や治療費を払うことができないので社長のところへ頼みに行ったんです。
「僕たちは生涯を共にする決意をしました。必ず返します。お金を貸していただけないでしょうか。」
すると社長は
「ふざけるな!よくノコノコとここに来れたな!!お前のせいで娘が、、、。出て行け。出て行け!!娘の心配はいらない。二度と顔を見せるな。消えろ!」
追い出されました。何を言っても取り合ってもらえませんでした。再び何もかも失った僕は何も考えず車を走らせていたんです。どこかこのまま遠くに行きたいとそれだけを思っていました。ちょうどソーイタワーの目の前の信号を、待っていたら急にトラックが倒れてきて。気がついたらさっきの所に立っていたんです。」
死神は黙り込んでいた。
「死神さん、話聞いていました?」
「えぇ。」
「お願いがあるんです。もう一度彼女に会わせてください。最期にお別れをしたいんです。」
死神はしばらく言葉を発せず、腕を組んで何かを考えているようだった。
「わかりました。いいでしょう。」
「ありがとうございます!こんなに嬉しいことは、、。」
ヨンの言葉を遮るように死神は言葉を続けた。
「しかし現在に戻すことは出来ません。」
「なぜですか。」
ヨンの顔から笑顔が消えた。しかし死神は話をやめようとはしなかった。
「過去の1日に戻ってその日を生きてもらいます。」
「答えになってないじゃないですか!」
「あなたを地上に連れて行くことは出来ません。」
「なんでだよ!!!」
ヨンは興奮し机を叩きつけて立ち上がった。その振動で死神のつけペンのインクのビンが倒れてしまって、書類が真っ黒に染まった。死神は机の中からタオルを取り出し溢れたインクを綺麗に服と、インクに染まった書類に手をかざした。すると書類は元通りの真っ白な紙に戻っている。すると黙っていた死神が話し出した。
「ヨンさん、少し落ち着いてお座りください。いま地上に戻ってどうするおつもりですか?彼女にはあなたが見えませんよ。いくら声をかけたとしたって気づいてもらえないんですよ。それでどうお別れをするのですか?もし地上に降りてお別れしに行ったとしても、あなたはあの世に行きたくないと言うでしょうね。そうするとあなたは地上を彷徨う霊となります。彼女への想いが強ければ強いほど、あなたは彼女の悪霊となるでしょう。そこまで彼女への想いが強くないと言うのであれば構いませんがどーなさいますか?」
死神は椅子にもたれかけると足を組んでヨンの方をじっと見ている。
「そんな訳ないでしょ!」
「ではお座りください。」
ヨンは大人しく椅子に座りなおした。
「じゃあ僕はどーすればいいんですか。」
「何もない普通の日に戻ってもらいます。彼女との思い出が何も無いような平凡な日に。」
「最期なのに想いれのある日にはいけないんですか。」
最後の部屋の中が急に暗くなり、デスクがカタカタと揺れ始めた。
「さっきの説明をもう一度繰り返した方がいいですか?死神は気難しいんです。あまり怒らせない方がいいですよ。私が担当じゃなかったら今ごろ塵となって吹き飛んでます。もう一度言います。何の意味のない平凡な一日です。それが嫌ならこのままあの世に送ります。どうなさいますか。」
ヨンは揺れるデスクを押さえつけると、
「分かりました。どんな日でもいいです。最後に彼女に会いたいんです。お願いします。」
と言って、頭を下げた。そこには強い意思が感じられた。最後でもなんでもいいもう一度彼女に会いたいんだと。
「では私の目を見てください。」
死神はヨンの目をじっと見つめた。
「なぜずっと僕を見ているんです?」
「あなたの記憶を遡っています。」
死神の目にはヨンが送ったたくさんの日々が写っていた。嬉しくて喜んだり、悲しくて泣いたり、彼女との出会い、死ぬ直前がどうなっていたのか。死神にしか見えない彼が生きていたという証拠である。ヨンがこの星に生まれ、懸命に生きていた証拠だ。
「最後の日が決まりました。」
すると最期の部屋の電気が消え、真っ暗になった。今までいた部屋は少しも見えない。すると死神の声が響き渡った。
「よく聞いてください。あなたはこれから過去に戻ります。しかし未来のことを教えたり、未来を変えるようなことをしてはいけません。私が危険だと判断した場合すぐに現在に戻させます。ベルの音が3回なったらタイムリミットです。ではいってらっしゃい。」
「ヨン起きて!早く起きてってば。」
「あっ!」
ヨンはベットから飛び起きた。そこはいつもの自分が借りている部屋のようだった。
「あー、悪い夢を見てたみたいだ。とても恐ろしい夢だった。」
「どんな夢だったのかしらね。まぁ朝ごはん食べて元気だして。」
ヘラは狭いキッチンで手際よう料理をしている。お湯を沸かしているからなのか、窓に結露が発生しポタポタと垂れていた。
「う、うん。」
ヨンはベットから出て顔を洗うためにフラフラと洗面所へと歩き出した。
「あれはなんだったんだ、、、。」
水道の水はとても冷たかった。でも目が覚めたような感じはしない。ぼーっとしているままだ。
「昨日飲みすぎたのかな。水を一杯くれる?」
「大丈夫?あとで胃腸薬とか貰ってこようか?」
「いや大丈夫だよ。」
ヨンは椅子に座ると一気に水を飲み干し、テレビを見始めた。彼がザッピングをしながら座っていると彼女がモーニングコーヒーを出してくれる。そして彼は仕事のために天気予報をしっかりとチェックし始める。毎朝の光景だ。
『今日は朝から夜までお天気は抜群!雨や雪の心配はありません。天に誓って保証いたします!』
「ん?おかしいな。」
「どうしたの。」
「この天気予報前に見たことがある気がする。」
「天気予報なんて毎日似たような感じなんだから勘違いよ。」
「だってこの後、大雪が降って交通機関が完全にストップして大慌てで大変だったんだよ。覚えてない??」
「何言ってるの?本当に大丈夫?病院とか行く?」
その時ベルの音が鳴り響いた。
「ベルの音、、、?」
「ねぇ本当に大丈夫?ベルなんて鳴ってないわよ。」
「あっ!」
ヨンは慌ててスマホを開いた。
「2018年12月19日、、、。まさか現実だったなんて。」
「ねぇ!」
「ん、ん?」
「熱でもあるんじゃない?」
エラはヨンのおデコに手を当てて熱がないか確認した。
「熱はなさそうね。」
ヨンはおデコのエラの手を取って握りしめた。
「何よ急に。」
「ありがとう。」
エラはさっと手を引いて恥ずかしそうにキッチンへ戻って行った。
「ベルが1回鳴ったということは後2回か。後どれくらいここに居られるんだろう。」
彼にとって3度目のベルはヘラとの永遠の別れを意味する。それはとても辛く悲しい現実であるが今は最期の時間を噛みしめるしかない。永遠にこの時が続いて欲しい。しかしそれは許されないし、するべきじゃ無い。とにかくこの一瞬一瞬を生きるしかない。
「どうしたのそんな深刻そうな顔をして。」
「ん?何でもないよ。美味しそうな朝食だな。」
いつのまにか朝食が運ばれていた。
「でしょ!スープも温かいうちに飲んで。あなたの好きなスープよ。」
「これが飲めるなんて。」
「そんな喜ばなくてもいいじゃない。よく作ってるでしょ。」
あなたは死ぬ前に食べ物は何ですかと尋ねれたら、このスープと答えていた。まさか現実になるとは。最期のスープは喉から流れ込んでいくごとに彼女への感謝、そして命を捧げてくれた動物や野菜への感謝などが感じられた。死んでから初めて当たり前では無いこの恵まれた環境がこんなにも有難いことだと気づくなんて本当に僕は馬鹿だ。なんて愚か者なんだろう。自然と涙が溢れた。涙が止まらなかった。
「えっどうしたの。不味かったの??」
「いやそんな事ないよ。最高だよ。世界で一番美味しいよ。」
「お代わりもあるからたくさん飲んでね。」
僕の手は止まらなかった。黙々と食べ続けた。すると2回目のベルが部屋に鳴り響いた。僕の手が止まった。死が刻一刻と近づいてくることへの恐怖。彼女を失うことへの恐怖。僕の胸は恐怖でいっぱいだった。
「もう時間が、、、。」
「安心して。まだパパの出勤までは少し時間があるわよ。
「そうだな。君がいれば安心だ。」
君と歳をとって死ぬまで君の笑顔を見ていたかった。君ともっとたくさんの時間を一緒に過ごしたかった。
「あっ雪よ。」
「えっ?」
雪は確か夕方に降るはずだった。お迎えの為に急いでタイヤにチェーンをみんなで巻いたことを覚えている。なぜだ?何が起こったのだろうか。
「ちょっと庭に降りて見に行きましょうよ。」
「あぁ行こう。」
ヨンはヘラの手を取って庭へと走り出した。
「うぁー綺麗!!!」
「もう積もり始めてるな。」
「初雪ね。」
「雪は天からの手紙であるって言葉聞いたことある?」
ヨンは空を見上げながら尋ねた。
「えーそんなの初めて聞いたわ。」
「俺らの先祖さまたちが俺らに手紙を出してくれてるんだ。どうだー頑張ってるかー。もっと懸命に働いて名の残る家にしてくれ〜。」
「ふふふっ。じゃぁ私たちがお祖父ちゃんとお婆ちゃんになって、もしあなたが先に死んだら私に手紙を送って。もし私が先に死んだらあなたに手紙を送るから。約束よ。初雪の約束。」
「う、うん。」
ヨンの顔はとても暗かった。すぐに現実になるなんて彼女は想像もしてないだろう。彼女のことを思うと胸が張り裂けそうだった。
「ちゃんと読んでよ。」
「ヘラ!」
「なに?」
振り向いたヘラの髪は美しくなびき、雪とマッチしてこれ以上ないほどの美しさだった。その時3度目のベルの音がなった。
「待って!待ってくれ!!!まだまだまだお別れが出来てない。ダメぇぇぇぇぇぇぇ。」
気がついたら机の上で伏せた状態で寝ていた。ヨンは起き上がると彼の目からは涙がこぼれ落ちてきていた。
「なにも意味のない日なんてないんですね。どんなに人に平凡な退屈な日だと言われたって、僕にとっては美しく輝いていました。素晴らしい日々でした。彼女がくれた愛しい日々たちです。何で生きている間はなにも気づかないんだろう。死んでからじゃもう遅いのに。」
ヨンは涙が止まらず、声も消えてしまいそうなほどであった。
「私は何百万人以上もの魂をあの世へと送ってきました。人間はその1日の一瞬一瞬を生きることしか出来ないんです。その先にどんな運命があるかなんて分からない。しかし時に人は傲慢になります。まるで永遠の命があるかのように。自分たちが「ふつうの日」をただ生きていくことしかできない存在であるであるという事を知らないんです。そしてそれに気づかずに死んでいきます。そしてなにも気づかずに現世への妬み、嫉み、僻み、恨み、辛みだけを感じながらあの世へと行く方も少なくはありません。しかし、あなたはあなたが過ごしていた日々の素晴らしさ、価値の重さ、命への感謝が分かっただけで十分じゃないですか。私はそう思います。」
その後、ヨンは他の死者と同じようにロウソクの火を消しあの世への階段を登り始めた。
「感動的な演出でした。もう涙が出そう。」
チョコが壁に寄りかかっていた。
「ふざけるな、死神は泣かない。でも我ながらに上出来だった。」
時に死神は死者の魂を気持ちよくあの世へと送り出す為に最期の部屋でちょっとした幻覚を見せる。死神は演出家でもあると私は思っている。死神によって、それぞれ方法や内容は様々だが、きっと俺が死神界では一番だろう。
「先輩もう一日が終わりそうですよ。早く映画に行きましょうよ。」
「悪いまた今度にしよう。用事が出来た。」
「今度は何ですか!」
死神は扉を開けると、ある場所へ向かった。
ヘラはお屋敷のベッドで寝ていた。ベッドの横に年老いたメイドが1人腰をかけて座っている。
「お嬢様お目覚めですか?」
「えぇ。いい夢を見たわ。」
「どんな夢ですか?」
「ふふふっ。秘密よ。あれ雪が降っているわ。」
ヘラが窓の外に目るとヒラヒラと雪が舞っていた。ヘラは笑顔で見たいたが、だんだん顔が険しくなってきた。
「今年の初雪は早いんですね。」
するとヘラはベッドから飛び起き、外へ走り出した。
「うそよ。うそ!うそだ。」
外へと出たヘラは空を見上げた。
「お祖父ちゃんとお婆ちゃんになるまで一緒だって約束したじゃない!なんでよこの嘘つき。」
ヘラはその場にしゃがみ込んで泣き出した。
「泣かないでヘラ。ほら見て、僕はここにいるよ。雪になって君を見つけにきたんだ。君と過ごした日々はとても美しかった。晴れた日も雨の日も雪の日も。どの日も素晴らしかった。君とは少しのお別れになってしまうけど僕は向こうで上手くやるから、君も幸せになって。僕が君に魔法をかける僕を忘れる魔法だ。そうすれば君は僕を忘れて別の人と幸せになれる。ヘラさようなら。」
言葉が終わると同時に雪が降り止んだ。ヘラはただ泣き続けていた。
「何が忘れる魔法よ。忘れられる訳がないじゃないあなたと過ごした幸せな日々を。もし神様があなたとの記憶を消して、新しい出会いをくれると言ったとしたって、私はあなたがくれたこの温かくて優しい、この素敵な気持ちを忘れたくない。最後になれないカッコつけるなこのバカ。もっと好きになったじゃない。余計に忘れられないわ!」
ヘラは空に向かって叫んだ。慌てて追いかけてきたお屋敷の使用人たちがヘラを屋敷の中へと連れ戻していった。お屋敷に生えている大木の枝の上に死神とメイド服を着たチョコが座っている
「先輩なんで僕がこんなことしないといけないんですか。」
「お前が付いてきたんじゃないか。ちゃんと似合ってるぞ。」
「それより先輩、あの人間には力が使えませんでしたね。」
「とき人間は自らの手で奇跡を起こす。その人にとって想いが強ければ強いほどな。」
俺は残された人にも演出をする。死者はあの世で新しい生活を送るが、残された人は彼らとの想い出を持って残りの人生を過ごさなければいけない。死神が本当に助けるべきなのは残された人々なのだ。それが俺の考える死神のあるべき姿である。
「でもなぜ神様は一度助けた彼らを別れされるなんて事したんでしょうね。」
「そんなこと俺らには分からない。神の気まぐれだ。神のみぞ答えを知る。さぁ帰ろう。もうクタクタだ。」
「先輩、映画は?」
「行かない。」
「ちょっと待ってくださいよ。あっ、降りられない。ちょ、助けてください。せんぱーーーーーーーい!!!!!!!!」
死神は暗闇の奥へと消えていった。