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看病2

まさかデータ吹っ飛ぶとは…

お待たせしました

「ぅ……」

「起きたか」


 保健室で寝ていた頃より幾らか穏やかになった寝顔を眺める事一時間。

 閉じていた瞼が半分ほど開き、いつ見ても綺麗な赤色の目が俺の方を見た。


「ぁゆ……?」

「なんだ」


 寝起きでふわふわとした雰囲気を纏う夏日は、眠そうに目を擦りながらふにゃふにゃの声を発した。

 取り敢えず反応したが、『ぁゆ』って何だよ可愛いな。


「………すぅ」


 俺が『ぁゆ』について考えてる間に、完全に瞼を閉じた夏日から小さな呼吸音が聞こえてくる。

 起きて無かったのかよ。


「ん……? なんで、歩が」


 そのまま夏日を眺めていると、暫くしてようやくしっかりと夏日の目が俺を捉えた。


「何でってお前が留まらせたんだろ」

「え……?」

「ほら、これ」


 夏日に見えるように腕を持ち上げ、俺の手首を掴む夏日の手を見せる。

 帰宅後に様子を見に来て何となく頭を撫でていると手首を掴まれ、振りほどく気にもなれずそのままになっていたのだ。

 まあでも、椅子に座って美少女の寝顔を眺めて時間潰すのも悪くはなかった。


「ほんとだ」

「それでどうだ? 調子は」

「すこしマシに……なった」


 姉ちゃんには咳が出ていたと聞いてたが、そんな様子は無い。


「そうか」


 額に手を当てるとまだ熱い。

 少々舌足らずながらも会話も普通に出来てるし、熱はまだありそうだがマシになったのは本当のようだ。


「……」

「…………んぅ」


 何となく掴まれた手とは反対の手を伸ばし、なるべく優しく頭を撫でる。

 細くて柔らかい髪は、指を通すと薄っすら透き通って見えて、とても神聖な感じがする。


「う……」


 最初の方はされるがままになっていたが、暫くすると恨めしそうに俺の方を見てきた。

 目からは「いつまで撫でるんだ」という言葉が完璧に読み取れるが、特に何も言ってこない。

 本気で嫌がるようならやめようかと思ったが、好きにさせてくれる様なので遠慮なく撫でさせて貰うとする。撫で心地いいし。


「……」


 目で訴える事は諦めたのか、俺から視線を外しぼんやりと壁を眺め始めた。

 恥ずかしいのか耳が少し赤くなっているのは黙っておくべきだろう。 


「……はらへった」

「昼食ってないもんな」

「うん」

「プリンか果物か雑炊か、どれがいい?」


 現在時刻四時。昼前に帰ってからずっと寝てたらしいし、そりゃあ腹も減るだろう。

 前半二つは体調悪くても食えそうなので帰りに買ったのだが、どうだろうか。


「ぞうすい」

「はいよ」

「歩がつくったのがいい……」


 元より雑炊は俺が作るつもりだったので構わないが、夏日がこう言うのは珍しい。

 まあ、姉ちゃんの料理って大雑把な味付けだもんな……元気な時ならまだしも今は食べる気にはなれないか。


「あんま味には期待すんなよ」

「うん……」

「そこは嘘でも期待してるって言ってほしかった」


――――――――――


「ほーい出来たぞー」


 トレーで手が塞がった状態で扉を開けるのは結構至難の業だった。

 上には小さい土鍋と茶碗、あとはコップとか色々のってるしな。


「ん……」

「あーいい、起こしてやるから」


 一旦トレーを机に置き、自分の力で起き上がろうとして苦労している夏日の背中に手を入れ、ゆっくり持ち上げ起き上がった所で適当なクッションを背中と壁の間に挟んだ。


「自分で食うか?」

「たべさせて」

「はいはい」


 甘えるというよりは、仕方なくといった様子で俺に頼んでくる。

 どうやら腹は減っているものの、自分で食べる程の元気は無いらしい。

 土鍋の蓋を開けると、一気に広がる湯気と卵と出汁の香り。

 米、水、卵を白出汁と醤油で味付けして最後にネギを散らしただけの雑炊だが、結構上手く出来たと思う。


「よっこいせ。ふー、ふー。ほら」


 ベッドに腰を下ろし、茶碗に適当に注いだ雑炊をスプーンで掬うと、息で冷ましてから夏日の口に近づけた。


「あー。あっ、ぅ…………」

「え、あ、ちょっ、悪かったって」

「ぐすっ……」


 ちょっとした悪戯心で夏日が食べようとしたタイミングでスプーンを遠ざけると、目に涙を溜めてシュンとした顔で俺の方を見てきた。

 今にも目から涙が溢れてきそ――あああ溢れてる!? 嘘だろ泣いてる!?


「本当すまんかった。もうしない」

「うぅ……」


 弱ってる時にやるのは失敗だったな……怒るのは覚悟してたがまさか泣くとは思わなかった。


「ほ、ほら今度はちゃんと食べさせるから泣き止んでくれ……な?」


 今度こそちゃんと口に近づけたスプーンを、何度も何度も俺と交互に見てくる。

 不安そうに揺れる目に見られるのは、自分でやった事とは言え胸が痛い。

 大丈夫だから……


「……あむ。…………おいしい」

「それはよかった」


 三十秒ほど経ち、ようやくスプーンに口を付けてくれた。

 本当によかった。これで不味いって言われたら俺は立ち直れなかった。


「つぎ」

「あ、はい」


 流石にもう警戒されず、差し出した雑炊を普通に食べてくれる。


「……」


 気になっていた流れず目に溜まったままの涙を指で拭き取る。

 ずっとうるうるしている瞳がそれはそれは庇護欲を掻き立てられ、そのままにしておくのは俺の理性が色々と危ない。

 涙を拭き取った後、俺の方をじいーっと見つめてくる夏日。どうした。


「なんか……自然にそんなことするの、チャラ男っぽい」

「はぁ!?」

「さっきの、ふつうに頭なでてきたのも……」

「いや……その、なんつうか」


 言われてみれば、チャラ男とまではいかなくても確かに距離が近い行動だった。

 別にティッシュとかで拭えばよかったもんな。

 夏日が男の時の距離感抜けてない所あるからなぁ……迂闊だったか。


「あ」

「はいはい」


 鳥の雛のように口を開けて待つ夏日に、ペットに餌付けをしてる様な気分になりながら雑炊を食べさせる。


「あむ」

「…………何にも考えてなさそうな顔だな……」

「ん?」

「何でもない」


 小首をかしげてくる夏日を誤魔化す。


「後で汗、ふいて。きもちわるい」

「ああ、姉ちゃんよんでくる」

「あかりねえは余計な事するからやだ」

「いや、そうは言ってもな……」


 ここまで言われるって何やったんだよ姉ちゃん。

 まずは俺よりこいつの意識を変えるのが先だな……


「はやく」

「はいはい……」


―――――――――――


「持ってきた、けど」

「うん」

「本当にやるのか……?」

「はやく」

「はぁ……」


 俺の意思は関係ないとばかりに命令してくる。 


「じゃ、じゃあ脱がすぞ」

「ん……」


 指先に伝わる柔らかい感触の正体を考えないようにしながらチャックを下ろす。


「っ……」


 途端に広がる、ほんの少しの酸っぱさと普段の何倍も甘ったるくて濃い夏日の匂い。

 寝ている間にかなり汗をかいた様で体操服の下の肌が見て分かる程じっとりと湿っているが、不思議と臭くは無く強烈な女の子の匂いに頭がクラクラしてくる。


「拭くよりシャワー浴びた方が良さそうだな」


 前面が完全に開き、下着と肌が見えるようになった夏日をなるべく視界に入れないようにして呟く。

 


「じゃあ姉ちゃん呼んでくる」


 取り敢えず体操服を着せ直そうとチャックを持った瞬間――


「夏日ー大丈夫ー? 来たよー」

「――っ!」

「…………あ……えっと、その……お邪魔しました……」


 間延びした声を出しながら入ってきた冬火は俺たちを見て固まった後、耳まで真っ赤にしながらゆっくりと部屋を出ていこうとした。

 急いでチャックを上げて夏日に体操服を着せると、今にも閉まりそうなドアを左手でこじ開け、逃げようとする冬火の手首を右手で掴んだ。


「待て。何を想像したか分かるが誤解だ」

「だって……夏日、その、脱がしてた」

「確かにそう見えたかもなんだが違うんだ」


 目がぐるぐると混乱状態になっている冬火を必死に説得する。


「弱ってる所を狙うのはダメだと思う……」

「俺はやってない」


 冬火の混乱にあてられたのか完全にやってる奴の受け答えをしてしまった。

 落ち着け俺。


「ほら洗面器あるだろ? 汗を拭こうとしてたんだ」

「何で明里お姉ちゃんがやらないの?」

「姉ちゃんは嫌って夏日が言ったんだ」

「そう……なんだ」


 俺の説明に懐疑的な視線を向けてくる冬火。

 流石にこれは自分でも苦しい説明だと思うが、本当の事だからどうしようもない。


「夏日本当?」

「うん」

「そっか……ごめん。私の勘違いだったみたい」

「ま、まあ俺もそう見える事をしてたのは事実だしな……」

「じゃあ私夏日の着替え取ってくるね」


 何とかあらぬ冤罪をかけられずに済んだが、この日は冬火から微妙に距離を取られていた。

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