第71話 くすぐったい
「おーい出たぞー」
「じゃあ俺入ってくるね」
風呂上がり。最近では春木も俺のパンイチ肩掛けタオル姿にも慣れたのか、こっちを一切見ずにスルーするようになった。どっちかと言うと諦めたのかも知れない。
いつものように冬火に髪を乾かして貰うべく、ソファーに深く腰掛けて頭をだらーっと垂らしてドライヤー準備完了の体勢をとった。
いつでも大丈夫だ。
「はいはいやりますよーっと」
「頼んだ」
――――――――――
「ん? どうした」
「いやーちょっとね」
普段なら、髪を乾かした後は洗面所にドライヤーを置きに行き、ついでに俺のパジャマを取りに行く冬火が今日は俺の隣に座ってきた。何か用事でもあるようだ。
特に気にせずテレビを付ける。
「? そうか」
「……うーむ。相変わらず無駄な肉がない」
「ひゃっ! 冷たっ」
突然、冬火が冷たい手で俺の横腹を摘んできた。特に意味もなくソファーの上に両手を広げていて無防備な横腹を触られ、変な声が出た。
何だよ急に。隣を見てみると興味深そうに俺の横腹を摘む冬火の姿が。かなり滑稽な姿だ。
「というか、必要な肉までないような……細すぎでは? 個人的にはもうちょっと肉があってほしいから八十点かな」
「人の横腹勝手に摘んどいてなに点数つけてんだよ。そもそも何で摘んだし」
「ふと、触り心地が気になって。すべすべで柔らかいよ」
「答えになってない」
何が面白いのか話している最中も摘んだり離したり、引っ張ったりを繰り返し、だんだんと俺の体温で冬火の手が温くなっていくのを感じた。我が妹ながら何を考えているか全く分からない。
「うーん。全部肉が胸にいったと考えると、他がガリガリなのも納得かな。相変わらず真っ白い肌だねぇ……日焼けしてるはずなのに」
別に減るわけでもないので冬火にされるがままになっていると、ふと思い立った。
「今は女だし、冬火のを触ってもいいよな」
「え? きゃぁ!?」
横腹を摘む冬火の手を取りソファーに押し倒し、状況が飲み込めず固まっている冬火の服の中に手を突っ込み、両手で横腹を摘んだ。柔らかくて、ぷにぷにしている。……確かにずっと摘んでいたくなる気持ちも分かる。
むにむにむにむにむに――
「ふむふむ」
「あっ……んんっ。くぅっ……!」
「変な声を出すな」
顔を赤くして涙目でその声出すの止めろ。冬火の反応のおかげ(?)で冷静になってきた。やってから思ったが、服を着た女をソファーに押し倒すほぼ全裸の女とかいうヤバい絵面になってんな。まあ誰もいないからいいか。
「だ、だってぇ……」
「だってじゃない。俺は大人しくしてたんだからお前も大人しく摘まれろ」
「わ、わかったよ……」
どうせ春木が出てくるまで時間あるだろうし、単純にこのなんとも言えない摘み心地を堪能していたいしと考えるのをやめた。
―――――――――――
「ふぅー姉ちゃんでた……よ…………」
「あっ! は、春木、こっこれは……」
「えーと……お邪魔してしまった……?」
「そんなことはない。な、ふ、冬火」
「はぁっ……んっ……はぁ……夏日激しすぎ……」
冬火の言葉に押し黙る俺と春木。気まずっ。ど、どうしよう。
夢中になって触っていたら風呂から出た春木に気づかず見られた。
冬火の反応が面白く、途中から調子に乗って摘む以外にもくすぐってみたり、耳元で小声で話してみたりしたせいで、冬火が完全にだめになってしまった。耳まで真っ赤にして小さく痙攣している。
冬火と俺を行き来する春木の視線が痛い。冷や汗が背中をダラダラと流れるのを感じた。
「に、兄ちゃん?」
「はっ、はい!」
「俺は部屋で大人しくしてるからほどほどに……ね?」
沈黙に耐えかねたのか全てを悟ったような目で春木が言った。その瞬間俺はあらぬ誤解をする春木に縋りついた。
「あっ、違うそれは勘違いだっ!」
「っ!? 分かった、分かったからまずは服を着て!」
――――――――――
「とまあ触り心地がよくて」
「そ、そうなんだ」
「お前も触ってみるか? すっごいぷにぷにでずっと触れるから。まだそこで死んでるから文句言わないだろうし」
疲れた……誤解を解くのに三十分もかかった。春木も触れば俺の気持ちが分かるはず。
「い、いや俺は別にいいよ……」
「そうか? うーん……あっ、俺の触るか!」
「どうしてそうなるの!?」
「冬火のが嫌なのは相手が姉とはいえ女だからだろ? その点俺なら心配ない」
「大問題だよ!」
「まーまー、ほれ触ってみろって」
「うわっ」
着ぐるみパジャマのチャックを下まで下げ、春木の手をとって俺の横腹を摘まませようとしたが、指が触れる瞬間に腕を引っ込めようとしたので、指の背で横腹を撫でただけだった。
「ほら」
「ちょっ、下着見えてるって……」
指の背で撫でさせたいわけじゃないんだよ。再度抵抗する春木の手を上から持ち、横腹を摘ませた。
「どうだ? どうだ?」
「う、うん。そうだね……」
「冬火ほどぷにぷにじゃないかもしれないが」
「十分触り心地いいよ……もう分かったから手を離してほしい」
「そうか。ちょっと失礼」
「うわっ何!?」
「おお……割れてんな」
ふと気になって春木のパジャマを捲くると、流石スポーツをしてるだけあって腹筋がバキバキとはいかないが普通に割れていた。
「ちょっと!?」
「わー硬いな」
ぺたぺたと腹筋を触ると硬くてゴツゴツしている。摘んでも、余計な肉がついてないのが分かる。男の時でも自分のはこうはならなかったからちょっと憧れるな。
「そろそろやめて……」
「ん、へーい」
「そのですね、兄ちゃんが元男である前に俺はおと……あ」
いつものように俺に説教を垂れようとしたので、何も聞いてないモードに入ろうとしたら春木が突然固まった。心做しか俺の後ろの方を見て固まったような……何かあるのか?
「あっ兄ちゃんそっち振り返ったら――」
「ぷにぷにぷにぷにと人の事散々太ってるみたいに言いやがってー!」
「うおっ」
「これが普通なんだよ! こうなったら身体中触ってやるー!」
「ぎゃぁぁぁ!?」
いつの間にか復活した冬火に取り押さえられ、その後冬火の気が済むまで身体中を弄られた。
……女の恨みは怖い。




