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第69話 買い物は疲れる

「じゃじゃーん! どう? どう?」

「いいんじゃねーの」

「むぅ。夏日ちゃんさっきからそればっかし」

「興味がない」

「せっかくかわいい顔といいスタイルしてるのに……勿体ない」


 ショッピングモールに入ってすぐ連れてこられたのはオシャレな服屋。おっさんがいくつか試着をして見せてくるが、どれも似合っていると思う。一々聞かれる感想も最初はいいものの早々に語彙が無くなり、面倒くさくなって適当に返すようになった。

 なぜかは分からないが女店員さんにちらちらとこっちを見られ居心地が悪い。ささと買って出て行ったほうがいいという事か。


「それで結局何にするか決めたのか?」

「決めたよ! これ!」

「おー俺もそれいいなと思った」

「だよね。一番反応良かったもんこれ着たとき」

「うわ、そんな所見てたのか」

「そんな事言わないでよー! 夏日ちゃんへの愛だよ愛」

「重たすぎるわ」

「えー?」

「ほら、決めたならさっさと買ってこい」

「おっけーい」

「あのー」

「ひっ。はっはい! 何でしょう」

「お客様にお願いがあって……」


 おっさんが服を買いにいったと同時に女店員さんに話しかけられた。ヤバい。うるさかったか。次に何を言われるかビクビクしながら待っていると、


「うちの店の服を着た写真を撮らせてもらってもいいですか!!」

「すみませっ……え?」

「店内に張り出すポスターのモデルさんを探してまして……私含め何人か店の子達も撮ったのですが、数が足りなくて……」

「は、はぁ」

「そこで見つけたのがお客様だったんです。その抜群のプロポーションを貸して頂けないでしょうか……!」

「えぇ……」


 とんでもないお願いをされた。店内に張り出すポスターって……そりゃあ、店の人もあんまりやりたくないだろうし集まらないだろうよ。どうにか上手く断る事が出来そうな言い訳を考えていると、


「やってみたらいいじゃん夏日ちゃん」

「うげっ聞いてたのか」

「こんな体験なかなか出来ないと思うよ!」

「そりゃそうだが……」


 一番聞かれたくないやつに話を聞かれた……いつの間にか買い物を終わらせていたおっさんが後ろから声をかけてきた。希少性はあるだろうが、唯でさえ俺の見た目目立つってのにこれ以上無駄に注目を浴びたくないし……


「もちろんお顔は隠させて貰います。本当は隠したくないですが、一応服の紹介ですので服の印象が負けそうなのはちょっと……」

「は、はぁ……」

「ほら夏日ちゃん! やってみようよ!」

「うーん……」

「あ、もちろんお礼はさせて頂きます!」

「ほら、ここまで言わせてしまったらやるしかないでしょ!」

「……そうだな。分かりましたやります」

「っ! ありがとうございます!」


 正直、おっさんに聞かれた時点で逃げれなさそうなのは感じていた。それでもどうにか断れないかと思っていたが、無理だった。おっさんが言ってたように中々出来ない体験だと思ってやるしかないか。


「おー! 遂にやる気になったね!」

「諦めただけだ。それで、何をすればいいですか?」

「えーとこちらからお客様……あ、お名前を聞いてもいいですか?」

「夏日です」

「じゃあ、私がいくつか夏日様に合う服を選ぶのでそれを着てもらって、バックヤードにつくった簡単な撮影スタジオで写真を撮って貰うという感じになります」

「分かりました」

「ではこちらへ」

「いってらっしゃーい」


 ――――――――――


「可愛かったよ夏日ちゃん!」

「そうか」


 俺が折れてから一時間と少し。想像していたより時間はかからなかった。数着の服に着換え、その都度写真を撮ってお終い。要求されたポーズをとるのが難しく、四苦八苦したがなんとかやり遂げた。流石本職なだけあって、女店員さんが選ぶ服はどれもオシャレだった。

 逐一選んだ理由とか、俺に似合う合わせ方とかを教えてくれたが、知らない言葉ばかりでついていけない。しかし、見ていたおっさんは「なるほどなるほど」と頷いていた。何で理解出来るんだよ……

 着た服は全部お礼として貰った。タンスに入るか……?


「夏日ちゃん本当に服に興味ないんだね」

「まあ、動きやすければいいし」

「説明されても全然分かってなさそうだったしね……店員さんがどう説明すればいいか困ってたよ」

「それは申し訳ない事をしたな」

「ほんとだよー折角何でも似合うんだから少しは勉強しよ?」

「ええ……」

「夏日ちゃんは女の子の常識がなさすぎるからさ、少しずつ覚えていこうよ」

「そのうち……」

「ダーメ」


 確かに女としての常識が無いのは理解してるが……これまで面倒くさいと後回しにしていたツケが回ってきたようだ。どうもおっさんと話していると調子が狂う。


「……分かった」

「よしっ! じゃあ夏日ちゃんでも理解出来るような本買いに行こう!」

「お、おうー取り合えずこれ持ち歩くのも大変だしコインロッカーにでも置いてくるな」

「おっけーい」

「後、昼ご飯食べてからな」

「分かった!」


 ――――――――――


「これは夏日ちゃんには難しいか。ん、これいいかも。うーん、これは……」

「そんなにちゃんと選ばなくても……」

「ダメ。変な知識つけたら困るから」

「は、はい」


 そこら辺のをパパッと選ぶのじゃだめなのか……おっさんの目がマジで怖い。


 昼食後、怖いほどやる気を漲らすおっさんとショッピングモール内の本屋にやってきた。ファッション関連コーナーで棚から一つ一つ本を手に取り、パラパラと捲りながら吟味するおっさんの横で判決を待つ罪人のように静かに待っていると


「よし、これぐらいかな」

「重っ。こ、こんなに……? 一冊でいいんだが」

「どの本にも良いところと悪いところがあるから、一冊は無理」


 おっさんからドスッと渡されたのは数冊の本や雑誌。かなり重たい。

 どれもこれも背表紙に『基本編!』や『初心者入門!』などと書かれている。


「せめて二、三冊ぐらいに出来ない……?」

「うーん。分かった。減らしてみる」


 暫く悩みに悩んだ末、俺の希望通り三冊まで減らしてくれた。


「ちゃんと読むんだよ」

「ここまでお膳立てされたら流石に読むわ」

「そう? それならいいんだけど」


 口では納得してる風に言っているが、半信半疑といった表情をしている。

 む、信頼されてないなこれ。俺を何だと思ってんだ。


「ごめんごめん、そんなに怒らないで。でも怒ってる顔も可愛いよ」

「はぁ……」

「は、なふひひゃん?」


 手を出しそうになったが、女子相手にそれはダメだとどうにか我慢して代わりにムニーっとおっさんの頬を引っ張る。凄く滑稽な顔になっている。


「ちょっ、いひゃいいひゃい」

「そうか」

「なふひひゃん、おこってふ?」

「ああ」

「……ごめんなふぁい」

「よろしい」


 最初は戸惑っていたが、段々と指の力を強くしていくと自分のするべき事を理解したのか大人しく謝った。


「いたた……夏日ちゃんに傷モノにされた……」


 さっき懲りたはずなのに、更に罪を重ねるこいつは一度本気で痛い目を見ないとだめなのかも知れない。


――――――――――


「今日は楽しかった! ありがとう夏日ちゃん」

「俺は疲れた」

「アハハ。体力無いなぁ」


 時刻は午後六時。大型ショッピングモールを出て、帰りの電車を駅のホームで待っていると唐突におっさんが言った。

 本屋を出た後、アクセサリーショップやぬいぐるみを沢山置いてある店など普段俺が入らない店ばかり連れて行かれ、落ち着かなくて心労が半端じゃ無かった。


「慣れない所に沢山連れて行かれたらこうなる」

「女の子ならよく行くお店を慣れない所なんて言うのは夏日ちゃんぐらいだよ」

「だって興味ないし」

「慣れるように興味が出るように私が沢山連れて行ってあげようか?」

「遠慮しておく」

「えー勿体ない」


 これ以上疲れるのは御免だ。


「……そういえば、朝同じ電車にいなかったな」

「え? あー、楽しみすぎて私が早く来ちゃったからね」


 おっさんとは電車に乗る駅が違うため電車の中で会うかと思っていたのだが、会わなかったのはそんな理由だったのか。


「そんなにか」

「うん。楽しみで昨日寝れなくてちょっと今眠たい」


 気の抜けた声で欠伸をしながらおっさんが言った。


「まだ電車来るまで時間あるし眠いなら俺の膝で寝るか?」

「いいの!?」

「え」


 冗談のつもりで言ったのだが、本気にしてしまったらしい。まあ、疲れたとは言え今日一日楽しかったし、膝枕ぐらいはしてやるか。

 膝の上に載せていた荷物を隣に置き、ペチペチと太ももを叩いきながら言った。


「ほら。どーぞ」

「やった!」

「本当に寝るなよ」

「分かってるってー」


 本当に分かっているんだろうか。膝に頭を乗せた途端、瞼を閉じた人が言っても信用出来ない。


「寝るなよ」

「うぅーん……分かってる……」

「分かってない」

「ん……今日は本当に、ありがとう……」


 俺への感謝の言葉を残し、膝の上で規則正しい寝息をたて始めるおっさん。

 人に体力無いとか言いながら、自分の方が疲れてるじゃねぇか。


「はぁ……電車が来たら起こすからな」



 結局、電車が来るギリギリまで起きようとしなかったおっさんのせいで、危うく乗り遅れる所だったのでおっさんには今後膝枕を絶対させないと決めた俺だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] お久しぶりです。待ってました。TS好きなのでゆっくり待ってます。
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