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― ゲームスタート ―

 今朝、ここが乙女ゲームの世界であることを思い出した私はマンガ、ゲーム、小説などの今ある知識をフルに使って、今後の対策を練ろうとしていた。


 しかし、学園につく前に一つの大きな壁が立ちはだかった。


「う、うえぇ……」

「お、お嬢様大丈夫ですか?」


 そう車酔いならぬ、馬車酔いだ。


 せっかく、人が馬車のなかでいろいろ対策を練ろうとしているときに……なんなの、この揺れは!


「う、うえぇ……」

「ああ、お嬢様……お気をたしかに」


 学園に着くまでにせめて一つくらいは考えておかないと!

 私の未来のためにもこんな乗り物酔いなんかに負けるわけにはいかない!

 えーっと……とりあえず学園についたら……

 うぅ、やっぱり無理だ……気持ち悪すぎて頭が回らない。


 私はそのまま、思考を放棄するとイスの上で横になり、眠りについた。




 私が目を覚ますとリリアが上から覗きこんでいた。どうやら、いつの間にかリリアの膝の上で寝ていたようだ。

 体を起こしてから、馬車の外を見るともうすっかり日も傾き、周りは夕焼け色に染まっていた。

 そして、目の前には特徴的な白く大きな校門と美術館のようにきれいな様相を呈したセイントフローリア学園が見えていた。


 ここからついに、ゲームが始まるのか……


 私は顔を叩き、気合いを入れる。

 それを見たリリアも最初は驚いた様子だったが「私も気合いを入れます」と自分の顔を叩いた。


 校門の前に止まると私は荷物を持ち、ゆっくりと馬車から降りた。

 その後に続いて、リリアも降りようとするが、長めのスカートが足に引っ掛かり、馬車から落ちそうになってしまう。

 

 だが、私は当然、こうなることを予想していた。

 そして、馬車から落ちるリリアを万全の体勢で受け止めた。


「大丈夫、リリア?」

「も、申し訳ございません!」


 リリアは顔を赤らめ、慌てて私から離れた。そんなリリアを見ると微笑ましく、自然と笑みがこぼれた。

 それを見たリリアはなおさら顔を赤くし一人はや歩きをして、先を急いだ。

 そんな、愛らしさに見とれながら私もリリアと一緒に学園の寮に向かった。


 生徒とメイドは寮が別になるため、途中リリアと別れた私は一人で自分の寮に向かっていた。


 すると、前の方に道のど真ん中で右に、左にと視線をキョロキョロとさせている女の子がいた。


 もしかして、道に迷ってるのかな?


 そんなちょっとした親切心だった。

 私はそれをすぐに後悔することになる。

 少し、近づいたところで彼女が誰であるかということに気づいてしまった。

 私の頭の中の説明書、その最初の1ページ目に彼女の顔は載っていた。


 ニーナ・フェルト。そう、この『エンジェルハート』の主人公。そして、私にとっての破滅フラグ。


 出来ればまだ、会いたくなかった……


 ニーナの視線がこちらを向いている。

 どうやら、私に気づいたようだ。

 パタパタとニーナはこちらに向かって走ってくる。


「あの、もしかして今から学園寮に向かわれますか?」

「え、えぇ……」

「もし、よろしければついていってもよろしいですか?」

「え、えぇ……」

「ありがとうございます!」


 そう言って深々とお辞儀するとニーナはまるで親鳥についてくる小鳥のように私の後ろをついてくる。


 こう見ると、やっぱりかわいいなぁ……


 そうしみじみ思いながら私はとりあえずニーナと共に寮へと向かう。その道中、自己紹介なんかを交えながら話していると平民であるニーナがなぜこの学校に来たのかということを話してくれた。


 ニーナの家は牧場を営んではいるが、そこまで裕福な家庭ではなかった。しかし、そんなこと気にもならないほど幸せな毎日を送っていたニーナは、自分はそのまま家業を継ぎ、どこにでもあるような普通の生活をするのだと思っていたと言う。

 そんなニーナを見ていた両親は「あなたには広い世界を見てほしい」とこの学園の受験を薦めた。元々勉強は好きでやっていたニーナは自分の今の実力を確認しようと軽い気持ちで受けてみたら受かってしまったらしい。


 この話を他の受験生が聞いたら、卒倒しそうだわ……


 この学園は俗に言うお嬢様学校で名のある家々の子供たちをスカウトし入学させたりしているが、それだけではなく『どんな小さな原石も見逃さない』その理念のもとに一般入試も実施しており、ニーナのような平民でも入学することができる。ちなみに前例はない。


 そんなこんなしていると、やっと目的の学園寮にたどり着いた。

 とりあえず靴を履き替え、ニーナと別れると学園の事務員の人から渡された部屋番号を頼りに自分の部屋を探す。


 階段を二回上ってから、ちょっと歩いたところに『305号』と扉に書かれた部屋があった。


「あった、私の部屋……」


 私はその部屋に入るためにドアノブに手をかけると横から「あっ!」という声が聞こえた。

 横目で声のした方を確認すると先ほど別れたはずのニーナ・フェルトがそこに立っていた。


「もしかして、あなたの部屋、隣……?」

「はいっ!」


 目を爛々と輝かせ、ニーナは晴れやかな笑顔をこちらに向けている。

 それとは対称的に私の顔はどんよりと曇っているのが自分でもわかった。


 私はニーナに別れを告げ、部屋に入ると用意されていたベッドに顔から倒れ込んだ。


 今日は本当に厄日だ。朝はメイドの命を懸けた心理戦、昼は乗り物酔いと格闘、夕方は破滅フラグとにらめっこ。せめて夜くらいは平和に過ごしたい……


 トントンッ!


 部屋の扉を誰かが叩く音が聞こえた。

 私はベッドの吸引力を振り払い、扉に向かった。

 そして、扉を開けるとそこにはまたやつがいた。


「ニーナさん、なにかご用かしら?」


 私は無理やり笑顔を作り、ニーナを出迎えた。

 話を聞くと、どうやら今から夜の食事にいくから一緒にどうかという誘いの話だった。

 最初は断ろうと思った私だったが、私のことを迎えに来たであろうリリアが遠くの方から口パクで「友達を作るチャンスです」と手でガッツポーズを作りながら言っているのを見て断れなくなった。


 そして、食堂に向かった私は驚いた。

 当たり前だが、私の前世は庶民だ。そんな私が想像する食堂はどちらかといえば、定食屋のような雰囲気で、ふくよかなおばちゃんたちがごはんをよそってくれる、そんなイメージだった。

 しかし、ここの食堂は違った。

 さながら、高級ホテルに付属する高級レストラン。厨房ではフライパンに火を上げながらイケメンのコックが調理していた。


 私は思わず、自分がセレスティア・フローレンスであるという事実を忘れ、胸を踊らせる。

 そして、そのままニーナの手を引き、配膳を待つお嬢様方がいる列に並ぶ。


 机に置かれたメニュー表には、もちろんうどんやカレーといった定番の食堂メニューではなく、フォアグラや焼き蟹とお嬢様メニューが並んでいた。


「どれにする、ニーナ」


 ニーナの袖を引きながら、そう聞くと私を見るニーナはなにやら困惑しているようだった。


 そりゃ、そうか。ニーナは平民でこんな高級料理食べたことがないだろう。

 私も食べるのは初めてだけど、ここはお嬢様として、威厳を見せなければ!


「ニーナ、もし料理を選ぶのが無理そうだったら私と同じものにしますか?」


 それを聞いたニーナは笑顔で「はい」と答えた。

 そして、私は受付の人に『牛フィレ肉とフォアグラのロースト ランド風ポテトと野生茸のフリカッセ 旬の彩り野菜 モリーユ茸とヴィンテージポルト酒のソースを2つ』と華麗に頼む予定だった。


 しかし、何度も言うが私の前世は庶民だ。

 そんな長ったらしい料理名を口にしたことがあるはずもなく、「牛フィレ肉とフォアグラのロースト ランド風ポテトと野生茸のフりゅっかっちぇ……」と盛大に噛んでしまった。

 周りのお嬢様方、あげくには受付の人までクスクスと笑っている。

 あまりの恥ずかしさに帰ろうとするとニーナに腕を捕まれた。

 そして、ニーナは鋭くも冷ややかな視線を受付の人に見せると、机の上にあったメニューを指差し「これを二つ」とものすごく低い声で言った。

 受付の人は一瞬体を凍らせると、慌てて「かしこまりました!」と注文を厨房に届けた。

 それを見たニーナはさっきまでとはうって代わり、晴れやかな笑顔をこちらに向けると「行きましょう」と私の腕を引いた。


 主人公、こえぇぇ……


 心の中でそんなことを思いながら私はニーナと共に食事の席についた。


 食事を終えた私はニーナと別れ、部屋に戻るとベッドに倒れ込み、大きなため息をひとつ吐く。


 もう疲れたぁ。明日からずっとこんなことが続くのか……

 それにしても、ニーナはいい娘だったなぁ。

 破滅フラグだと思って警戒していたけどそんなに気にする必要はないのかもしれない……


 そんなことを考えていると私は相当疲れていたのかいつの間にか眠りについていた。

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