ヒール
何が起きたのか、理解できなかった。
やってきたのは、首を強く締められる苦痛。
目が血走り、人相の酷く崩れた目の前のズローだった者は、私のことを持ち上げ、壁へと押し付ける。
一体どこからそんな力が出ているのか、うまく身体が動かせない私は必死に抵抗をしようとするが、まるで意味を為さない。
「っ……!! ズロー、男爵……!? なっ、にを……」
喉を押しつぶされながらも掠れた声を捻りだす。
しっかりと耳に届いているはずのその声さえ、彼の頭には聞こえていないようだった。
彼はただ、雄叫びと言っても差し支えないような、言葉にならない言葉を並べ連ねる。
頭がぼーっとしてくる。
痛い、辛い。
声さえ出せず、魔法を撃つことも叶わない。
魔法を使えず、身体は何とか動かせる程度の私を殺すことなんて、なんてことはないのだろう。単なる子供と変わりないのだから。
手から力が抜けた。やっとのことで手を掴んで抵抗していたはずなのに、握っていられなくなった。
意識が遠くなる。首にかかる圧力は強くなるばかり。
ふと、手に何かが当たった。
金属製の物が揺れる音がした。
自然と私の身体は動いていた。
一切の躊躇もなく、身体に沁みついたその動きは、目の前の者の動きを止めることなんて容易かった。
「――――はぁっ…………はぁっ……ごほっ……!!」
首を抑え、地面に倒れこんだ私は過呼吸をしながら、その手に握られたものを見る。
私の手の中には、赤く、紅く、朱く、輝く液体を纏った一本のナイフだった。
何が起きたかは理解していた。何をしでかしたかも、考えなくても、どれだけ否定をしても、身体が無慈悲に、残酷に、残虐に、私にそれが真実だと告げた。
顔を上げることができなかった。
ただ、横にいるその人を見ることが怖くて。
ただ、その事実をそれでも認めたくなくて。
全て夢だと、そう逃げる自分の考えに肯定をしたくて。
「姫様……そこに、いらっしゃいますでしょうか……」
私の考えを否定したのは、奇しくも私が目を逸らしたそれだった。
声を聴き、顔を上げ、彼の方を見つめると、そこには、首から多量の血を噴きだし、口からも血を溢しているズローの姿があった。
「ズロー……男爵……私、なんてことを……」
彼の目は変わらず濁っている。黒く、暗く淀んでいる。
だけど、一筋の光がそこには見えたような気がした。
「すみません。また、私は何か間違えてしまったのでしょう……止めて下さってありがとうございます」
咳き込むと同時、口からは鮮血が噴き出る。
どう考えても、助かるとは思えない。
「まだです、諦めてなどやるものですか。私が、今私はここにいるのですから」
ここはどこだ? 魔法のある世界だ。
私は誰だ? 聖女であり、この国の姫だ。
魔力がない? 知ったことか、私の全てを魔力に注ぎ込もう。
それでなんとかなるか? するんだ!!
「ですから、ズロー男爵……今はゆっくりお休みください……」
その言葉を聞いた彼の目が閉じていく。
全身全霊。全てを注ぎ込んで、私は魔法を唱える。
「治癒!!!!!!!!!!!!」




