狂気の人間
暗い道の中をゆっくりと、無理のないように歩いていく。
行きは急いでいたこともあってこんなに長いとは思わなかったけど、こうして歩いているととても長く感じる。
元から、やせ細り、まともに食事もとれていなさそうなパーシは私とは違う意味で既に疲れ、息を切らしてしまっている。
そんな彼女に頼るしかない今の現状に申し訳なさを覚えるけど、だからこそ早くいかなくちゃ。
ちょうど上へと上がる階段らしきものが見えてきて、ようやく出られるかと思ったところだった。
そこに見えたのは、一つの人影。
私達より遥かに大きく、その存在を主張するかのように、目の前の”それ”は高笑いを始めた。
「は、ははっ、はははははははははははっっ!! あははははははははは!!!!」
暗闇の中、口元が笑っているのは確かに見える。
ああ、確認しなくてもわかる。この男は――ズロー。
眠っていないのか目を赤く充血させ、やせ細り、とても正気とは思えない。
私が知っているその男とは到底似ても似つかない。しかし見間違えるはずがなかった。
「まさかこんなところまで入る輩がいるとは思いもしなかった!! しかも、見たことのない魔法まで使うようだ。一体どうやって入り込んだ?」
顔を上に傾け、両手を広げ、あくまで私たちを見下ろすようにして問う。
しかし、その状態でも隙を見せてくれるつもりはないようで、右手に構えているその長剣は依然、私を捉えている。
「普通に窓から。部下からの報告で飛んできたのでしょう? 窓が割れたけど、侵入者らしきものの姿は見えないって」
「ああ、耳を疑ったよ。家の中にいるのに見つからないなんて、そんなの普通はあり得ないからなぁ!!」
そう、普通は、恐らくこの男だけが知っているこの場所を除けば、の話だ。
だから、わざわざ家に居なかったのにここまでやってきたのだろう。
それなら、音立てない方がよかったかな……。
「それで? あなたはここを通してくれたりするわけじゃないんでしょう?」
「通してなど堪るものか、そこの小娘を外になんて出してみろ。私の全てが、今までの苦労が、全て!! 泡となって消えてしまう!! そんなことが……許されるはずがないだろう……?」
――――だよねぇ、知ってたよ。うん。
「貴様は盗人として連行してやりたいところだが、このことを知られてはそれも叶わない。見たところ、姿を隠しているが、貴様女だな? それならばちょうどいい。そこの小娘と一緒に永遠に可愛がってやる」
瞬間、私のことを見る目が変わる。
身の毛がよだち、悪寒がして、私は数歩後ろへと下がる。
本当にこんな人ではなかったはずなのに、一体なにがあったというのか。
どちらにしろ、今のこの男に対しては何も擁護するべきところがないというのはわかった。
「そんな貧相な身体で何ができるの? あなたの悪事なんてすぐにばれる。もう諦めたらどう?」
強がりもいいとこではあった。
どれだけ貧相だろうが、今の私たちを捕らえることなんて誰でもできるだろう。
でも、それで逆上するようなら、まだ勝機が生まれる。そう確信していた。
「言わせておけば、盗人ごときが!! 何があったかは知らないが、立つことさえやっとなようにしか見えんな。そんな状態で大口を叩けるとは、余程の阿呆なようだ。いいだろう、貴様のその安い挑発に乗ってやる」
剣を両手で前に突き出し、そのまま構える。
その目は、酷く疲れ切って悲しげだった。




