夕焼け色
「……綺麗」
その光景を目にして、私はそれ以上の言葉が出てくることはなかった。
いつも見ていた景色との差なんて大してないはずのその世界は、されども、私の心を打ちぬくことなんて容易に足りていた。
私の目に映し出されるその世界を、一体どれほど見ていたのだろう。
時間を忘れて、のめりこんでしまっていた私に、横にいたアーリャから声がかかる。
「どうです? 俺も最初にここに来た時は言葉をなくしたものです。お気に召しましたか?」
その言葉でようやく、はっと意識を戻すと、声のかかった方へと振り返る。
すると、目の前にアーリャの顔があって、またすぐに顔を背けてしまった。
「……っ!? ……ええ、すごく気に入った。こんな素敵な場所に連れてきてくれてありがとうねアーリャ」
「それはよかったです。もう少し、ここでゆったりしていきましょうか」
アーリャはそのまま腰を下ろして、屋根の上へとしゃがみこんで、夕焼けを眺めるのみ。
それを見た私も、同じようにしてその隣へと座る。
「こんな素敵な景色を姫様と共有出来るなんて、俺は幸せ者です」
「随分とロマンチックなことを言うのね、あなたらしくもない……。でも本当に、あなたおかげでこんな素敵な景色を見ることができたんだから、感謝しなくちゃ……」
「あはは、この雰囲気に中てられてしまったのかもしれません」
アーリャはそれだけ紡ぐと、口を閉じてしまう。
私の方も、特に何か言うこともなく、落ちていく夕日をただ眺めていた。
二人だけしか存在しない、そう思わせるような、その空間にはただ、静寂だけが流れていく。
やがて、夕日が完全に落ち欠け、辺りを暗闇が包みこんでしまった時、アーリャの手によって、静寂は破られる。
「姫様……」
「……なに、アーリャ?」
こちらのことは向かず、落ちていった陽の方向を向きながら、私の名前を呼ぶ。
私はそんなアーリャの方を向くと、アーリャは見たこともないくらいに緊張しているのか、顔を真っ赤にさせていた。
流れていた空気のせいだろうか、私はそのことに言及することも、そのまま眺めていることもできずに、すぐさま、顔を背けてしまう。
私には、そのあと彼が何を言うのか、何故かわかってしまって……。
「俺は、姫様のことが好きです」
「……ええ、知ってる」
だからこそ、私は、彼に対して、目を合わせることなんてできなかったのだろう。
「最初にそう思ったのはいつだったか、もう覚えてはいないです。最初は何でもできる才能の塊っていうことで嫉妬していたんですけどね……」
「そう……」
「こうして、姫様の護衛をやらせてもらっているうちに気づいたら、姫様を目で追っていました」
「私も、偶にアーリャに会えない日でも、あなたを呼んでしまうことがあったりしたよ」
「だから……!!!」
アーリャはこちらへと振り直ると、その口を動かし始める。
そう、だからこそ。
「………………姫様っ」
「それ以上いけないよ、アーリャ」
彼と見つめあうようにその視線を向けると、私は、彼の口に指を当てる。
「それ以上言ったら、私たちはこの関係でいられなくなる。だから、ね」
私は、彼に対して、それ以上告げることができなかった。
いや、これを告げることすら烏滸がましい。
それだけ聞いたアーリャは、唇を強く噛み、思いっきり拳を握ると、自身の顔に一発、止める間もないほど早く、重い一撃を放つ。
「ア、アーリャ……!?」
「すみません、姫様。少し、ここの雰囲気に中てられすぎたようです。陽も沈んでしまいましたし、戻りましょう」
「ええ、そうね……戻りましょうか」
そういって。魔法で作られた道をアーリャは静かに歩いていく。
私は彼の顔を見ることがないまま、その後ろについていくことしかできなかった。




