302号室の戦い
作戦の坊ちゃん文学賞の短編賞に投稿した作品です。
おバカな少年達の熱き戦いの夜。
どうぞ笑ってやって下さい。
ふいに目が覚めた。
次の瞬間、地鳴りが響いた。
「うおっ!!」
思わず飛び起きたが、辺りを見回しても物が倒れている様子もない。
「え?」
困惑しているうちに、再び地鳴りがした。
それでもやはり周りに変化はない。
一体、何なんだ?
隣のベッドに目をやると同時に、三度目の地鳴りが響く。
そこに、答えがあった。
「……マジかよ」
「ああ、マジだ」
逆側のベッドから声がした。
驚いて振り向くと、そこで寝ていたはずの田中が壁に背を預けて座っていた。
「ほんっとすげえよな。それ」
田中は地響きの元凶である爆睡中の中村を指差す。
「ああ、確かに」
さすがにここまで来ると、一種の公害だろう。
このイビキは。
俺たちは沖縄に来ていた。
人生初の飛行機、見知らぬ景色、いつもと違って見える女子。
その全てに感動し、明日への更なる期待を持って終わった修学旅行一日目だったが、最後の最後に思わぬ伏兵がいたものだ。
充電中のスマホで確認すると、時間は夜中の三時過ぎ。
就寝時間が夜の十時半。
その後もこっそりバカ話を続けて、最後にスマホを見たのは確か夜中の一時を回ったころだったはず。
つまり、まだ二時間くらいしか眠れていない計算になる。
しかし、明日の起床時間は六時半。
明日を満喫するためにも、俺たちは早急に眠りに就かなくてはいけないのだが……。
「だてに小学生の頃からイビキの魔王と呼ばれていたわけじゃないな」
「ちょっとカッコいいじゃねえか」
いつもちょっと抜けている中村が、まさか魔王だったとは。
「お前も、この音で眠れなかったのか?」
「ああ、俺はお前より三十分ほど早く目が覚めたけどな」
その件については同情を禁じえないよ……。
「とにかくだ。明日つーかもう今日だが、二日目のプログラムを満喫するためにも、俺たちは早く眠らなくちゃならん!」
「その通りだ。なんたって今日は班行動の時間がある!」
「しかも! その班には憧れの立花さんがいる!」
「さらに!! 海水浴の時間がある!」
「そうだ!!! 輝く栄光を手にするために!」
「いざ、戦いの時だ!!」
「おうっ!」
そして、俺たちの熱き挑戦が始まった――。
「ということで、これ貸してやるよ」
「ん? 何だ、これ?」
「耳栓」
「あ、ありがとう」
あれ? 俺たちの熱き挑戦は……。
「この時のために用意しといたんだよ。あいつのイビキにはガキの頃、十分懲りてるし」
「あ、そうなんだ」
なんだよ。あんなにテンション上げてくるから、もっと派手な作戦なのかと思ったのに。
「さ、これ着けて、羊数えて寝るとしようぜ。明日は早いしな!」
「そうだな」
耳栓を装着した俺たちはそれぞれの布団に潜りこみ、早速羊を数えだした。
羊が一匹、羊が二匹、羊が三ガガガガ――。
羊が四匹、羊が五匹、羊がズズズッズズ――。
羊が七匹、羊が八匹、ひつグググググググ――。
羊が十「って眠れるかぁああああああああああああああっ!!」
「うお!」
十匹数え終わる前に田中が叫び、俺は飛び起きた。
「叫ぶなよ! 先生来ちまうだろ!」
「お前も十分声でかいよ。つか、この耳栓、全然使えねえな」
「それは確かに」
まだ耳に着けたままなのに会話が成立しちゃってるし。
「五千円もしたのに……」
田中は右腕で顔を隠し、泣き真似……いや、本気で泣いてるよ。この人。
そりゃあそうか。五千円を溝に捨てたようなもんだしな。
「そうだよな。五千円はでかいよな」
「……一組五千円」
どう考えてもぼったくりだろ、それ。
「よし! 気持ちを切り替えて、次の作戦を考えようぜ!」
俺はその件についてこれ以上触れないことにした。
今はそんなことよりも、いかに早く眠りにつくかが重要である。
「さ、羊を数えても眠れなかったし、次はどうしようか?」
「……うう」
田中はまだ泣いていた。
おいおい……。
俺が田中を慰める言葉を考えていたその時、
「た~ちばなさ~んんん」
中村が喋った!
「ぬおっ!」
その声に思わず飛びのきそうになる俺。
中村を見ると、にやついたまま眠っている。
「……寝言か?」
「ああ、寝言だな」
振り返ると田中は既に泣き止んでいた。
目は真っ赤だが、その表情は冷静さを取り戻している。
「さすがは寝言の魔術師。小学校の臨海学校で、隣で寝ていた奴と寝言で会話しただけのことはある」
おいおい、二つもカッコいいあだ名あっちゃったよ。俺のクラスメート。
「しかし、何より許せんのは俺たちが必死で戦っているのに、この野郎はあろうことか立花さんの夢を見てやがるとは……」
いや、夢と寝言ってあんま関係ないらしいけど……。
それに俺ら必死っていうほど戦ってないし。
だが、立花さんの名前が出たのは確かにむかつく。いい気なもんだよな。まったく。
「よし! 安眠作戦第二弾だ。いっそこいつの口を塞いじまおう」
「いや、まずくないか。それ」
呼吸とか色々。
「鼻さえ開いてりゃ、何とかなんだろ」
「まあ……そうかもしんないけど」
その作戦には少しためらいがあったが、背に腹は代えられない。
俺たちの安眠のために、中村には泣いてもらおう。
早速、俺たちは備え付けのタオルで中村の口を塞ぐことにした。
「お前は腕を押さえていてくれ。オレがその隙に奴を……とる!」
ノリノリの田中の指示通り、俺は中村の腕を押さえ――バキッ。
俺の腕が触れた瞬間、中村の腕が上がり、俺の顎にクリーンヒットした。
――いてえ。
「何やってんだ! ちゃんと押さえろよ」
「……ああ、すまん」
俺は少し顎をさすってからもう一度――。
バギッ!
再び、中村の腕が俺の顎を襲う。
「グハッ!」
今度はさらに深く入った。痛すぎる!
「おいおい! もっと頑張れよ!」
「いや、じゃあお前やれよ! 結構痛いんだぞ、これ」
「何軟弱なこと言ってんだよ! まあ分かった。俺がやろう」
田中は俺にタオルを渡すと、中村の腕を捕まえにかかるが――。
ドゴッ!
「ガハァッ!」
今度は裏拳が来た。しかも、田中の鳩尾にクリティカルヒット!
さすがの田中もその場にうずくまり、動かなくなった。
「……おい、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないやい」
顔を上げた田中は、再び泣き顔になっていた。
「……くそ。さすがは小学校の修学旅行で、寝相の世界チャンピオンと言われた男だぜ!」
うわーい。三つ目きましたー。
その後も二人で何度か挑戦したが、押さえようとする度に鋭い寝相のカウンターにあい、結局口を塞ぐことは出来なかった。
「おい、どうするよ」
俺は体中の痛みを我慢しながら、横で顎をさすっている田中に聞いた。
「どうするってもなぁ。さすがにこれ以上攻撃を食らったら、明日満足に泳げねぇよ」
既に全身アザだらけだと思うけど。
「……どうすっかなー」
途方にくれる俺たちの横で、今度はギリギリと金属を削るような音が響きだしていた。
中村の歯軋りである。
「くっ。さすがは中学のスキー合宿で歯軋りのマエストロと呼ばれただけはあるな」
……うん。もういいよ、それ。
「それじゃ……っ!」
田中が何かを言いかけたその時。
歯ぎしりのソロ演奏の中に、ガチャリという不協和音。
考えるよりも先に体は動いていた。
即座に自身のベッドへと動く俺と田中。
その速度たるやおよそ零.五秒!(たぶんね)
ドアが開き、音の正体を頭で理解した頃には、俺たちの体は完全に布団の中へと潜り込んでいた。
ドアを開けた人物は、部屋の中を見回し、
「……工事現場か? ここは」
ポツリと漏らして、ドアを閉めた。
俺はドアが施錠され、気配が遠のいていくのを十分に待ってから一言返した。
「ホンットそれな!!」
「しっかし、こんな時間に回ってくるとはなぁ」
一難去った俺たちは、目の前に転がる多難の塊に対処すべく、再び協議を始めた。
「ああ、さすがにビビったぜ。こりゃあ、あんましデカイ音は出せないな」
「そうだな」
まぁ、諸悪の根源の方がよっぽどデカイ音を出してるがな。
「んで、どうするよ?」
「本当はアラームかなんかで、起こしちまおうかと思ってたんだけど……」
「あの様子じゃあ、確実にまた見回りが来て怒られるのがオチだわな」
「んん~こうなりゃな、最後の手段しかないな……」
「最後の、手段……?」
「そうだ、本当は使いたくはなかったが、致し方あるまい」
「だ、大丈夫なんだよな? その最後の手段ってのは」
「ああ、俺に任せろ!」
その自信満々なガッツポーズに信頼性は全くなかった。
……ハァハァ……ハァハァ。
あれからどれくらい経っただろうか。
俺たちはただ黙々と腕立て伏せをしていた。
これこそが田中の言った最後の手段。
わざと疲れて深く眠ってしまおう作戦である。
延々と腕立て伏せを続けたおかげで、時間の感覚はすでに無い。
そして、ひたすらに腕を動かし続けた俺の体は限界を迎えようとしていた。
「もう……無理……」
俺はついに力尽き、床に伏せる。
火照った体に、床の冷たさが心地いい……。
「バッカヤロウッ!! 腕を休めるな!」
叫ぶ田中の声にも覇気が無い。奴もまた限界なのだ。
もういいだろう、俺たちよく頑張ったよ……。
「水着姿の立花さんとの夢のひとときを諦めるのか!?」
田中の叫びが俺の中にある何かを押した……。
……なんだ? この体の底から湧き上がる熱い想いは……!
そうだ! まだやれる! ……やってやりゃあっっ!!!
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
俺は全身の力を振り絞り、再び腕立て伏せの姿勢をーーガチャリ。
「おい、お前ら! とっくに集合時間過ぎてるぞ!」
俺は今度こそ完全に力尽き、その場に倒れ込んだ。
こうして、俺達の暑苦しい戦いの夜は完全敗北という形で終わりを告げた。
その後の顛末はどうなったのかは…………、どうかお察し願いたい。
いかがだったでしょうか?
もしお楽しみ頂けたなら、幸い至極でございます。
ご意見、ご感想ありましたら、ぜひお願いいたします。




