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邪神さま、出奔をくわだてる。

 咲は、以前菜美にもらった服を取り出した。

 寝間着をするりと脱ぐと、下は一糸まとわぬ姿。ソウタは慌てて目をそらした。


「すまぬが、ソウタ」


 咲が声をかける。


わらわはこの、洋服、というものに慣れておらぬ。手を貸してたもれ」

「ええ!?」


 ソウタはとても困った。どうしよう? でも迷っている暇はない。


 なるべく咲の方を見ないようにして、動きやすそうな服を拾い上げた。咲には悪いが、下着はパスさせてもらう。本当にわからないし、恥ずかしすぎて手に取るのは無理だった。


 それでもやっとのことでパンツだけはかせて、ジーンズに足を通した。身体を支えるためにソウタの肩についた咲の細い腕が、ひんやりとソウタの頬に触れる。むき出しの腕は細いのに、とてもやわらかい。


「召し替えはいつも人まかせであったからなあ。少しは自分で覚えるとしよう」


 咲の慨嘆に、ソウタはおかしくなって、思わずくすりと笑った。


「……ソウタ、今、妾のことを、わらべのようだと思うたであろう?」


 咲はTシャツをぎゅっと胸に抱えたままソウタを睨みつけた。


「思ってません。思ってませんてば」


 そう言ったものの、ますます可笑しくなってしまう。笑いをかみ殺すソウタに、咲は頬をふくらませてソウタの腕を平手ではたいた。


 ちょっと和んだものの、火急の時であることは変わりない。ソウタは咲にTシャツを着せ、その上にボタンダウンを羽織らせた。ジーンズの裾を動きやすくまくりあげる。最後にソウタは帽子をかぶらせた。


 咲の長い黒髪は美しいがとても目立つ。小さな帽子では隠し切れなかった。


(仕方がない)


 それでも少しは変装になるか。


「咲さま。行きましょう」

「あ、待って」


 咲は、つと奥に立つ。その間ソウタは残った衣類を丸めて布団の中に入れ、咲が寝ているように偽装した。子供だましだが、少しでも時間を稼ぎたかった。


「大丈夫ですか、咲さま?」

「うん」


 咲が大事そうに持ってきたのは、数枚の写真だった。


 ソウタは部屋の灯りを消し、羽目板の奥へ飛び込んだ。中から咲に手を差しのべる。


「さあ、咲さま」


 咲は一瞬、動きを止めた。


 部屋は暗闇。行き先も暗闇。

 今までもそうだった。千年の間、暗闇の中にいた。

 だけど今、不安はなかった。ソウタが導いてくれるから。


 咲はそっと、暗闇から伸びるソウタの手をとった。

 ふたりは闇の中へ滑り込んだ。



 ◇



「ごめんね。咲ちゃん、本当にごめんね。なんの力にもなれなくて」


 菜美は半泣きだった。


「泣かないで、姉さま。お世話になりました」


 咲は笑って頭を下げた。その咲を菜美は力いっぱい、抱きしめた。


「気をつけてね、咲ちゃん。元気で」

「ありがとう。姉さまも」


 それから菜美はソウタに向き直り、


「ソウタくん。咲ちゃんをお願い。気を付けてね」


 ソウタの手をぎゅっと握って、その手に自分のキャッシュカードを握らせた。


「はい。ありがとうございます」


 ソウタは力強くうなずいた。

 そして踵を返すと、咲に手を差し出す。咲はソウタにつき従うように、ごく自然にソウタの手を取り、寄り添った。


(ああ、そうか)


 菜美は眩しそうにソウタを見た。そして咲に向けて、心の中でつぶやいた。


(咲ちゃん、よかったね。いっぱい守ってもらいなよ)



 ◇



 まだ夜半。街は真っ暗だ。電車も動いていない。

 ソウタは走り出したい衝動を抑えていた。まだまだ先は長い。体力は温存しておかなければならない。


 だが三十分も歩かないうちに、咲の体力が尽きてしまった。

 外に出たことなどまったくない咲である。慣れない靴で歩くだけでも一苦労だった。口には出さないが、つないだ手から咲の疲労が伝わってくる。呼吸も荒い。


「咲さま。少し休みましょう」


 迷った末、ソウタは休憩することにした。

 自販機の脇に座り込んだ。咲はふうっと大きく息をつく。

 ソウタはジュースを買って咲に渡し、自分も隣に座った。


「咲さま。ごめんなさい。咲さまみたいな身分の高い人を歩かせるなんて」


 ソウタは焦っていた自分を悔いた。


「ソウタと一緒だから、楽しいよ。ふふ、これが夜歩きというものかな?」


 咲は笑って、ジュースをこくりと飲んだ。


「初めて口にする味じゃ。甘くて、おいしいな。もっと早くに飲んでみればよかった」


 咲がつとめて明るく振る舞おうとしているのが感じられた。

 気を遣わせてしまって、ソウタは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 ソウタは頭を振って、焦りと後悔を手放した。目の前の問題に意識を集中する。


 なんとしても、咲さまを逃がさなければならない。

 しかし、これからどうしよう。


 本部は離れた。一番の直接的な危機は回避したはずだ。もう少し離れて夜が明けるのを待ち、電車で移動するつもりだった。

 だが最寄の駅では少々不安だ。発見されてしまわないとも限らない。できれば隣町くらいまで歩きたかったが、それは諦めた。咲の体力では、せいぜい隣の駅がいいところだ。


 せめて朝まで、誰も気づかなければいいのだが。この街はそんなに大きくない。夜中に子供が出歩いているのは、とても目立つ。


(タクシーを使う? でも、顔を見られたらまずいかな……)


 隣の駅まで歩いて、そこで朝まで待機するか。そう考えた。駅なら、うまくすれば待合室がある。隠れる場所も、たぶんそこそこあるだろう。


 その頃、教団本部では静かな騒ぎが巻き起こっていた。


 咲が逃げたことは早々に発覚した。逆に言えば、間一髪のタイミングでソウタは咲を救ったのである。


「逃げられたか」


 やはり異能の者の知覚は伊達ではない、とミヅチは思った。だが逡巡も一瞬のこと。


「子供の足だ。まだ遠くへは行っていまい。追うぞ」


 気を取り直して、指示を出した。


 あいにく事が事だけに、信者を総動員して狩り出すというわけにいかない。数が少ない分、頭を使うしかない。


(どこへ行った? 移動は……電車か。その前は……コンビニ? 公園?)


「黒川」

「はっ」

「駅へ行け。それと誰でもいい、隣の駅にも人を立たせておけ」

「は? しかし、それでは……」

「事情は知らせなくていい。教団の者がいるとわかれば、駅には近づかないだろう」


 まず選択肢をつぶしていく。この街は大きくない。逃げる手段は限られている。


「ここから駅へ向けてしらみつぶしにするぞ。粕谷」

「はっ」


 粕谷があごをしゃくって仲間に合図する。彼らの手には刀と思われる杖があった。


「夜明けまでにけりをつけてやる」




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