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邪神さま、ニーソなど召す。

 邪神としての咲の務めは、多くない。ありていに言って、ほとんどない。


 週に一度、大広間に信者全員が参集し、教祖の説法を聞く。その場にご神体として立ち会ってはいるものの、発言を許されることはなく、ただ座っているだけだ。


 それが終わればすることもなく、奥の間に押し込められていた。

 ソウタの持ってきたゲームなどもあるが、それほど熱中することもなく、つれづれなるまま、まぼろしなど作り出しては遊んでいた。


 とはいえ咲も女の子。今風の流行などに無関心ではいられないらしい。


「服、ですか?」


 ソウタが訊き返すと、咲はこっくりと頷いた。


 咲が今着ているのは、彼女が封印を解かれたとき着ていた召し物を参考に特別にあつらえたものだ。いわゆる十二単とよばれる平安時代の服、正式には五衣唐衣裳いつつぎぬからぎぬも、または女房装束という。


 だが今どき、単衣などそうそう手に入るものではない。そもそも十二単は、単衣ひとえの重ね着の下に袴をはくので、江戸期以降のいわゆる和服では合わない。

 さらに邪神としての格式を高める意味もあって、さまざまな工夫とアレンジが施されていた。


 基本的には単衣ひとえを重ねた和服、正装の場合はこれに唐衣の表着うわぎ、さらにかんざしや冠、扇子などの小物を身にまとう。


 では普段着は、というと。


「でもおれ、よく知らないですし……」


 確かに男の子のソウタに女の子の服を頼むのは無理がある。咲はちょっとがっかりした風だった。ソウタに心配かけまいとしているのだが、そのくらいはソウタにもわかる。


 考えあぐねて、彼は厨房に行った。


「北枕さん、こんにちは」

「おや、ソウタかい。何か食べるかい?」


 恰幅のいいおばちゃんが、元気そうに返事をしてくれる。

 この人は厨房の割と偉い人で、母親が構ってくれないためふだん飯にありつけないソウタの面倒をなにくれとなく見てくれていた。事実上のおっかさんである。


 そのおっかさんに、咲の希望を相談してみた。


「そうかい。咲さまもやっぱり女の子だねえ。あたしじゃちょっとわからないけど、娘に相談してみるよ」


 おっかさんの娘、北枕菜美は二十歳、ソウタや咲からすれば大人のお姉さんだった。


「そうかあ。今風の服ね」


 菜美はにやりと笑って、


「了解。お姉さんが請け負ったわ。任せなさい」


 そう言ってくれたのである。



 ◇



 果たして菜美は予想をはるかに超える、大変な量の服を用意してきた。


「んー、どれがいいかしらね。何か希望はあるかしら?」


 たくさんの服を広げて、菜美が思案している。咲は色とりどりの服に目を丸くしていた。あまりに煌びやかで、どれを選んでいいか、咲には見当もつかない。


「そうねえ。咲ちゃん可愛いから、何を着ても似合いそうだけど……まずはこれかな」


 服の山のなかからいくつかをピックアップすると、


「さあ、お召し替えの時間だから、ソウタくんは外に出る!」


 ソウタは締め出されてしまった。まあ、女の子の着替えだから仕方がない。


 部屋の外で所在なげに待つこと十数分。


 やっと許可が出てソウタが部屋に入ると、そこには。

 フリルの付いた可愛いピンクのワンピースを身にまとい、白のニーソックスをはいた、キュートな今風の女の子が立っていた。


 今までの古風なイメージからは想像もつかない可愛らしい咲の姿に、ソウタは不意打ちをくらって立ち尽くしてしまった。


「どうした少年。あまりの可愛さに惚れたか?」


 からかうような菜美の言葉に、ソウタと咲は同時に赤くなった。


「咲ちゃん、どう? 着てみた感想は?」

「……所々、こう、締め付けられて苦しい」


 咲は胸の両脇を手で押さえてみせた。


「あはは……」


 菜美が苦笑いする。咲が普段着ている服には身体をぎゅっと締めつけるインナー、つまりは寄せて上げる類いの、洋風の下着がない。


「それに、布地が少なくて、何やら心許ない。かようなもので、みな平気なものか?」

「可愛くなるには、いろいろと苦労が必要なのよ」


 菜美は応じて、


「しかぁし! まだまだこんなもんじゃないよ邪神さま。もっと可愛くしてあげる。こんな上等な素材、ほうっておけるもんかい!」


 菜美は上機嫌で、咲の長い長い髪を梳いて、ふわふわの飾りのついたカチューシャをつける。

 さらに化粧。唇に紅をさし、チークを刷いてアイラインを軽くなぞる。黒髪と黒い瞳がさらに際立って、エキゾチックな美少女が出来上がった。


「きゃーきゃー! なんて可愛いの! ちょっとこれ、信者のみんなに見せたい!」


 菜美は大喜びだ。


「だけど、まずはソウタくんね」

「何がですか?」

「もう。咲ちゃんの一番はソウタくんでしょ」


 言われてソウタと咲は、再び同時に赤くなる。


「ほらそこに並んで立って。写真撮ってあげるから」


 菜美はソウタの隣に咲を立たせた。今までにない近しい距離に、ソウタはどきどきしてまともに咲を見られない。咲は咲でうつむいて、もじもじしている。


「ほら、咲ちゃん。しっかり捕まえていないと、ソウタくん逃げちゃうわよ」


いたずらっぽく笑う菜美の言葉に、えっ!? とソウタを振り返った咲。菜美はその咲の手を取って、ソウタの腕につかまらせた。


 おずおずとソウタにしがみつく咲。硬直したまま動けないでいるふたりを笑顔で見ながら、菜美は何枚か撮影し、写真をみせた。


「おおう!? これがわらわかや?」

「そうよ。どう?」

「別人のようじゃ。妾がかような……」


 咲は目を輝かせて写真に見入っている。


「ふふ。大成功ね。じゃ、次の服行ってみる?」


 再びソウタは外に放り出され、咲のお色直しが始まった。


 次なるはカジュアルなパンツルック。長袖のTシャツにホットパンツ、下はボーダーのこれもニ―ソックス。華奢な身体つきなので、シャツの袖が余って手が半分隠れているのがさらに可愛い。


 再び二人を並んで立たせ、さんざん写真を撮りまくってから、菜美が、


「どうよ、ソウタくん。咲ちゃん、可愛いでしょ?」

「……うん」

「なあに、それだけ? 女の子がせっかくおめかししてるんだから、もっと褒めてあげなさいよ」

「……うん」


 ソウタは照れてしまって、まともに言葉が返せない。もちろん菜美は、わかって言っているのだから意地が悪い。


 ソウタはちらりと咲を見た。咲の、大きくはないが神秘的な黒い目が、「なあに?」とソウタを見返している。

 あわててソウタは目をそらし、真っ赤になってうつむいた。恥ずかしい。とっても恥ずかしいけど、言ってあげなきゃ。


「と……とても、か……ぁぃぃ……です……」


 消え入るようなソウタの声を聞いたとたん、咲の顔がぱあっと輝いた。


「ソウタ……嬉しい……」


 眩しいほどの満面の笑みで、きゅっと両手を握った咲から歓喜の激情がぶつかってくる。


 またも大型犬の全力体当たりのような、手加減なしの感情の圧力に思わずソウタは一歩よろめいた。本当に感情自体が力を持っているのでは、と思うほどのパワーだ。

 だがそんなことより、咲が喜んでくれている、その事の方が嬉しかった。こんな自分のつたない言葉でも、咲を幸せにしてあげられる。そう思うと自然に口もとが綻んだ。


「いいねえ、絵になるねえ。お姉さんは嬉しいよ」


 にこにこと嬉しそうに菜美が言う。いつの間にか見つめ合っていたことに気づいた二人はあわてて目を逸らした。菜美はけらけらと笑いながら、


「いっそふたりで、デートしておいでよ」

「でぇと、と言うと、好きおうた者どもが、連れ立って出掛けてことほぐという……」

「そうよぉ。きっと楽しいよぉ」


 菜美の言葉に素直に答える咲を見て、ソウタはさらに真っ赤になってしまう。恥ずかしさはとうに限界を越えて、もうどうしたらいいのかわからない。


「……いや、よしておこう」


 うん?と目で問いかける菜美に、


「妾が勝手に外に出ては、ただならぬ騒ぎになろう?」


「……そっか。ごめん、忘れてた。咲ちゃんは神さまだものね。本当にごめん。あたし、はしゃぎすぎた」

「いや、とても楽しかった。をかしき思いをさせてもろうた。礼を申す、姉さま」


 しょげている菜美に、咲は輝く笑顔で笑いかけた。


「ううん、咲さまに楽しんでいただけたなら、身に余る光栄です」


 丁寧に頭を下げる菜美に、今度は咲はおずおずと尋ねる。


「この服は、その、もろうてもよいものであろうか?」

「もちろんよ」


 菜美は笑い返した。


「それから、その、写真、も頂戴できると、嬉しい」

「じゃ、後でプリントしてくるわ」

「それから……も一つ頼んでも、よいじゃろうか?」

「はい、なんなりと!」


 遠慮がちに伝える咲の望みを、菜美は破顔して承諾した。


「お安い御用よ。必ずご用意します」

「ありがとう、姉さま」

「とんでもございません。咲さま。ソウタくんも、楽しかったね」


 ソウタもうなずいた。それを見た咲は嬉しそうに笑い、歓びの波動が再びふわっと広がって菜美とソウタを包み込んだ。

 二人の心にじんわりと暖かさがしみ込んでいく。それが、なにも持たない咲だけが持つ最上の宝物と二人は知っていた。そのご褒美を、二人はたっぷりと味わったのだった。



 ◇



 後日、咲の手元に写真が届けられた。現代の服に着替えた咲の写真。ソウタとのツーショットの写真。その中に一枚、やはり二人で映っているものがあった。水干すいかん姿のソウタに寄り添う、女房にょうぼう装束しょうぞくの咲の姿だった。


 咲はその一枚をひとりで長いこと眺め、そして大事にしまい込んだのである。




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