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邪神さま、供を従える。

 奥の間に向かう細い廊下。表の廊下ではなく、壁裏の細い廊下をソウタは進んでいた。メンテナンス用なのか大人では横向きでも通るのが難しいくらいの幅しかないが、痩せこけた少年であるソウタにはなんの苦もなかった。


 そこは明り取りもほとんどない、暗い通り道だった。ソウタのいつもの遊び場だ。表側の配置もよく知っていた。ここは今、奥の間の隣の控えの間のあたり。もう少しで奥の間の上座の裏手に出る。


(あった)


 目指す羽目板を、ソウタは注意深く外した。外――奥の間の光が差し込む。廊下よりずっと明るいが、それでも室内の照明は落ち着いて暗めだ。


 用心深く中をのぞき込む。


 だだっ広い畳敷きの広間のはずだが、出たところは狭い空間だった。一段高い座敷になっていて、三方が薄衣で囲われている。そしてその真ん中には、少女が座ってこちらを見ていた。


「あ……」


 後ろを振り向く格好になっている長い黒髪の少女と目が合った。小首をかしげたまま、少女は何も言わない。ソウタは焦りながら、なんと言葉をかけたものかと考えた。


「あの…………邪神さま?」


 少女がうなずく。


「その…………本当に、邪神さま?」


 教団本部の奥の間に、封印を解かれ千年の眠りから醒めた邪神さまがお出ましになった、とは公式な発表がないだけで既に周知の事実だ。興味本位で見に来たソウタだったが、いったいどんな恐ろしいものがいるのかと、恐怖心もあった。


 しかし会ってみれば、自分と同年代くらいの、小さくて可愛らしい少女のようである。


「そんなところにおらずとも、こちらに上がったらどうじゃ」


 邪神であるところの少女がちいさな手で、自分の隣をぽんぽんと叩く。しばし逡巡してソウタはもそもそとそこに上がり込んだ。


「そなた、名は?」

「え? ええと、ソウタ……です」

「そうか。わらわさきじゃ。桜の花がほころぶ頃に生まれたからだそうじゃ。

 しかし、文も寄越さず夜這いとは、大胆な殿方じゃの」


 さらりと際どいことを言う咲に、ソウタは思わずどぎまぎしてしまう。


「え? いえ、そんなつもりじゃ」

「なんじゃ、妾に逢いにきてくれたのではないのか。あやほいなし(残念だ)」


 ソウタは答えに窮してしまった。見かけによらず大人びた邪神さまだ。

 禍々しさも、おどろおどろしさも、欠片も感じられない。本当に邪神さまなのだろうか。


(いやいや、一見こわくないものほど、実は恐ろしいっていうし)


「そうじゃよ。妾は邪神じゃからな」


 くすりと咲が笑う。まさか、心を読まれた?


「これこれ、そんなに畏れずともよい。妾には何の力もないよ」


 (そうは言われても、なぁ)


「嘘偽りは申しておらぬ。とは言っても、永く封じられていたゆえ、さまざま(いろいろ)現世うつせよから、いみじう離れてしまっているらしいがな」


 そんなものか、と不思議なやりとりに早くも馴染んでいることは不思議にも思わず、ソウタは訊いた。


「あの、邪神さま?」

「なんじゃ?」

「邪神さまは望みを叶えてくれるのですか?」

「無理じゃ」


 即答。


「そうですか……」


 肩を落とすソウタ。


「なんぞ叶えたい望みがあったのかや?」

「……はい」

「そうか。あいすまぬ」


 言葉のとおり、すまなそうにしゅんとする咲に、ソウタはちょっと慌てる。


「いえ、いいんです。お気になさらないで下さい。それより邪神さまこそ、こんな場所にいて窮屈ではありませんか?」

「ふふ、妾はずっと長いこと、もっと狭きところにいたよ。むしろ広すぎて、どうしたものか」

「はあ……でも、わかります。なんとなく」


 暗く狭い所に長いこと閉じ込められる。その嫌な感覚はソウタもよく知っていた。


「そうか。我らは似たもの同士じゃな。なればソウタ、妾の……その、ええと……」

「?」


 邪神さまはちょっと顔を赤くしてうつむいている。


「妾の、その、……そう、友にならぬか?」

「お供ですか? はい、喜んで」

「いや、そうではなくて」

「?」

「……まあ、よい」

「そうですか。よかった」


 何故か邪神さまは、ちょっとおかんむりのようだった。

 それでもなおかつ照れているらしい邪神さまは可愛らしいな、とソウタは思ったのである。





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