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邪神さま、真の力を発動する。

 休み休み、ソウタは歩いた。道草を食いながら、かなりのんびりした逃避行だったが、ソウタは焦らないことにした。無用な焦りは咲にも伝わる。


「ソウタ、星が綺麗だなあ」


 ゆっくり歩きながら、咲が上を見上げている。咲が楽しんでくれていることが、なによりソウタには嬉しい。


 時おり見かける街中の時計で、三時過ぎまでは確認していた。そろそろ隣の駅に着く。

 駅に入り込めれば、電車が動き出すまで二、三時間、電車に乗り込んでしまえば第一の関門は越える。もう少しだ。



 ◇



 教団から最寄り駅までを調べた一行は、何も見つけられず黒川と合流した。


「すると隣駅か?」

「あるいはタクシーで……」

「いや。こんな時間では流しているタクシーもない。歩くか、あるいはどこかに隠れているのではないか」


 誰か手引きしている者がいる。ミヅチはそう直感した。でなければ、世間知らずの邪神の小娘がひとりで夜歩きなどできるわけがない。

 そいつが車などを確保していれば、今夜の捜索は困難だ。さらに時間がかかるだろう。


 どうする? あるいは仕切り直しが必要か。だがまだやることはある。


「ここから隣駅まで当たるぞ。黒川、引き続きここにいろ」


 めぼしい場所はそんなに多くない。車で移動している分、こちらに分があるはずだった。



 ◇



「咲さま。駅が見えてきましたよ」


 ソウタが指さした。


「朝になったら、電車に乗りましょう」

「妾には初めてのものじゃな。前に乗った『くるま』は、よくわからなんだが、今度はわかる」


 最初に移動する時に乗せられた自動車のことだろう。今は本を読んだりして知識も得ている。しかし、体験するのは初めてだ。


「どんなものかの。楽しみじゃ」


 やはりわくわくするのだろう。咲の声は弾んだ。


 駅のロータリーに差しかかるところで、ソウタは一台の車に気がついた。深夜の駅の周囲には人っ子一人いない。それだけに車は目立った。


 ふと引っかかるものを感じて、ソウタは立ち止まって様子を見た。二人ほど、車を降りて所在なさげに駅の方を見ている者がいる。

 その人物を見たとたん、ソウタは心臓が口から飛び出しそうになった。


(あれは、教団服!)


 頭が真っ白になった。全身が総毛だつ。もうばれてしまったのか。

 ソウタはパニックになって、咲の手をぎゅっと握った。どうした、と問うまでもなく、ソウタの異変が咲にはわかった。咲も緊張してソウタの手をぎゅっと握り返す。


 その瞬間、ソウタは冷静になった。


(そうだ、咲さまをお守りしなければ)


 まだ向こうはこちらに気がついていない。ソウタは用心しながら、ゆっくりとその場を離れた。


「見つかってしまったのかや?」

「いえ、まだおれたちが何処にいるかは気づかれていないと思います」


 ソウタは、自分の言葉で自分が冷静になるのを感じた。明確に目的を持って探しているという雰囲気ではなかった。まだ大丈夫。でもここにいるのは危険だ。


「もう少し遠くに離れましょう。咲さま、歩けますか?」

「うむ。大丈夫じゃ。夜道もずいぶんと慣れたぞ」

「よかった。では、行きましょう」


 少し戻って、通り沿いに二人は歩き出した。



 ◇



 夜中の捜索は続いていた。隣駅まで、めぼしいコンビニなどをのぞき、もうすぐ隣駅、というところまで来た。


 あるいはもっと遠くまで行ってしまったか。だが、目を伏せるな。ミヅチは自分に言い聞かせた。


 その時。通りの向こうを歩いている人影が、ヘッドライトに一瞬照らし出された。


「待て。ちょっと止めろ」


 ミヅチの指示で路肩に車を寄せる。

 人影がふたつだった。そのシルエツトは……。


 確認のため、ハイビームにしてみる。

 そのライトの隅っこで、ふたりの子供らしき人影が走り出した。男の子と、髪の長い女の子。


「いた!」


 会心の叫びを上げたのは粕谷だった。



 ◇



 ハザードランプを点けて止まった車に気が付いたとき、確認する前にソウタは叫んだ。


「咲さま、走って!」


 咲の手を引っぱって走り出す。


 逃げ道はないか。隠れるところはないか。だが辺りは野原ばかりで、人家もほとんど見当たらない。

 それでも道を逸れようとガードレールを飛び越える。振り返って咲を抱き上げ、ガードレールを越えさせる。


 その間に大人たちは、あっという間に距離を詰めてしまっていた。もう追いつかれてしまう。


「咲さま! 逃げて!」


 ソウタが咲を突き飛ばした瞬間、ソウタは後ろから斬りつけられた。


「!」

「ソウタ!!」


 倒れ込むソウタを見て咲が駆け戻り、ソウタの側にひざをつく。


「駄目です。咲さま、逃げて……」


 なおも振りかぶる人影を見て、ソウタは咲をかばうように上に覆いかぶさった。人影はかまわず、ソウタに刃を突き立てる。


「ソウタ! ソウタ!!」


 咲の腕の中で、ぐったりとソウタが力を失った。


「邪神さま。やっと捕えたよ」


 人垣の後ろから、ミヅチが現れた。


「あんたにはずいぶんと振り回された。我が身の不徳の致すところだ。だがそれも、これで終わりだ」

「ミヅチ……」


 ソウタを抱きかかえたまま、咲は燃える瞳で一同を睨み据えた。今まで見せたことのない、激しい感情を灯した眼だった。


「……うぬら、地獄の釜のふたを開けたな」


 ミヅチは臆することもなく、薄ら笑いで答える。


「なにを世迷言を。さよならだ、邪神さま」


 ミヅチの言葉にとどめとばかり、刀を振り上げた粕谷が突然奇妙な叫び声を上げた。


 刀が突然蛇に姿を変えたのだ。蛇は鎌首をもたげて、粕谷を威嚇してきた。


「ひっ!」


 粕谷は叫んで、蛇を投げ捨てた。だがそれだけでは終わらなかった。

 服の袖口から、裾から、襟首から、蛇、蜘蛛、百足、あらゆる魍魎の類いがぞろぞろと飛び出してきたのだ。


 粕谷だけではない。その場にいた全員が魍魎にたかられ、纏わり付かれ、噛みつかれていた。

みなが奇声を上げていた。纏わり付く気色の悪いものを振り払おうと必死で身体をよじらせる。だが払っても払っても、魍魎は次々と湧き出てきた。一向に減じる気配はない。


 そのさまを眺めながら、咲が冷たい声で言い放った。


「地獄の釜とは、うぬらの心。魍魎はうぬらの欲望のなれの果てじゃ。欲望を捨てぬかぎり、解放されることはない」


 そして、欲望を捨てることなど、普通の人間に出来はしない。


「うぬらは一生、魍魎につきまとわれるのじゃ」


 男たちは奇声を上げて逃げまどった。しかし逃げ場などあるはずもない。自分の心からは逃げられない。意味の分からない叫びを上げながら、逃げ場を求めて男たちは散り散りに走り去っていった。



 ◇



(ああ、前にもこんなことがあったな)


 咲は思い出していた。以前に一度だけ、怒りに我を忘れて能力を暴走させてしまったことがあった。たがの外れた力は、相手の心を壊してしまった。


 咲はそれを深く悔い、感情に流されないよう、自分を戒めていた。人と触れるのを避けるようになったのも、その頃からだった。だが悔恨の情は心から離れず、兄から自分を封じると聞かされた時はむしろ喜んだものだ。これでやっと罪をつぐなえると。


 そして今再び、咲は能力を暴走させた。

 だが後悔はなかった。大好きなソウタを助けるためにしたことだから。


「咲……さま……。ご無事ですか」


 ソウタがか細い声を上げた。


「ああ、大丈夫じゃ。ソウタのおかげで助かった」


 嘘である。刃は咲の身体をも貫いていた。熱い血が服に染みていくのを、だがソウタには確かめる力が残っていなかった。


「よかった……。ごめんなさ……怖い思いをさせて、しまって」


 やっとの思いで咲を見やって微笑むソウタの頭を、咲は優しくなでた。こんな身体でも咲を気遣ってくれるソウタが愛おしくてならなかった。


「咲さま。幸せになって下さいね」


 ソウタがぽつりと言った。


「咲さまは千年も引きこもってたんですからね。これから千年分、幸せにならなきゃ駄目ですよ」

「なにを言うか」


 咲は言い返した。


「そなたこそ、たった十五年しか生きておらぬではないか。妾の人生に較ぶれば、ほんの瞬きの間にすぎぬ。

 これから千年分、幸せになってみよ。妾のことなど、そなたが幸せになった後のことじゃ」


 咲の声にはあふれんばかりの優しさがこめられていた。慈愛の情がソウタを包み込んでいく。


「ふふ、わかりました。一緒に幸せになりましょ」

「うん」


 咲は身じろぎして、ソウタの頭を胸にだきしめた。


 誰にも愛されず、誰も愛さず、千年の時を過ごしてきた少女。

 ひとりぼっちの小さな世界に、ひとりの少年が光をもたらした。


 誰にも愛されなかった自分をいつも気遣い、優しくしてくれた人。誰も愛さなかった自分が、共にありたいと願った初めての人。

 その人は自分を命がけで守ってくれた。愛する人に愛されている。咲は嬉しさに心が震えた。


「……ソウタ、ありがとう。妾は、幸せ者じゃ」


 ……返事はなかった。


(世はさながら、あやなきものよ)


 咲は心の中で、ひとりごちた。淋しくはなかった。もうすぐ自分も一緒に行くのだから。

 だがその前に、咲にはどうしても言っておきたいひと言があった。


「ソウタ。大好きだよ。ずっとずっと、一緒にいよう」


 深く大きな愛の感情が広がって、二人を包み込んでいった。



 ◇



 信者たちがふたりを見つけたとき、少年と少女はお互いをかばい合うように折り重なって亡くなっていた。ふたりとも穏やかな、満ち足りた笑顔だったという。




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