噂
「なぁ、おまえ知ってるか?」
一心不乱に画面にのめり込んでる俺に親友のサトシが聞いて来た。
「………何が?」
俺は今、知っている人は知っているゲーム実況というジャンルを副業としているしがないサラリーマン。今日も仕事終わりで実況したゲームの編集をちまちまやっている所だ。
サトシはそんな俺の編集を手伝ってくれたり、一緒にゲームをしたりしてくれる副業仲間でもある。
ゲーム実況というのは、某有名動画配信サービス内でゲーム画面とゲームプレイしているそのまんまを競馬実況の様に実況する仕事だ。
ざっくりだがその動画を沢山の人に見て貰えれば見て貰える程、収入に繋がるのでゲーム実況者は皆リスナーと呼ばれるファンを獲得すべく更新頻度をあげて行く。
始まりは趣味程度の物だったが、自分のプレイにファンが付き出した嬉しさと副収入にまでなるとわかった今、安月給の俺達が飛び付いたのも言うまでもない。
そんな考えの奴らは多く、瞬く間に広まった最近出来た職業だ。
「おいって!聞いてんのかよ!」
珍しく声を張り上げたサトシにびっくりした。
「何だよ、さっきから。編集中は集中してっからウワの空だぞ。」
そんなのわかってる…的な顔でこっちを見る。
余りにも真剣な顔で見て来るから、俺も何となく聞く体制に入る。サトシはすっかり冷めたコーヒーをひとくち飲むと話を始めた。
「俺さ…今日、電磁さんとこの動画にお邪魔してただろ?」
電磁さんとは他の実況グループの実況者で、俺達と同年代だからかすごくウマがあう。その関連でお互いよく行き来して動画を配信してるのだ。
「何?何か電磁さんとことトラブったの?」
「いや、そうじゃないんだ。噂知ってるか?」
「ウワサ?何の?」
「おまえ…やっぱり知らないのか…」
やけに勿体ぶった言い方をするからいい加減イライラして来た。
「あのさ何の噂か知らないけど、今日の編集出来てないんだよ。おまえはどうかわかんねぇけど、俺は明日仕事あるから早く寝たいんだよ!」
今度は俺が冷めてクソ不味いコーヒーを口に含む。
イライラ解消にタバコでも…と思ってベランダに行こうとした時、サトシがタバコを掴んだ腕を引っ張った。
「…何だよ。」
手を払いのけてタバコを一本、口に咥える。
「俺…聞いたんだ。実況者が二人、行方不明になってる話。」
思っても見なかった言葉に、思わず咥えたタバコを落としてしまった。
「はっ?」
聞き返す俺にサトシは真面目な顔で話し出した。
「おまえは知らなかったみたいだけど、結構この話有名なんだぞ。」
俺は初めて聞いた話だった。
サトシの話ではこの業界で凄く有名なゲーム実況者が、ある日忽然と消息を絶った。その実況者の関係者に聞いても悩んでいた形跡も無く仕事も順調で、どちらかと言うと充実した生活を送っていたそうだ。
いつもちゃんとした日時を決めて動画を上げていたらしいが、ある日を境にピタリと動画の更新が止まった。
実況者の編集を手伝っていたアルバイトの学生が何の連絡も寄越さない実況者を不思議に思い、彼の家へと赴いた。
インターホンを鳴らしても出て来ず、玄関の扉に耳をつけて様子を伺ってみたがあまりにも静かなので倒れてるんじゃないかと思い、渡されていた合鍵を使って中に入ってみた…
「そのアルバイトの奴、何見たと思う?」
サトシが不意に聞いてきた。
「何って…死体とか?」
俺の答えにサトシは大袈裟に天を仰いで首を横に振る。
「リア充の売れっ子実況者から連絡も無ければ、動画も上がらない…そりゃ中で倒れてるとか、死んでるとか思うよな。」
俺は素直に頷く。
「それがさ、部屋中捜したけど、どこにも居なくて…不思議だったのはまるで今までそこに居たかの様な感じだったんだって。」
「どゆこと?」
「その実況者、いい部屋住んでたらしいけど。台所のテーブルの上に飲みかけの暖かいコーヒーが置いてあって、お湯を沸かしたであろうヤカンもまだ熱かったってさ。」
「…………。」
俺はポンコツな頭ん中をフル回転させて急な用で外出案を提案したがその後も連絡無し、音沙汰無しで敢えなく却下された。
「一体、どこに消えたんだ?」
俺の質問にサトシは首を横に振るだけ。
冷めたクソ不味いコーヒーを流しに捨てると、パソコンの方へと戻って行った。