辻褄
「爆弾さえあれば、ここは何とかできるというのに」
「そうだ、あの部屋にダイナマイトが置いてあったわよね、たしか」
夕佳は慎也に期待のこもったような声で語り掛ける。
「そうか、とってくる」
「私もいっしょに行くわ」
「いや、君はもしもの時のためにここに残っといてくれ、僕だけで行ってくるよ」
慎也はダイナマイトのあるとされる第二実験室に向かっていく。
第二実験室前
「よし、扉は空いたままだ、早くしなければ」
慎也は部屋の中に入る。
部屋の中からは研究員があわただしく実験器具を持ち運ぶべくしている様がにじみ出ていた。
「よし、これがダイナマイトだな、ライターは持っている。これでいける!」
その瞬間、第二実験室から連鎖的に爆発音が聞こえてきた。
「ふ、うまくいったようだな、架谷慎也さえ死んでしまえば、女の方はどうでもいい。それと同時に、もうTBMルームに入る手段はなくなった」
「そうですね、これで心配はほとんどなくなりましたね」
「よし、我々ももう終わった。これで、さっさと研究所に帰るとしようか」
至道と沢木の二人は半分ほっとしたような、気を引き締めたような顔でそのまま飛行機を操縦する。
「慎也さん!」
架谷夕佳は、息を荒げながら、第二実験室へと向かっていった。
「慎也さん、もしかして、勘づいていて、それで私をあの場に残して……」
架谷慎也の亡骸は人間の原形をとどめていなかった。一つのダイナマイトが爆発することによって、爆発範囲内にあったダイナマイトが爆発を引き起こされたのだ。架谷慎也だけでなく、その場にいたほかの人間も巻き添えにされていた。
「まさか、ここには彼らの仲間もいたというのに、至道、なんと卑劣な。絶対に許さない。絶対にTBMを停止させ、至道の野望を打ち砕いて見せるわ」
架谷夕佳は第二実験室を素早く後にして、廊下を走っていった。
「さて、そろそろ着くな、着陸だ」
至道と沢木とその他大勢を乗せた飛行機は夢現の持つ広い敷地内にある滑走路に着陸する。
「さて、この人質は監禁室に幽閉しておこう、団結されても面倒だ、個人個人で幽閉しておこう」
「はい、わかりました、しかし、その前に」
「分かっている、ここでは俺たちとあの女以外動ける人間はいない。人質はすでに拘束してあるから、私たち二人でTBMルームに行こうか」
「そうですね、急ぎましょう」
「まあ、待て。急ぐのはもちろんだが、研究所からは外の音は聞こえない、わかるな?」
「はい、ばれないうちにさっさと捕獲してしまいましょう」
二人は、音をたてないようにゆっくりと研究所の中に入っていく。
二人は、ばれないようにと、TBMルームまで歩く。
「く、なんで開かないの!」
TBMルームの扉の前では架谷夕佳が泣きながら必死に扉を壊そうと石で扉を何回もたたいている。
「いいか、一気にやつをとらえるぞ」
「はい」
至道と沢木の二人は素早く架谷夕佳の手足を拘束する。
「人殺し! 隆だけでなく、慎也さんまでも!」
「大きな大義の前では、そんなことは小さな犠牲でしかない。もっとも、彼は優秀だったものだから、手元に置いておきたかったのだがね」
沢木が、後ろから架谷夕佳を拘束し、その目の前で至道が、ロープでがっしりと縛りながら口を走らせている。架谷夕佳の方はというと、沢木の拘束たちの拘束から逃れようと体をくねらせたりと抵抗していたが、それも無駄に終わり、結局は何もできずに縄に体の自由を奪われることとなった。
「いいだろう、ここまで、我々に執着しているんだ、お前も我が計画の糧としてくれるぞ」
至道と沢木はTBMルームに入り、TBMを操作する。それからおよそ五分後、沢木はポケットから出した形態を通して何者かに連絡を入れる。
「至道様、人質、並びにこの女の幽閉を部下に指示しておきました。間もなくですね」
「そうだな、これで、世界は指導者を失い、大混乱に陥るな。そしてその暁には……」
「はい……」
アナウンサーが突如、紙を受け取り、しばらくの間、それに目を通している。
「速報です。現在入った情報によりますと、現アメリカ大統領ケルビン氏が死亡、現アメリカ大統領のジョージ・ケルビン氏の死亡が確認されたとのことです」
アナウンサーの表情には動揺が見られ、テレビ局の方も対応に追われてドタバタしている様が、テレビ越しにも見受けられた。
「えー、ケルビン氏の死因についてですが、直接的な死因は、毒が全身に回ったことによる毒死とのことですが、近くに護衛がいながら、急に倒れたとのことで、その手段は現在調査中とのことです。え、あ、はい、中国の……」
その後、各国首脳の訃報は続いた。アメリカに続き、中国、ロシアと、主に世界で強い影響力を有している国の大統領、さらには、それに準じるものなど、途絶えることはなく、そのどれもが、毒死で、しかも、手段が不明なものであった。
「ふ、うまくいったようだな、見事に、世界は混乱しているぞ」
「ええ、無事、成功ですね」
「民衆はこの混乱の原因に怒りの矛先を向けたがっているはずだ。あとはその怒りの対象を民衆に示してやれば……」
至道は沢木と話している途中で沢木から意図的に視線をそらし、ある一点に向ける。それにつられて、沢木もその方向を向く。
「ああ、なるほど、そういうことでしたか」
沢木は、それまで疑問に思っていたことが晴れたのだろう。その視線の先にあるものから改めて指導の方を向き、納得した表情でうっすらと笑みをこぼす。
それから一か月、世界は混乱状態に陥った。本来、国のトップが死のうとも、政治が滞らないように、その他の人間に権力を移すことができる。しかし、リーダー個人だけではなく、行政組織そのものがやられてしまったのでは、話は別だった。
人類史上このようなことは、前代未聞の事例であり、いずれの国も、迅速に対処することができなかった。
それだけならまだよかった。問題は、超大国の実質的な機能麻痺に乗じて、テロ、そして、問題を抱えていた国家同士の武力衝突が多発したことである。超大国の抑止力が、一時的とはいえ、麻痺していることが引き金となっていたのは明らかだった。幸い、強大な武力を保有する国家は、身動きが取れなかったので、大きな衝突とはならなかった。しかし、それと同時に、行政機関を失った超大国は対抗策を素早く取れるはずもなく、治安の悪化を招き、結果、民衆の混乱を引き起こす事態となった。
そして、魔の手は日本にもついに及ぶこととなる。
日本の首都、東京、突如その上空を巨大な浮遊物が覆いつくす。そして、町全体に響き渡る声で何者かが声を発する。
「日本政府よ、聞こえるか。我が祖国、ヘビスタンの地を奪いしお前たち。報いの時はきた」
そういうと、ある建物に何かを投じた。それは上空で炸裂し、建物を木っ端みじんに破壊した。爆弾だ。
「よいか、これから更なる被害を出さないためにも忠告しておく。今から、一切の移動を禁じる。逃走を図るものを見つけ次第、爆撃していく。さて、日本政府よ、我々の祖国、ヘビスタンの土地の返還を約束せよ。これより三十分後、今からいう番号にかけ、返答を聞かせてもらう。四四四、いたずら電話も敵対行動とみなし即座に攻撃に移る。これさえ叶えば我々は何も望まない。お前たち含め、日本の一割の命運が我々に握られていることを忘れるな」
国会議事堂にて……
「あんなことを言っているがどうする!」
「しかし、内閣不在の現在、どう対応しろというのだ。それに、この問題には当事者であるアメリカなど、各国が複雑に絡んでいる。三十分で決定など不可能。ましてや、勝手に許可すれば、間違いなく国際問題は免れんだろう!」
「しかし、それでは国民の命が……」
国会はざわついている。絶体絶命、まさしくこの言葉がしっくりくる状況である。
ドカーン! 突然鼓膜を突き破るかのような音がした。そしてしばらくすると、暗かった空から太陽の光が差し込み、明るさを取り戻す。
皆は何事かと窓から空を覗き込む。すると、先程まで空を覆っていた巨大な浮遊物が消えており、空中には一人、黒のマントを羽織った人間が浮いていた。
連日のように続く、テロとその犠牲者に関する報道。それは今日とて例外ではない。
淡々と報道をこなしてゆくアナウンサー。
突如、テレビの画面にノイズが走る。しばらくすると画面が切り替わる。そこには、先程までの報道特番ではなく、仮面をかぶった何者かが、空を背景に、映りこんでいた。
「全世界の諸君、我が名は、ソフィラス。各放送局が報道していることからもうわかると思うが、世界各国の首相、もしくは、それに準じる政治運営組織は何らかの理由で同時に消失してしまった。そして、治安の悪化を招き、諸君は不安な毎日を送っていることと思う。現に、今、東京で、テロが発生していた。しかし、案ずることはない。この私が、たった今、非道な彼らを追い払った。私は、力を持つ者の横暴を許さない。そして、必ずや、全世界を平和に導いてみせる。皆、我についてきたまえ」
全世界にどよめきが起こる。
ソフィラスと名乗る黒服の仮面の男は、困惑している周囲にかまわずに続ける。
「私は、これまでのテロ行為を引き起こすべく、各国首脳の暗殺を主導していた人物を捕まえた。それは、この女だ!」
ソフィラスと名乗る男は、椅子に手足を結び付けられ、口元は布で締め付けられている女を力強く指さした。そう、その女とは架谷夕佳のことである。
「皆よ、、私はこれから革命を起こす証として、この女を処刑する。皆よ、我についてきたまえ」
民衆からは様々な言葉が無秩序に繰り広げられてくる。怒号、換気、悲鳴。世界には様々な感情が渦巻いており、ソフィラスと名乗るその男は間違いなくその中心に立っていた。
「せめてもの情けだ。一瞬で死なせてやろう」
バンッ! 銃声があたり一帯にわずかに響いたが、それも民衆のざわめきによってすぐに打ち消される。弾はちょうど眉間に打ち込まれ、さんざん呻いていた架谷夕佳は即死に至った。
「ソフィラス! ソフィラス!」
架谷夕佳が息を引き取ったのち、民衆からはソフィラスコールが続いた。そして、そのソフィラスと名乗る男は舞台裏へと静かに消えていく。




