変化
TBMのおいてある部屋にたどり着いた至道と沢木は、素早くコンピューターの捜査に取り掛かる。
至道は指を高速移動させ、TBMの動作を停止させる。
「よし、終了だ」
「念のため、実動部隊だけ動けるようにTBMを設定し運転させておこう。機密漏れした時の被害を抑えることができる」
「分かりました」
至道はTBMを操作し、沢木は、カメラ映像を通して、TBM運転までの五分間、架谷夫妻を監視していた。
「では、さっそく、招集して指示を出そう。架谷夫妻は現在どこにいる?」
「ええー、そこまで移動してはいません。なにせ、女の方が、彼らの移動の速度を落としているようで」
「では、早いところ拘束してしまおう。何か変わったことをしていたか?」
「何やら、林の中に密集している木にひたすら何やら液体をかけて回っていました。気でも狂ったのでしょうか」
「そうか、変わった行動だな。まあ、それがたとえ意味があったものだったとして、実動部隊の数の暴力の前では、無駄なあがきよ」
沢木は、ポケットから電子機器を取り出し、それを操作する。
「現場の周りをすぐに包囲し、彼らを拘束するように指示しました。これで、不安要素はなくなるでしょ
う」
「貴様らは完全に包囲されている。おとなしく投降すれば悪いようにはしない」
架谷夫妻の周りをあり一匹の通る隙間もなく人がびっしり取り囲んで、彼らに投降を促している。
「く、完全に囲まれている。これではこの包囲網を突破するのは至難の業だ」
架谷慎也は、両手のひらを空に向け、大きくため息をつく。投降を勧告していた男のほうに顔を向けて、悟ったような笑顔を作る。
「分かった。抵抗はしない。だから私たちに手荒な真似は遠慮していただきたい」
彼の言葉を聞いて、三人の男が包囲網から中に入ってきて架谷夫妻に近づいていく。
「油断したな。ここは森の中だ。こんなところで俺たちを拘束しようなんて君たちはまだ甘いな」
架谷慎也は近くの木にライターで引火させる。
「馬鹿め、そんなすぐに火が広まるか。その前にさっさと拘束してやるわ」
ライターによって生じた炎は、木々の密接したこの森林の中において瞬く速さで広がった。
「貴様、この火のまわりの速さ、まさか!」
架谷慎也は得意げな顔になって大声で言う。
「そうさ、そのまさかだ。事前にガソリンをまいていたんだ。命は大切にしたほうがいい、即座に撤退することをお勧めするよ」
「くそったれが、生きて捕まるよりも、死を選ぶか。全員撤退!」
「最後に、君たちにいい情報を教えておこう」
「君たちの大将は、君たちのことは全く信用してないよ。何せ、至道には、君たちの中に裏切り者が出てくることを前提として、君たちに明かしていない重要な秘密を隠し持っているからね」
「なに! でたらめを言うな! 至道さんは俺らを完全に信用しているんだ! そうでないというのなら証拠を出せー!」
それからは、架谷慎也からはその後一言も発せられることもなく、辺りは広がっていく炎の燃えている音と、混乱して逃げ回っている人間の怒号が鳴り響いているばかりであった。
「なに、取り逃がしただと」
部屋には椅子に背をもたれさせて、ふんぞり返っているような至道、そばで立っている沢木、そして、至道の正面に直立して立っている男が一人。この男は、架谷夫妻拘束の現場指揮を任されていて、投降を勧告した人物、葛西であった。
「はい、追い詰めたところで火を放たれまして、彼らは自殺を図ったとみられます」
「では、葛西、彼らの死体をきっちり確認したのか?」
「い、いえ、それが、森の消火が終わった後にあたりを確認させてきたところ、彼らの死体らしきものは発見されませんでした」
それまで、余裕を浮かべた笑顔で応答していた至道だったが、突然、顔を真剣な風にさせてゆっくりと口を開く。
「それはつまり、彼らの身柄の確保に失敗し、そしてなおかつ彼らは生きている可能性が高い、ということだな?」
「おそらく、そうでしょう」
葛西は申し訳なさそうにうつむいて言う。
その様子を受けて、至道は相手を安心させるかのような落ち着いた声で語り掛ける。
「自分のしたことはわかっているな? 元組織の人間で、我々の機密情報を大量に保持している奴らの危険性は」
「も、申し訳ございません。重々承知しております」
至道は、相変わらず微笑を浮かべている。その表情からは、事の重大さから予想される焦りよりもむしろ、余裕が感じられる。
「ならばよい、下がれ」
報告に来た葛西は深く頭を下げ、至道に背を向けて退出しようとした。しかし、ふと思い出したかのように足を止め、振り返って至道の方へ尋ねる。
「あ、あのTBMとは何でしょうか」
「ん、TBM?」
至道は不思議さ、そして、困惑の混ざったような表情を浮かべて男に続きを促す。
「はい、奴がいなくなる前にそんなことを口走っていたので、少し気になりまして」
「知らないな」
「分かりました、ありがとうございました。失礼いたします」
男は、椅子に座っている至道に一礼してから、部屋を後にする。
部屋のドアが閉まると、沢木が念入りにドアの鍵がちゃんとしまっているか確認する。
「架谷確保に動員された奴らは、全員処分しておけ。機密が漏れている」
「了解いたしました」
「おい、葛西さん率いる部隊が全滅したらしいぞ」
「なに?」
「至道局長によると、彼らは、架谷夫妻に、森で火を放たれて全員焼死してしまったらしい」
「なに、葛西が……」
「おい、どうした、五条」
「いや、何でもない」
五条と呼ばれる男は二十代後半くらいの、体型はスマートな男である。
彼は誰にも聞こえないような小さな声でうつむきながら無表情でぶつぶつとつぶやく。
「あいつは、架谷から聞いたTBMのことを俺に話したんだ。その調子で至道局長にも話したのだろう。至道局長から告げられていないことを考えてみれば、そのTBMに関する情報は、我々末端の構成員が知ってよいような情報ではない。彼は知ってしまったことによって殺されたとみていいだろう。俺も下手をすれば抹殺されてしまう。うまく立ち回らなければ」
「おい、一人でぶつぶつどうした?」
「いや、少し考え事をな」
声をかけられた五条は、即座に笑顔を作り出して振り返る。
葛西から至道の隠している機密情報を知ってしまった五条に残されている行動の選択肢は限られてしまった。知ってしまった以上、何らかのアクションを起こすことを余儀なくされる。同時に、命の危険まで降りかかってくることとなった。つまり、追い詰められたのだ、彼は。
通常の精神を持つ人間ならば、ひとつ動作を誤れば殺されてしまうこの状況により、パニック状態に陥ってしまうだろう。しかし……、
「ふ、この俺が、真実を知ることとなったのは、この俺に、至道にとって代わって世界を支配しろとの紙の暗示。そう、世界を支配する選ばれし人間とは、この俺のことだ」
五条が心に抱いたものとは、異常な選民思想。
「まずは、架谷と接触を図るべきだな。とはいえ、彼らがどこにいるかなどこの俺が知るはずもないな。仕方がない、すこしリスキーだが……」
五条は周囲に築かれないように小声でいち向いてつぶやいたのちに、うっすらと笑みをこぼした。




