覚悟
至道が核の発射を実行してから、一週間がたった。無残に破壊された建築物の数々。それがもとはなんだったのかすら見分けがつかないレベルでぐちゃぐちゃになっている人々の死骸。地球から緑という色素は消え、空はどんよりと曇り、鳥や虫のなく声が一切聞こえない。世界に存在する音といえば、殺伐とした何もない更地を通り過ぎる際に生じる、風のむなしく響く音だけである。世界はまさにこの世の終わりと表現するにふさわしい姿へと変貌していた。
「至道局長、各国の重要人物の死体、これらの搬入の終了をお知らせに参りました。」
「うむ、ご苦労」
部屋には様々なタイプのコンピューターがずらりと並んでいる。そのどれもが、スクリーン上に何らかの映像を映し出している。主に、研究所の中が映し出されており、そこに映っている夢現の研究員のほとんどが、座っている席から一歩も動かずに作業をこなしている。
ただ何台かのコンピューター画面は、白い服を着て、作業をせず、ただただ、生活を送っているだけの人々を映し出していた。そしてそれらのコンピューターを目の前に椅子に座り、ドアに背を向けている男が一人。
その部屋に一人の長身の男が入ってくる。身長は百八十センチぐらいだろうか、白衣を着たその男は、鼻も低すぎず高すぎず、上品な整った顔立ちをしており、彼の浮かべる無表情がさらに上品さを際立たせていた。沢木と呼ばれたその男は、もともと部屋にいたもう一人の男、至道に対して作業結果の報告を行う。
それまで、沢木に対して背を向けていた至道だったが、沢木の報告を受けると、椅子を回転させ、沢木の方へ顔を向ける。至道は三十代後半といった具合で、非常に落ち着いた雰囲気を漂わせていた。皆が白衣姿であるなか、彼だけがスーツ姿で、紳士的にも見える。彼は、座ったまま沢木の方を見上げ、続ける。
「では……、本当にこれは避けられないことなのですか?」
沢木は、珍しく、うつむきがちになって、あまり浮かない様子で至道に尋ねる。
「計画の一環だ。私情を殺すなとは言わんが、任務に影響を出すな」
至道は、冷たく沢木に言い放つ。それを受けもなお、沢木の浮かない表情に変化はない。
「では、行ってまいります……」
「待て、それには、私も立ち会う」
「しかし……」
「これは彼らの忠誠心をみる機会だ。これを逃す手はない。」
「……わかりました、こちらです」
浮かない顔をした沢木に何か感じるものがあったのだろうか、至道は、本来彼に任せる仕事に同伴することとなった。
至道と沢木はある部屋の前にたどり着く。
ドアの横には、『放射線物質隔離部屋』と記されていた。彼らの到着に呼応するようにひとりでに彼らを通すために開くドア。ドアが開くと、部屋の端っこに、全身を覆うための真っ白い服、靴下、顔を丸々覆うマスクが何セットか用意されていた。そして、ドアを開けて、その正面には、厚いガラスが張ってある。それを隔てた向こう側には、数多くの真っ白い服を着た人間が、みんな静かに座っている。部屋に入ってきた二人に気づくと、全員が、さっと立ち上がる。
「至道局長、お疲れ様です」
「我々を気にすることはない。自然体でいたまえ」
「お気遣い、感謝申し上げます。」
彼らの気遣いに微笑を浮かべながら、驚く至道。それでもなお、全員立ち上がったまま気を付けの姿勢をだれひとつ崩さない。
「至道局長、今からこの奥に入ります。その前に、この防護服を着てください」
沢木は、部屋の隅に行き、真っ白い防護服セットを至道に差し出す。そして、彼ら二人は、今着ている服の上から、その防護服を着始める。
「では、ここのガラス板を開き、彼らと接触します。念のため確認しておきますが、防護服に隙間はございませんか?」
「大丈夫だ」
「では……」
防護服を着終えた二人は、ガラス越しにいまだに直立している彼らとの接触を試みる。防護服が置いてあったところとは反対側の、部屋の隅の壁についている赤いボタンに手を伸ばす沢木。ボタンを押すとガラス板はゆっくりと上に上がっていき、隔てられていた二つの空間が一つになる。
沢木は一歩前に出て、直立の姿勢を保っている夢現構成員全員に向かって通る声で言い放つ。
「お前たちは、体を放射能にむしばまれている。その命、そう長くはないだろう。だが、私に従うものを私は決して見捨てない」
「もったいなきお言葉です」
至道の言葉は、構成員に安心感を与えたようだった。満足げに頭を下げる夢現構成員。しかし、その後にはなった、至道の言葉が、彼らの表情を一変させた。
「その過程で、私は今からお前たちの命をいったん絶たねばならん。納得のいかないものもいるだろうが、私たち夢現構成員は世界のために命を捧げた者。ここは私を信じて従ってもらいたい」
真剣、だが、あくまで冷静な態度を崩さない至道。ざわめきだす夢現の構成員。皆、動揺を隠しきれていないようである。
皆が、小さな声で各々にざわめきだす。そんな中、一人の青年が、至道の前に出てきて、尋ねる。それを受けて、それまで、ざわざわしていた場が、一気に静まり返る。その場にいた全員の視線が、至道とその青年の二人に集中する。
「死ぬ前に一つ、聞いておきたいことがあるのですが……、具体的に私たちが死ぬことで、世界に何のメリットがあるのですか?」
「源田、言いたいことはわかるが、詳しいことは明かせない」
「自分の命がどのように役立つのかわからなければ、私たちは死んでも死に切れません」
二十代前半だろうか、源田といわれるその青年は少し考え込むようにして、腕を組み、目をつぶる。しばらくすると彼の眼はゆっくりと開き、まっすぐに至道の眼の中を覗き込むように彼を直視する。
「私は、信じられません。放射能の中、命を賭して任務を実行した我々だからこそ、余生を穏やかに暮らす権利くらい望んでもよいものかと」
源田の言葉に続き、後の夢現構成員も次々と彼に従う意を表明する。場は彼らの騒ぎによって再び騒然としていた。
「至道局長……」
沢木が横にいる至道に向って何か耳打ちする。それを受けて、しばらく、直立し、腕を組んで考えるようなしぐさを取る至道。
「彼らの主張は最もだ。では、彼らには、自由な余生、そして、我々からの一生分の援助を約束しよう。だが、今は、放射能汚染の伝染が気がかりだ。もう少しだけ、ここにとどまっておいてくれ」
「ありがとうございます」
至道はいたって、冷静、表情を変えないままで言う。それに対して、先程まで、真剣な表情で自らの意見を主張していた夢現構成員だったが、至道の発言を機に表情は安心を取り戻したかのように柔らかいものに戻っていた。
「では、そろそろ失礼させていただくとするよ」
至道、そしてそのあとに、沢木が続く形で部屋から出ていく。
誰もいない廊下に、彼ら二人の足音が響く。
「彼らを生かすよう取り計らってくださったのですね」
沢木は、安心したかのような表情で至道に話しかける。
「……」
至道は、無言のまま、先先と迷いなく歩き続ける。
「あの、TBMの操作室はこちらですが……」
沢木は、至道の行き先に疑問を持ったらしく問いかけてみる。至道は進めていた歩みを止め、沢木の方を振り向く。その時の至道の表情は、いつもと変わらない、いたって無表情なものだった。しかし、彼の発した言葉が、彼の真意を冷徹そのものだと感じさせた。少なくとも沢木にとって、至道の思考は、異常なものに思えたことだろう。
「私が、向かっているのは、放射線物質隔離部屋操作室だよ」
「それって……!?」
沢木は、一瞬にして悟った。至道のこれからの行動が結果として何をもたらすのかを。しかし、彼は、信じたかった、世界の平和を求める組織のリーダーを。絵に描いたような理想像だと頭では認識していたのだとしても……。




