仕掛け
至道が高速でパソコンのキーボードを打ち込んでいる。
どうやら相当長引いているみたいで、彼の額には、少し汗がにじんでいた。
「TBMの動作確認終わりました。大丈夫ですか、至道局長。少しお休みになられては?」
「沢木か、いや、これには時間的リミットが存在する。もたもたしてはいられないのだよ」
沢木の言葉にも振り向きもせず、ただひたすらパソコンの画面を見ながらキーボードを打ち込む至道。
「それもそうですね。なにせ、核兵器のシステムにハッキングを仕掛けていることですからね。気づかれる前にやらなければ終わりですもんね。では、私が代わりましょうか?」
至道の疲れ気味な表情を感じ取ったのだろう、沢木は、作業の交代を提案した。
「いや、こういう複雑な作業は単独でやったほうが、混乱を招くリスクが少ない。引き続き私がやっておく。お前は、念のため、TBMの点検、かつ、監視をしておけ。今回の計画、あれがすべてを握っているといっても過言ではない。万が一、あれが正常に作用しなければ、我々は終わりだからな」
至道は、沢木の提案を退ける。
「わかりました」
「それと、指定した場所に、夢現の人員はちゃんと配置についているか?」
「もちろんです。すでに彼らは、事態に備えて待機しています」
「うん、ご苦労。では、引き続き、作業に従事してくれ」
「はい」
沢木は、至道のいる部屋を後にする。部屋には、キーボードを打つ音だけが、カチカチと鳴り響いている。そして、その約三十分後、その音は、急に鳴りやんだ。
「ふ!」
至道が微笑する。
突然訪れたその静けさは、まさに嵐の前の静けさというべきものだった。
「おい、この騒ぎはなんだ!一体、何が起こっている‼」
「大変です! 核が、核兵器が使用されました!」
「なんだと、どこからだ!」
「それが、我が国、アメリカからです!数は無数に全世界へ、そして、ここアメリカにも!」
「なぜだ!」
「わかりません! ケルビン大統領! 今は、一刻も早くお逃げください、核シェルターへ!」
ケルビン大統領とその側近は、核シェルターへ向かう。万が一の事態に備えて、大統領の安全確保のため、ホワイトハウスのすぐ近くに核シェルターが建設されている。発射されて、残された時間はわずかであったが、彼らは、程なくして、シェルターにたどり着くことができた。
「はあ、とりあえず、助かったな。しかし、世界はどうなることやら」
ケルビン大統領は、心配そうな面持ちで先の未来を案じている。
外からは、核の爆発音だけが聞こえてくる。人々の悲鳴は、彼らそのものごと、核兵器によってかき消されていた。
「アメリカから発射されているので、世界情勢は大きく狂ってしまうでしょう。しかし、今は、この窮地を乗り切ることだけを考えましょう」
「それもそうだな。こうやって助かっていることにも感謝しないとな」
大統領は、微笑を浮かべながら護衛の肩に手をかける。
「なにが、助かっただって?」
突然と男の声が聞こえてくる。気が付けば、三人のマスクをかぶった男がシェルター内に入り込んでいた。
「貴様ら、誰だ、なぜここにいる!?」
「さあね!」
大統領の護衛は、素早く彼らに銃を向ける。しかし、男たちは、即座に、煙幕を使い、視界を曇らせる。
「外に出られないお前たちに逃げ場なんてないんだぜ?」
「う……」
「大統領、だいじょう、……」
マスクをかぶった男たちは、大統領とその護衛が、煙の中次々と倒れていく中、無傷のまま、立ち尽くしていた。
「ふう、一仕事終わったな」
プルルルル……。電話があわただしく休むことなく鳴っている。そしてその携帯に応答をしているのは沢井である。
しばらくすると、今までさんざん鳴り響いていた着信音はピタッと鳴りやんだ。
「外の方も終わったようだな」
「そのようで」
至道は、沢木に対して語り掛ける。
「現在、我々が発射した核兵器によって人類はおろか、核シェルター以外まともな建造物は残っていない。よって、ここからは、TBMを起動する。一度死に絶えた人類、文明を復活させる。沢木、ここに各国大統領の死体をここに運んでくるのにどれくらいかかる?」
「一週間あれば」
「外は、放射線まみれだが、そのくらいの期間ならば移動中に組員が死ぬことはないだろう。沢木、救出部隊を各現場に向かわせろ」
「どうしてですか、外に出て、わざわざ殺すこともないでしょ!」
会話を聞いていたのか、突然、白衣を着ている男が一人、部屋に入ってきた。無限の研究員の一人のようである。しかし、その言葉と態度からは、至道に対する不満がはっきりと表れている。その男は、至道の方に向かっていくが、途中で沢木に阻まれる。
「貴様、ここはお前の来るべき場所ではないぞ。さっさと出ていけ、扇」
沢木が扇を冷静な口調で制する。しかし、至道は、沢木に対して、穏やかな様子で諭す。
「まあいい、黙って聞いてやれ」
沢木は、その指示に従い、無言で、扇の前から退く。
至道は扇と面と向かって対峙している。そして、再び、不満をぶつけるかの如く、至道に対して大きな声で訴える。
「外は放射能で汚染されているのですよ!」
「知っているよ」
至道は、相手に安心感を与えるようなほほえみを浮かべながら、そして、何の動揺も迷いもなく堂々と答えた。それが気に食わなかったのか、扇はさらにかみつく。
「……!それなのに、移送中は死なないからいいといっても、その後必ず死ぬんですよ!? 私たち部下は、あなたたちの駒ではありません! あなたには、人間らしい情はないんですか!? 」
沢木の言葉を聞いた瞬間、今まで穏やかだった至道の表情は豹変した。それは、見るものすべてが、自分にとって無関心であることを示すかのように冷たい眼であった。
「俺に駒以外はいらん、駒になり切れないならば死ね」
バンッ! 一発の銃声が鳴り響く。銃弾は、扇の額を貫通している。即死である。
扇を殺したのちも、至道の冷徹な表情には一切の変化はなく、死体に対して、ただただ上から見下ろすように視線を送っていた。
「……片づけておきます」
沢木は、死体を処理するためにいったん部屋を後にする。
部屋には、至道と扇の動かなくなった死体だけが取り残された。
「……、はあ、私を信じてついてきさえすれば、命が途切れることはなかったものを」
その時の至道の態度は、さっきまでのそれとはまるで違った。わずかに、顔をゆがませ、死体の前で両手を合わせて、扇の死を悼んでいるようであった。そこには、躊躇なく仲間を殺す至道とは違う、別の至道が確かに存在していた。




