正義
「ふう、無事に終わったな」
「ええ、そのようですね」
研究所の出入り口の前の芝生で至道と沢木が話している。どうやらどこかから帰ってきた様子で手には仮面と黒い服とマントを持っていた。
「しかし、民衆も単純なものだな。憎むべき対象を与えてやると、すぐにそれに悪意を向けてくる」
至道はかすかに笑いながら沢木に話しかける。
「そうですね、しかし、これからが最も大変です。国を作るのは難しいことですが、それを運営し続けることの方がはるかに難儀ですから」
「分かっている。とりあえずひと段落したのだから、少しくらいは喜べよ」
沢木は真剣な面持ちでいたが、至道の言葉によって、表情がいくらか和らいだようである。
「そうそう、メリハリが重要だ。人間常に気を張ったままだと、いざというときに思う存分力が発揮できないからな」
「そうですね、では、TBMを破棄しましょうか」
「そうだな、あれを悪用する人間がいるときのことを考えれば、妥当な判断だな」
やわらかい表情で会話しながら、二人は研究所の内部に入っていく。
しばらく歩くと二人はTBMルームの前までたどり着く。沢木がカギを開けて中に入る。
「これにはずいぶん世話になった。架谷慎也にも感謝しておかないとな」
「では、電源プラグを抜き、破棄部屋まで、持っていき完全に粉々にしておきます」
「待て、私がやる、私が」
至道は沢木を制すると電源プラグの方へ歩み寄る。
「!? 電源プラグが抜かれている……」
「そんな、ここに誰か出入りしたというのですか。ありえない!」
突然の出来事に至道と沢木は焦りの色が隠せない。瞳孔は見開き、二人とも汗をかいている。
「僕だよ、それやったの」
「誰だ!」
突如、TBMの裏から出てきたのは、一人の少年であった。
「お前は……、架谷隆……! なぜ!?」
「僕のパパとママが生き返っていたのに、なんで、僕だけ生き返っていないと思ったのかな?」
隆は強気で至道の方を見ながらにやにやと時々笑みを浮かべている。
「そうか、あのTBM」の引き起こした電撃はただの異常ではなかったのか。ふふふふふ……」
「どうして、パパとママを殺したんだ!」
隆は顔を鬼のようにして至道に責め立てる。
「そうかそうか、貴様ら架谷家は意地でも私の障害となって出てくる運命なのだなー!」
「笑ってるんじゃない! 答えろ!」
「ああ、答えてやるとも」
至道は不気味な笑みを浮かべながら話し始める。
「貴様の死後、貴様の両親は廃人と化してしまってねぇ。コンピューターに君そっくりの虚像を映し出してね、それと楽しそうに生活していたよ。いやー、まさか優秀な彼らがあんなふうになってしまうとはねえ。滑稽な姿だったよ」
「パパとママを馬鹿にするなあー!」
「おっと、これはこれは失礼。あの状態ではもう利用価値はなかったからねえ」
「そうか、じゃあ、僕が敵を取る!」
隆は至道に向って敵対的な目を向け、決心したかのように言う。それを聞いた至道は大笑いをする
「ふはははh、それはそれは結構なことで。偽りの復活の次は偽りの復讐と。君は本来ここにいていい人間じゃないだよ」
至道は銃を胸ポケットから取り出し、隆に向けて銃口を向ける。
「僕は! 死は全く怖くない! 僕はもともとここにいるべき人間じゃない。でも! それはお前もだ!
至道!」
隆は大声で対抗しながら服の内部に仕込んであった複数のダイナマイトを至道に見せつけた。
「貴様……!」
至道は焦りというよりもむしろ、目の前の人間のとった行動にただただ純粋に驚いていた。
「僕は死ぬのなんかちっとも怖くない! だけどお前はどうだ!」
「小僧、ここまでやってくるとは……」
「大変です! 拘束していた政治的要人が次々と解放されていっています!」
「なんだと! すぐに実動部隊を動かせろ!」
「そ、それが、彼らにはもうすでに伝えてあるのですが……」
そう沢木が告げている途中で、突然部屋の外から大量の人数の足音が聞こえてきた。
「こっちだー! 急いで出口へ!」
ある一人の男主導で、その後を大量の人間がついていく。
「おい、沢木、これは一体……!」
「そんなことだから、お前は気づかないんだ!」
「何のことだ!?」
「部下の反逆にだ!」
「なん……だと……」
「僕は後押ししただけだ。この反逆の原動力はあくまで部下のお前に対する不信感だったんだ!」
「そうです。至道局長」
廊下からゆっくりと表れたのは白衣を着ている若い男であった。
「貴様は、五条!」
「いやー、私もですねー、さすがに葛西さんが突然消えてびっくりしちゃったものでしてねー」
五条は相手をからかうようにゆったりとした口調で至道に話す。
「首謀者は貴様か!?」
「ええ、そうですよ」
「じゃあ、後のことは頼んだぞ! 五条!」
「分かりましたよ、架谷のせがれよ」
そう言って五条は、真剣な表情の隆に希望に満ちた笑顔を向けてからすぐさま走り去っていった。
「ち、こうなった以上、また一からやり直すしかないな。してやられたよ」
不吉に笑いながら至道はそうつぶやく。
「僕は、僕とパパとママの命を奪ったお前を許さない!」
「逃げてください! 至道局長!」
「ふっ」
隆は素早くピストルを胸元から取り出し、自分の体に巻き付けてあったダイナマイトに打ち込む。
煙が晴れたとき、研究所内はほとんど更地になっており、人間の原形をとどめたものは何も残っていなかった。
銃を打ち込む寸前の最後の一瞬、隆と至道は双方ともに穏やかな表情を最後に見せ、そのまま消えた。
「あのガキ、ほんとにやりやがった。……後のことは任せておけ」
爆発音のした研究所の方を向いて、五条はかすかに笑いながらそっとつぶやいた。
その後、五条指揮のもと、各国の政治的要人の引き渡しが行われ、世界は通常通り動き始めた。
セフィロスの起こした騒動、各国の政治的要人の死亡工作の真相は、依然人々の知るところとなることはなかった。
世界はよくも悪くも元通りとなった。大きな混乱はないまでも、その火種は依然、世界各国に無数に散らばっている。本当の意味で人類に平和がもたらされる日は遠いだろう。
世界には様々な人間がいる。そして、その数だけ正義がある。たとえ、周囲がどう思おうとも、人の正義を捻じ曲げることはできない。ゆえに、世界は真に一つになることなど不可能なはずである。その世界を真に一つにすることを正義とする人間がいたとしたならば……。
これはそれぞれの人間の持つ正義の物語である。
正義の絶対的正しさ、そんなものは悲しきかな、どこにも存在しない、まやかしなのかもしれない……。




