9.シンデレラを恨まないで
ミホは鏡を覗き込んだ。そこに映っているのは間違いなくミホ。しかし、彼女はなんだか、それがまったく別の誰かであるように思えて仕方がなかった。鏡の中のミホは、髪の毛を綺麗にセットされ、薄く化粧をしていて、桜色のドレスに身を包んでいる。まるで、どこぞのお姫様のようだ。
「ミホさん。」
彼女が鏡の中のお姫様に見とれていると、コンコンというノックの音、そして扉越しにルドルフの呼ぶ声が聞こえてきた。彼女はハッとして我に返ると、いそいそと扉を開けに向った。
「そろそろ時間ですので、お迎えにあがりました。」
ルドルフは出てきたミホを見ると、優しく微笑んでそう言った。しかし、ミホは彼の顔を見ると、パッと目を背け、そしてモジモジとし始めてしまった。
「私、変じゃないですか……?」
そう尋ねながら、彼女は不安そうに視線をルドルフに戻した。そんなミホの言葉に、ルドルフは一瞬目を丸くしたが、しかし、再び笑顔を作ると彼女の手を取り、それに口付けをした。
「大丈夫、とてもお美しいですよ。ドレスも良くお似合いです……さあ、参りましょう。」
顔を紅く染めたミホの手を引いて、ルドルフはパーティ会場へ向っていった。
「ん? あ……?」
ブルボンは辺りを見回した。ついさっきまで、マグニテの衛兵達に取り囲まれていたはずなのに……人っ子一人いない。放心状態だったのであまり記憶に無いが、彼の耳には確かに、「処刑、処刑」と騒ぐ元臣下達の声が残っていた。
「だが、ここはあの世ではないようだな……助かったのか?」
なぜ助かったのかは分からなかった……しかし、現にこうして生きている。ブルボンはとりあえず、そのことを喜ぶことにした。しかしその喜びと同時に、彼はその胸の中に、めらめらと燃え上がるどす黒い感情の芽生えを感じた。
「フン、ルドルフ……あの青二才め! このブルボンにトドメを刺さなかったことを後悔させてくれるわ。」
ニヤリと笑って、彼は頭の中にルドルフを描くと、それに何十発という拳を突き入れて、ボコボコに叩きのめしてしまった。そして、それを現実のものとすべく、ブルボンは憎きルドルフがいるであろうパーティ会場に向った。
パーティ会場は華やいでいた。等間隔に並べられたテーブルには、それぞれ豪華で彩り鮮やかな料理やデザートが並んでいる。その間では、立派な衣装で着飾った紳士淑女達が、シャンパングラスを片手に談笑している。ダンスフロアも設置されており、ピアノやバイオリンの奏でる音楽に合わせて、数組の男女が優雅なステップを踏んでいた。
そんな中で、ミホは顔を真っ青にして硬直していた。目の前に広がっているのは、自分が経験したことのない世界……テレビや映画でしか見た事のなかった世界……
「ミホさん、大丈夫ですか?」
そんな彼女の様子を気にかけて、ルドルフが声をかけてきた。
「だ、大丈夫……です……」
そうは言っているが、彼女の笑顔はなんともぎこちなかった。そのあまりの緊張振りに、ルドルフは思わず苦笑いを浮かべた。
「そんなに緊張しなくても、普段通りにしていれば大丈夫ですよ。」
「はぁ、そんなもんですか?」
「『そんなもん』です。何か食べ物を取ってきましょうか? そのシャンパンも、どうぞ召し上がってください。」
まったく口の付けられていないミホのグラスを見て、ルドルフはハハッと笑いながらそう言った。
「あ、でも、私まだ未成年ですし、お酒は……」
ルドルフの言葉に、一瞬グラスを口につけたミホだったが、シャンパンが口に入る直前でそれに気がついた。その言葉を聞くと、ルドルフも「そういえば」と言って、額に手を当てた。
「これは失礼しました。」
「何から何まで、すみません……」
「いえ、良いんですよ。実は、私もあまり得意じゃないんですよ。ジュースと取り替えてもらいましょう。」
ルドルフはミホからグラスを預かると、ウェイターを呼ぼうとした。しかし、その時ちょうど、ピアノやバイオリンが奏でていたワルツが終了した。するとルドルフは、ウェイターを探していた目をダンスフロアに向け、そして何かを思い立ったのか、ミホの方に向き直って口を開いた。
「よろしかったら、一曲踊っていただけませんか?」
「えぇ!」
ルドルフの言葉を聞くと、途端にミホは首をブンブンと左右に振った。ミホはダンスなど踊ったことがないのだ。しかし、ルドルフはフッと微笑むと、ミホの手をそっと自分の手に乗せた。
「大丈夫ですよ。私がリードしますから。任せて下さい……」
ルドルフは優しくそう言った。
踊り始めたミホとルドルフ。その様子を、ブルボンは隣接したバックルームから覗っていた。
「フン、気取りおって若造が……それにしてもミホの奴、あんな奴と仲良くダンスなんぞ……非国民め!」
さてさて、どうしてくれようか……ブルボンは策を練り始めた。このまま突っ込んで、ダンスをしている二人にパイを叩きつけてやっても良いのだが、会場内にはたくさんの近衛兵がいる。そんなことをすれば、今度こそ処刑されかねない。それ以前に、ルドルフの所に到達する前に捕縛されるのがオチであろう……そんなことは、ちょっと考えれば容易に想像できた。
「あいつら、この私の顔を知っているからな……変装できれば良いのだが……」
しかし、そんなに都合良くは……と、辺りを見回した時、ブルボンは、自分のすぐ隣に怪しげな男を発見した。その男は黒いタキシードにマント、そして鉄の仮面を被っている。風変わりな男であった……
「何だ、貴様は……?」
「手品師です。これからパーティで手品を披露するのです。」
仮面の中にこもった声で、男はそう言った。しかし、そんなことはどうでも良かった。重要なことは、仮面にタキシードにマント……変装セットが見事に揃っていることだった。
「良し、お前のその服と仮面をよこせ。」
「えぇ! ダメですよ。今回は手品師としての名を売る大チャンスなんですから!」
「うるさい、黙れ! 手品なんぞ、私が代わりにやっといてやる!」
そう言うと、ブルボンは抵抗する手品師を殴りつけて気絶させた。そして、衣装と仮面を引き剥がすと、それを身にまとってパーティ会場に潜入した。近衛兵達も、ルドルフの側近達も、誰も気がついていない。ブルボンは、しめしめとほくそ笑んだ。あくまでただの手品師を装い、さりげなく会場内を進んでいく。そして、彼は遂に、二人のシャンパングラスが置いてあるテーブルまで辿り着いた。
仮面越しにダンスフロアの様子を覗う……ミホとルドルフはダンスに夢中。互いに、うっとりした表情で見詰め合っている。
「フン、せいぜい楽しんでおくことだな……」
ブルボンはそう言ってニヤリと笑うと、厨房からくすねてきたそれを懐から取り出した。調味料のボトルである。パッケージには「激辛唐辛子エキス配合『からすぎくん』」と書かれている。
「こいつを奴らのシャンパンに混ぜてやる……地獄の苦しみを味わうが良いわ。クックック……」
ブルボンは『からすぎくん』を二人のシャンパンに混ぜ込むと、笑い声を押し殺しながらバックルームに戻っていった。
そして、また一曲、ワルツが終わった。何も知らないミホとルドルフはダンスフロアから戻ってきた。
「何度も足踏んじゃって、すみません。」
「気にしないでください。いや〜、でも、踊ったら喉が渇きましたね。」
ルドルフは二つのシャンパングラスを手に取り、そのうち一つをミホに渡そうとした。
「おっと! そう言えば、ジュースに替えてもらうんでしたね。」
しかし、ミホの顔を見てルドルフはそれを思い出した。彼はウェイターを呼びつけると、シャンパンを下げてジュースを持ってくるよう指示した。
「ハーハッハッハッハッ! クズどもめ、今頃ヒーヒー言っているだろうか? ハッハッハッ!」
あまりにもうまくいったこと、そして、悶絶している二人の姿を想像したことで、ブルボンは笑いが止まらなかった。
「ヒッヒッヒッヒッヒッ……はぁ〜、笑ったら喉が渇いてしまったな……」
笑いすぎて痛む脇腹を押さえながら、ブルボンは、何か飲み物はないかと探した。すると、会場からウェイターが一人、バックルームに帰ってきた。手に持ったトレーの上には、シャンパンが二つ乗っている。ブルボンはそれを見ると、ウェイターに尋ねた。
「おい、そのシャンパンは余りか?」
「えぇ、ジュースの方が良いらしくて……」
そう言えば、シャンパンなど久しく飲んでいない……ブルボンは、マグニテ帝国を追われてからの日々を思い返した。喉もちょうど渇いていることなので、ブルボンはそのシャンパンをもらうことにした。
「ちょっと、ダメですよ!」
「黙れ。どうせ余りなんだろ? ケチ臭いことを言うな。」
困った顔のウェイターを無視して、ブルボンはシャンパンを奪い取ると、それを一気に口の中に流し込んだ……
「辛いッ!」
続く
ってことで第9話でした。
なんか、最近めちゃくちゃ寒いんですが……
風邪をひいてしまいそうです。
小説書いてる時もガタガタです。
ってことで温かいものでも飲もうとお湯を沸かしたら
今度はそのお湯手にこぼして火傷しました ・゜・(つД`)・゜・
今、めちゃくちゃ手が痛いです^^;
呪われたのかな……
風邪と火傷には要注意ってことで
次回をお楽しみに……