7.下衆の好むレストラン
「美味いな・・・・・・」
ナイフとフォークを巧みに操りながら、ブルボンはニヤリと笑った。ステーキ、サラダ、オムレツ、スープ・・・・・・目の前では美味しそうな料理達が、真っ白なテーブルクロスの上を彩っている。
「貴様もこれぐらいの物を毎日作れ。」
「無理ですよ・・・・・・私はプロの料理人じゃないんですからね。」
ミホはそう言いながら、フォークの先で踊っている肉を口に運んだ。やはりプロの業は違う・・・・・・
ミホの街から、電車で片道四十分の所にある都市『オオクス市』。二人は今日、その一角にある洋食店に来ていた。ことの発端はブルボン・・・・・・「貴様の陳腐な料理は飽きた」などと、わがままを言いだしたのだ。そこで、ミホが提案したのがこの洋食店『サドラーズ・ウェルズ』である。十六歳の頃から西方諸国の料理を勉強して来たオーナーが、その持てる技術を全て注いで作り上げたメニューを、リーズナブルな値段で楽しめるとあって人気の店である。皇帝だったブルボンの舌を納得させ、かつ負債を抱えた家計にダメージを与えずに済む店はそこしかない・・・・・・そう言う訳で、二人はサドラーズ・ウェルズに夕食を食べにやって来たのである。
「フン、下衆どもに人気の店にしては、なかなかの味だったな・・・・・・気に入った。」
「そうですね。また来ましょう。」
食後に出されたコーヒーのカップを置くと、二人はお腹をさすって笑いながら席を立った。そして、伝票を持って会計に向うと、笑顔の店員がレジを操作して金額を告げた。
「あれ・・・・・・」
しかし、財布を開いた瞬間、ミホの顔は凍りついた。金が足りない・・・・・・昨日確認した時は、確かいくらかの余裕があったはずなのに・・・・・・「まさか」と思い、ミホはブルボンを見た。
「うむ、昨日『ゲーセン』とやらで、少々遊戯を興じたからな。貴様から資金を拝借したのだ。」
「なに勝手に人のお金使ってるんですか!」
「うるさい奴だな・・・・・・ここに来る前に財布を確認しなかったお前が悪いんだろうが。」
「もう、勝手なことばっかり言って・・・・・・銀行に行ってきますから、ここにいて下さいね?」
ミホはそう言って、苦笑いする店員に頭を下げると、そそくさと銀行に向った。
銀行の前までやって来たは良いが、そこには人の壁が出来上がっていた。銀行に入りたいのに、何事だろうか? もみくちゃにされながらも、ミホは押し寄せる人の山を掻き分けて突き進んだ。そして、ようやくそれを抜けだすと、ミホの前に驚くべき光景が現れた。
「銃を捨てて、大人しく投降しろ!」
「馬鹿め、この人質がどうなっても良いのか?」
たくさんの警察官達と、女性に拳銃を突き付ける覆面男が対峙している。とてもじゃないが金をおろせる雰囲気ではない。ミホは仕方なくコンビニのATMを使うことにした・・・・・・しかし、やっとATMを設置しているコンビニを発見し、入ろうと思った時だった。突然、ミホを突き飛ばすようにして、数人の男達がコンビニに駆け込んだ。
「我々はコンビニ強盗団『マンハッタンカフェ』だ。この店のレジ、金庫、ATM、全ての現金を差し出してもらおう・・・・・・」
そう言って男達は銃を取り出した。
「この街、強盗多すぎ・・・・・・」
ミホは泣く泣くサドラーズ・ウェルズに戻ることにした。
「そうですか、お支払いができないと・・・・・・」
「はい・・・・・・すみません・・・・・・」
店に戻ると、オーナーがミホを出迎えた。オーナーは事情を聞くと、口ひげの生えた顔に優しそうな笑顔を作った。
「では、いかがでしょう? 料金の分、皿洗いをしていただくと言うことでは?」
「うむ、それが良い。しっかり励めよ、ミホ。」
ブルボンはミホの肩をポンと叩いてそう言うと、そのまま店を出ようとした。しかし、オーナーはそんなブルボンの腕を掴むと人差し指を左右に振りながら、舌でチッチッと音を立てた。
「皿洗いはお二人でお願いします。」
「何だと? 私はブルボン帝国皇帝、シャレー・ブルボン五世だぞ? 皿洗いなんぞ出来るか!」
そう言って、ブルボンはオーナーの腕を払いのけると、そのまま出口に向ってズンズンと突き進んだ。それを見て「やれやれ」と溜息をつくと、オーナーは右手で指をパチンと鳴らした。すると、それを聞きつけて、店の奥から坊主頭の男とドレッドヘアの男・・・・・・二人の黒人が出てきた。二人とも二メートルはあろうかという大男で、黒いスーツとサングラスでビシッと決めている。
「お連れ様だけ置いて食い逃げとは・・・・・・エルコ、ウンドル、懲らしめて差し上げなさい!」
オーナーが指示すると、まず坊主頭のエルコが飛び出した。エルコはバンッと地面を蹴って飛び上がる。そして、そのままブルボンを飛び越して、その目の前に立ち塞がった。
「何だ貴様は?」
「クイニゲ、ヨクナーイ!」
エルコはそう言うと、ブルボンに強烈なキックをお見舞いした。「ぐえっ!」とうめき声を上げて、ブルボンは後に吹き飛ばされる。
「クイニゲ、ヨクナーイ!」
吹き飛ばされてきた体をキャッチしたのは、ドレッドヘアのウンドルだった。ウンドルはブルボンの服をぐいっと掴むと、そのまま背負い投げを仕掛けてブルボンを地面に叩きつけた。
「クイニゲ、ヨクナーイ!」
エルコもそこに合流し、二人で再度同じことを言う。それから二人は、目を回しているブルボンの体を抱え上げると、そのまま厨房へ連行していった。
結局、ミホとブルボンは二人で皿洗いをすることになった。二人に与えられたノルマは一人五十枚。スポンジに洗剤を染みこませると、ミホはせっせと皿を洗い始めた。いつも家でやっていることなので、十枚・・・・・・二十枚・・・・・・と、あっと言う間に皿を磨き上げていった。しかし、ブルボンはそうもいかなかった。皇帝という地位にあった上、幼少から甘やかされて育ったので、皿洗いをするのは今日が初めてだった。
「全然終わってないじゃないですか・・・・・・」
ミホのノルマは後少し。しかし、隣のブルボンはまだ八枚しか洗い終わっていなかった。
「うるさい奴だな・・・・・・結構難しいんだよ。」
「全然難しくないですよ! もう・・・・・・ちょっと見ててください。」
ミホはお手本を示しながら、ブルボンのトロくさい作業にダメ出しを始めた。ブルボンは、時折舌打ちをしながらそれを聞いていたが、それでも効果はあったのか、ブルボンの作業スピードはみるみる上がっていった。
「まったく、この皇帝が『皿洗い』如きにてこずらせられるとはな・・・・・・」
「日頃やってないからですよ。これに懲りて、今度から少しはお手伝いしてくださいね。」
「フン! 誰がするか!」
ブルボンは鼻で笑ってそう言った。しかし、ミホにはそれがいつものブルボンではないように感じられた。ブルボンの眼光はいつもと違い、どことなく弱々しい・・・・・・それに、背中を丸めて目の前の皿と格闘するその姿は、いつも威張り散らしているそれよりもかなり小さく見える・・・・・・そう、今までで一番小さく・・・・・・ミホはそう感じた。
「少しは庶民の苦労も分かりましたか?」
ブルボンに問いかけながら、ミホはクスッと笑った。
「誰が・・・・・・って、おい。」
そしてブルボンの返答を聞かないまま、ミホは彼のノルマから半分ほど皿を取り上げて、それを自分の方の流し台に移した。
「さっさと終わらせて帰りましょう。」
そう言って笑うと、ミホは皿を洗い始めた。ブルボンは、そんなミホをしばらく不思議そうに眺めていたが、自分も早くノルマを済ませてしまおうと、何も言わずに作業を再開した。そして、それから十分ほど経った頃、二人は全ての皿を洗い終えた。すると、調度その時、オーナーが二人の様子を見るためにやって来た。
「終わったようですな。お二人ともお疲れ様でした・・・・・・」
そう言ってニッコリ笑うと、オーナーは二人のためにコーヒーを淹れた。二人は椅子に座ってホッと溜息をつくと、コーヒーカップを受け取った。
「一仕事終えた後のコーヒーもなかなか美味いな。」
「家でもお手伝いしてくれたら、コーヒーぐらい出しますよ?」
「やっぱり、何もしてない時に飲むコーヒーの方が美味いな・・・・・・」
「何ですか、それ・・・・・・」
二人はフッと笑って、またコーヒーを一口飲んだ。しかし、そんな二人の横で、オーナーはジロジロと二人の洗った皿を見ていた。ブルボンの洗った皿と・・・・・・ミホの洗った皿・・・・・・それを交互に見比べると、オーナーはあることに気がついた。
「ミホ殿の洗った皿よりブルボン殿の洗った皿の方が少ないのですが・・・・・・」
「あぁ、それは・・・・・・」
それは、ブルボンの方からミホが善意で取って洗った分・・・・・・しかし、ミホがそう説明する前に、オーナーの右手の指は打ち鳴らされていた。再びエルコとウンドルがやって来る・・・・・・
「自分のノルマを人に押し付けるなど言語道断! エルコ、ウンドル、懲らしめて差し上げなさい!」
「ま、待て! これは誤解だ!」
弁明しようとするブルボンだったが時すでに遅し・・・・・・エルコとウンドルはブルボンに襲いかかった。
「イジメ、カッコワルーイ!」
「カッコワルーイ!」
「ぎゃあああー!」
その悲鳴を聞きながら、ミホは初めてブルボンに対して「申し訳ない」と言う気持ちを抱いた・・・・・・
続く
7話でした。
すっかりお正月ボケも治った今日この頃・・・
どうでしょう?
正月が終わって一段落ってところなのに節分とバレンタイン。
日本ってどんだけイベント好きなんでしょうか?
まぁ、一人暮らしで恋人もいない私には関係ないですけどね・・・
小説のネタにはなりますけど^^;
とりあえず、節分が先ですか?
鬼は外! 福は内!
鬱は外! ネタは内!
ってことでがんばりたいですね。