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6.あの子がいた幽霊屋敷

 日が西に傾き始めた午後の街の中を、ミホとブルボンは並んで歩いていた。二人は、ミホのアルバイト……例の如く、ブルボンによる強制労働の帰りである。ブルボンはフフッとほくそ笑むと、懐から報酬の入った封筒を取り出して、その中身を数えようとした。しかし、その時だった。物陰から、突然男の子が飛び出してきたかと思うと、彼はブルボンから封筒を奪いとって走り去ってしまった。

「あの小僧! 追いかけるぞミホ!」

 せっかくの報酬を奪われては堪らない……二人は慌てて、男の子を追いかけた。彼が曲がったのと同じ角を、二人も曲がる。するとそこには、真っ直ぐに伸びる美しいイチョウの並木道が姿を現した。そして、その先には走る男の子の姿が見える。二人は腕を一杯に振って、その背中を追いかけた。しかし、この男の子がなかなか速い。二人が一生懸命追いかけても、追いつくことができなかった。

「くそっ……絶対に逃がすなよミホ……」

「陛下、情けないですよ!」

 ブルボン、途中棄権……息が上がってしまった彼の代わりに、ミホは必死に男の子を追いかけた。しかし、並木道の先に、ぽつんと建っている屋敷の前まで来た時だった。男の子は何を思ったのか、突然ピタッと立ち止まってミホの方を振り返った。ミホは彼の所まで辿り着くと、額や首筋の汗を手で拭ってから男の子を見た。年の頃、七・八歳と言ったところだろうか? こんな子供が、何のためにお金を盗ったのだろうか?

「返して欲しい?」

 ミホが、息を整えながら考え込んでいると、男の子は突然そう尋ねてきた。

「返して欲しいの?」

「うん、それはお姉ちゃんの大切なお金なの。良い子だから返して。」

 ミホは、できる限り優しい口調で男の子に言った。すると、男の子はニッと笑うと、封筒を握った手を背中の方にまわし、胸を張るようにしてから再び口を開いた。

「良いよ。でもその代わり、僕のお願いを聞いてよ。」

「お願い?」

 どうやら、彼が封筒を奪ったのは金のためではなく、「『お願い』を聞いて欲しかったから」であるようだ……ミホは、男の子に目線を合わせるようにしゃがみ込むと、お願いの内容を尋ねた。すると、男の子は目の前にある古びた屋敷を見た。立派な屋敷だが、外壁にはツタが伸び放題で、それに、所々崩れかかっている。窓ガラスにもヒビが入っているし、人の気配もまったく無い。どうやら廃墟らしいその屋敷をしばらく眺めると、男の子は突然、胸の前で両手をだらりと垂らしてミホを見た。

「ここ……出るんだよ……」

「出るって……何が?」

「決まってるじゃん。幽霊だよ……」

 彼は低い声で、ミホを脅かすように言った。

「何が幽霊だ、馬鹿馬鹿しい!」

 その時、遅れてブルボンもやって来た。ブルボンは、屋敷を眺めながらそう吐き捨てると、男の子の胸倉を掴んでぐいっと持ち上げた。

「ごちゃごちゃ言ってないで、私の金を返すんだ!」

「まあまあ、相手は子供じゃないですか……それで、その幽霊がどうかしたの?」

 ブルボンから男の子を取り上げて、地面に下ろしてやると、ミホは話を続けるように言った。しかし、男の子は急にシュンとしてしまい、そして、哀しげな瞳で屋敷を見つめると、その重い口を開いた。

「ここには、この間まで僕の友達が住んでいたんだ……」

 男の子の話では、その子の名前はセイコと言って、重い病気のせいで外で遊ぶことができず、屋敷に遊びに来るこの男の子が唯一の遊び相手だったそうだ。しかし、そんなある日、屋敷に異変が起こった。

「突然、悪い幽霊がやって来て、セイコちゃんと家の人達をどこかに隠しちゃったんだ。そして、あの家を自分の物にして住みついてるんだよ。」

「嘘臭い話だな……」

「それで、私達にどうして欲しいの?」

「僕はセイコちゃんに会いたいんだ! お願いだよお姉ちゃん。悪い幽霊をやっつけてよ!」

 男の子はミホの服の裾を引っ張りながら、すがるように言った。しかし、ミホは困ってしまった。「やっつけてくれ」と言われても、ミホはエクソシストでも、陰陽師でもないのだ……「どうしたものか」と、ミホはブルボンを見た。すると、ブルボンはフフンと鼻で笑い、門をくぐると屋敷に向って歩き始めた。

「馬鹿め、このブルボンがそんな戯言を信じると思ったか? そいつの妄想に過ぎん! 中を見てきて、何も無かったら、大人しく金を返せよ、小僧。」

 そう言って、ブルボンは扉を開き、屋敷の中へ消えていった……と、思いきや、一分としないうちに、ブルボンは顔を真っ青にしながら外に出てきた。

「帰るぞ……」

 どうやら『何か』見たらしい……ミホは急に恐くなってしまい、男の子を見た。しかし、男の子は目に涙を浮かべて、ミホを見てくる。「恐いから嫌だ」とは言えそうにない……ミホは意を決して屋敷に向うことにした。しかし、ブルボンは大反対である。ミホの腕を掴むと、彼女を引っ張ってイチョウ並木を引き返そうとした。

「何だよ! 大人だろ!」

 そんなブルボンの前で、両手を広げて『通せんぼ』をしながら男の子は言った。しかし、ブルボンは歩みを止めない。

「霊能力者に頼めばよかろう! 我々を巻き込むな!」

「お金返してやんないぞ!」

 どうしても帰ろうとするブルボンに向って、男の子は封筒を掲げながら言った。忘れていた……ブルボンはピタッと足を止めて、封筒を取り返さねばと、男の子の方を見た。しかし、男の子はそうはさせじと、封筒をポケットにしまい、近くにあったイチョウの木を、天辺までするすると登っていってしまった。

「幽霊をやっつけてくれたら、返してやる!」

 男の子はそう言って木にしがみついた。下りてくるよう言っても、頑として首を横に振るばかり。どうやら、幽霊屋敷に行かざるを得ないらしい……二人は溜息をついた。


 中は薄暗かった。扉や窓から差し込む光のおかげで、何も見えないということは無かったが、その微妙な明るさ加減が余計に二人の恐怖を煽った。さっさと終わらせて出よう……そう考えると、ミホはブルボンを見た。

「さっき、幽霊見たんですよね? どこにいたんですか?」

「あそこだ……あの部屋の中にいたぞ。」

 ミホの背中にピッタリとくっついたまま、ブルボンは右前方にある扉を指差した。扉はほんの少しだけ開いていて、まるで二人を手招きしているかのようだった。ゴクリと生唾を飲んで、ミホはドアノブを握った。

「お邪魔しまーす……」

 恐る恐る扉を開くと、目に入ったのは大きな長テーブルとたくさんの椅子。食堂のようだ……ミホは、暗い部屋の中を見渡した。するとその時、ミホはテーブルの陰にソレを見つけた。

「いたぞミホ! あれだ!」

 ブルボンは、ミホの肩を掴んだ手に、ギュッと力を入れながら言った。すると、向こうもこちらに気がついたのか、フラリと立ち上がり、こちらに向ってゆっくりと歩いてきた。顔が隠れるほど長い髪を垂らし、白い服の裾を、引きずりながら……

「臨兵闘者皆陣列在前!」

 ミホは気合を入れると、九字を切った。しかし、ソレは歩みを止めることなく、依然二人に近付いてくる。

「効いてないじゃないか!」

「おかしいな、テレビではこれで消えてたのに……」

 そうこうしているうちに、ソレはもう、二人に数歩の所まで迫ってきていた。

「悪霊退散! 南無妙法蓮華経! アーメン! 消えませぇん〜……」

「この役立たずめ!」

 チッと舌打ちをすると、ブルボンはミホを突き飛ばした。そして踵を返すと部屋を飛び出し、一目散に逃げ出してしまった。

「そいつは生贄だ! 私の代わりに、そいつを呪ってくれ!」

「へ、陛下! 待って、置いていかないで〜!」

 自分も逃げなくては! ミホは急いでその場から立ち去ろうとした。しかし、腰が抜けてしまって動けない。「動け!」と必死に力を入れてみるが、脚はまったく言うことを聞かない。そして、そうこうしているうちに、気がつくと、ソレはもうミホの目の前に立っていた。髪の隙間から覗く生気の無い眼でミホを見つめながら、スー……と、腕を伸ばしてくる。

「きゃああああああああああッ!」

「叫ばないでよ……大丈夫?」

 思ってもみなかった言葉がかけられた。ハッとして見ると、ソレは、顔にかかった髪の毛をさっとかき上げて後の方で結び、青白くやせ細った顔に笑顔を作って見せた。

「に、人間……?」

「あぁ、僕はホラー作家のタニノチ・カラスって言う者だよ。」

 姿格好は幽霊にしか見えないが、しかし、ミホを抱き起こしたその手は確かに温かかった。

「何でそんな格好を?」

「うん、面白いホラー小説を書くために、まず、自分が幽霊になってみようかな〜なんて思ってね。そしたら、ちょうど幽霊屋敷みたいな空家を見つけたもんだから、引っ越してきたって訳さ。たまに勝手に入ってくる人達を脅かしたりして、生活してるよ。」

「人騒がせな……」

 ミホはハァ〜っと溜息をついた。しかし、そうなると、あの男の子が言っていた話は何だったのだろうか? 前に住んでいたセイコちゃんとその家族は? ミホは気になって、タニノチに聞いてみた。

「それはおかしいな。不動産屋の話だと、前の人が住んでいたのは十年も前ことらしいけど……その男の子って、何歳なの?」

「え?」

 いよいよ話がおかしくなってきた。ミホはとりあえず、男の子に話を聞いてみようと屋敷の外に出た。しかし、そこにいたのは封筒を持ったブルボンだけ……ブルボンが言うには、出てきた時にはもう、封筒だけ残していなくなっていたそうだ。

「まあ、金さえ置いていけば、文句はないがな。ほれミホ、もう帰るぞ。」

 イタズラ……? ミホは釈然としなかったが、仕方なく帰ることにした。


 そんなことがあってから、何日もして、ミホの記憶からもそのことが消えようとしていたある日、ミホは街で妙な噂話を耳にした。イチョウ並木の道の先に、ぽつんと建っている屋敷の話である。

 その家には女の子が住んでいた。女の子は重い心臓病で、外で遊ぶこともできず、友達もいなかった。そんなある日、女の子は屋敷の庭に迷い込んだ男の子と仲良しになった。男の子はそれから毎日のように女の子の元を訪れ、二人でいっしょに遊んだ。しかし、ある時突然、男の子が来なくなってしまった。風邪でも引いたのか? 大きな怪我でもしたのか? 女の子は心配したが、それでも男の子は来なかった。結局、それから一週間後、女の子は心臓移植を受けるため外国に引っ越すことになってしまった。

 男の子の方はどうしていたのか? 実は、女の子の家に行く途中で交通事故に遭い、そのまま亡くなっていたのである。だから今でも、あのイチョウ並木の道では、男の子の霊が、その女の子を探して彷徨っているのだと言う……



続く




恐ッ!


いや、皆さんは恐くなかったかもしれませんが

部屋で一人この小説を書いていた私の身にもなって下さいよ。

時々後に気配が・・・


((((;゜Д゜)))


恐ッ!

霊感無くても恐いもんは恐いです。

そして冬なので冷房は要りません!


幽霊さん!


ノーサンキュー!


ってことで7話に続くのです。


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