4.恨みはらさでおくべきか!
ハァハァ……と、ミホは膝に手をあてて息を切らしながら、後の様子をうかがった。追っ手は無い。彼女は額の汗を手の甲で拭うと、近くにあったベンチに腰掛けた。なぜ、彼女はこんなに汗だくになっているのか?
話は一時間前のこと。ミホは家でボーっとテレビを見ていた。するとそこへ、慌しくブルボンがやって来た。
「ミホ、これを見ろ!」
彼は、ミホの目の前に一枚のチラシを叩きつけた。興奮した様子のブルボンを横目にしつつ、彼女はチラシに目を落とした。見ると、それは求人広告だった。そう、求人広告だったのだが……
「貴様の新しい強制労働先として見つけてきたのだ。見ろ、日給五万超だぞ! こんなうまい仕事が、他にあるか?」
「陛下……これ、絶対怪しげなバイトですよ。」
日給五万と言うぐらいだ。大体、どんな仕事なのか想像がつく……ミホはチラシをくしゃくしゃに丸めると、ゴミ箱に向って放り投げた。
「何だ? 何が不満だと言うのだ?」
「あんなの、どうせ風俗とかですよ。お金は欲しいですけど、体を売る気はないですよ。」
「馬鹿な、その貧相な体が金になるのだぞ? 結構なことじゃないか。」
「どうせぺチャパイですよ……」
ブルボンの言葉にムカッと来つつも、ミホは手をヒラヒラと振って、『NO』の意思を表明した。しかし、ブルボンとしては引き下がる訳にはいかない。せっかく見つけた金の種。今後の帝国の繁栄のためにも、なんとしても彼女に働いてもらわないといけない……そう考えたブルボンは、強行手段に出ることにした。彼はミホの服の後襟を掴むと、そのまま、ずるずると彼女を引きずりながら家を出た。
「これは『強制労働』だしな。貴様の意思は無視することにしよう。」
「なに、勝手なこと言ってるんですか〜!」
「冗談じゃない」と、ミホはブルボンを突き飛ばした。しかし、その拍子にブルボンの体は前のめりに倒れ、そのまま顔から地面に突っ込んでしまった。ちょっとやり過ぎたか? そう思って、ミホが心配そうに近付いた時だった。ブルボンは物凄い勢いで起き上がると、目を血走らせながらミホの腕を掴んだ。
「働いてもらうぞ、絶対に!」
「いやッ!」
ミホは再びブルボンを突き飛ばすと、走り出した……
そう言う訳で、ミホはブルボンから逃げているのである。疲れた……と、ミホはベンチの背もたれに体を預けた。
「そこにいたか!」
しかし、追っ手に見つかってしまったようである。ミホはベンチから体を起すと、再び走り始めた。
「体は嫌です〜!」
逃げるミホ。しかし、ベンチで休んでいたのが悪かった。温まっていない体は予想以上に重く、スピードが出ない。そして、そうこうしているうちに、すぐ後までブルボンが迫ってきていた。
「捕まえたぞ!」
そう言って、腕を伸ばしてくるブルボン。しかし、「捕まる!」と、ミホが体を強張らせながら目を閉じたその時だった。ヒュッと風が頬を撫でたかと思うと、次の瞬間、ゴシッと言う鈍い音が響いた。何かと思って目を開けてみると、すぐそこまで来ていたはずのブルボンが、数メートル先の地面に横たわっている。そして彼女の隣には、プラチナ色のアーマーを身に付けた謎の男が立っていた。
「正義の……味方……?」
良く分からないが、格好から判断するに、男はその類の人間らしい……そうミホが唖然としてると、倒れていたブルボンがフラフラと立ち上がった。
「貴様ぁ、何者だ!」
ブルボンが聞くと、男はミホに「下がっていろ」と腕で促しつつ、口を開いた。
「私は銀河治安維持機構の調査官18351890号、コード『TM』。お前の行為は、『婦女子略取の罪』に該当する。即刻中止しろ!」
「何だと? 貴様、このブルボン帝国皇帝、シャレー・ブルボン五世に指図する気か!」
殴られたことで、完全に頭に血がのぼったブルボン。近くにあった鉄パイプを拾うと、それを両手で思い切り振り上げながらTMに襲いかかった。しかし、TMはまったく怯む様子を見せない。それどころか、逆に、腕から青白く輝く光線を発射する。光線が命中すると、ブルボンは岩のように固まってしまった。
「な、何だ? 体が、動かん……!」
「公務執行妨害もプラスだ。これより刑を執行する。」
TMはそう言って、動けなくなったブルボンを持ち上げると、そのまま近くにあったゴミ箱に、頭から放り込んでしまった。
「うげぇっ、臭ッ! 生ゴミだ……出してぇ〜!」
「ダメだ、そこで頭を冷やしていろ。」
ポリバケツから足だけを出して、犬神家状態になっているブルボン。TMはそれを確認すると、そのまま空の彼方へ飛び去っていった。
「くそ、まだちょっと、臭いが残っているじゃないか……」
バスタオルで体を拭き終えると、ブルボンは鼻をひくひくさせながら顔をしかめた。
「災難でしたね。」
「元はと言えば貴様のせいだろう! まったく……」
消臭スプレーをかけてくるミホをにらみつけながら言うと、ブルボンは服を着つつ舌打ちをした。
「おのれ、あの男……TMとか言ったか? この皇帝を、こんな目に遭わせおって……」
「仕方ないですよ。私に変な仕事をさせようとした、陛下の自業自得じゃないですか。」
「黙れ! どんな理由があろうと、皇帝を生ゴミの中に放り込んで良い道理などあるものか!」
大声で怒鳴りながら、ブルボンは隣にあった椅子をガンッと蹴飛ばした。
「今度会ったら、皇帝の恐ろしさを教えてやる!」
「やめときましょうよ……あの人すごく強かったですし、また、生ゴミの中に放り込まれますよ?」
「ん? むぅ……確かにそうだが……」
ミホの言う通り、このまま正面から挑んだところで、同じ結果に終わることは目に見えている。しかし、このまま黙って改心できるほど、ブルボンは人として出来上がってはいなかった。何としても復讐を! しかし、自分では無理……考えた末に、ブルボンが行きついた結論……
「良し! 腕の立つ奴を雇って、そいつにやらせよう!」
「そんな他力本願な……」
そう言う訳で三日後、ミホとブルボンは再び街にやって来た。TMに復讐するために……
「あの、陛下……その人、誰ですか?」
ミホは、あまり聞きたくなかったが、聞いてみた。ブルボンの隣に立つ、見知らぬ男。傷のあるタラコ唇、不細工に潰れた鼻、そして金色に染められた短髪。まず、まっとうな人間ではないであろうその男は、サングラスを少し下げて、ギロリとミホの方を見た。
「あのTMとか言う男を始末してもらうために雇った、ドトウ先生だ。」
「そう言うことだ。ま、仲良くしようや、お嬢ちゃん。」
ドトウはそう言うとペッと唾を吐き、そして、右手でカチャカチャとバタフライナイフを弄び始めた。お友達にはなれそうにない……ミホはただ、唖然としながらそれを見ていた。
「で、その何とかって野郎は、いつ頃現れるんだよ?」
「ん? えっと……おいミホ、あいつはいつ頃現れるんだ?」
「え? 知りませんよそんなこと……」
「何だぁ? 現れるかも分からねぇのに待ち伏せかよ……じゃあ、そいつの家は?」
ドトウは呆れた表情を見せながら、少しイラついた感じの口調で再び質問してきた。
「ほれ、ミホ! 先生の質問にさっさと答えろ!」
「えぇ? 知りませんって……」
「てめぇら……俺を馬鹿にしてんなら、その辺にしとけよ?」
このドトウと言う男は相当気が短いらしい。彼は弄っていたナイフを握り締めると、その切先をブルボンとミホの方に向けた。
「お、おい、ミホ……先生がお怒りだ。さっさとあいつを連れて来い!」
「し、知りませんって……!」
「死にたいらしいな……」
遂にドトウの目が本気になった。ナイフをベロリと舐めると、ブルボンとミホの方にジリジリと歩み寄ってくる。あまりの恐怖に、二人は互いの体にしがみ付いてガタガタと振るえた。
「すみません……い、命だけは……」
「た、助けてーッ!」
ドトウがもう目の前までやってきた。「絶対に死んだ!」と、思ったのだが、数秒経っても、ミホの体には何の異変も起こらなかった。どうしたのか? 不思議に思って目を開けると、そこにはプラチナ色に輝く背中があった。
「何だてめぇは?」
「私は銀河治安維持機構の調査官18351890号、コード『TM』。お前がしようとしている行為は、『L3殺傷ツール対人使用の罪』に該当する。即刻中止しろ!」
「なんだと? この野郎、舐めやがって!」
額に血管を浮き上がらせながら、ドトウはナイフをTMのわき腹に突き立てた。しかし、ドトウがいくら力を込めても、ナイフの刃はアーマーに阻まれてしまい、TMの体には突き刺さらない。その隙に、TMはドトウの腕を掴んで捻り上げると、拳で彼の左頬を殴りつけた。
「はぎょッ!」
奇声と共に、歯が数本飛び出した。しかし、TMは手を緩めない。今度はドトウの頭を持って、その顔をブロック塀に押し当てた。
「これより、刑を執行する。『ザラザラの壁で、ジョリジョリの刑』だ。」
「ぎゃあああああああああああああ!」
ザリザリ……ガリ……という嫌な音と、ドトウの悲鳴が響き渡る。それが数秒ほど続いた後、ようやくTMは、顔面が血まみれになったドトウを開放した。そして、その様子を見ていたブルボンとミホは安堵の溜息を漏らした。
「死なずに済みましたね……」
「うむ……」
ミホの言葉に頷くと、ブルボンは何を思ったか立ち上がり、そしてTMの所まで行くと、そのプラチナ色の肩をポンポンと叩いて、照れ臭そうに口を開いた。
「礼を言うぞ、助かった……」
「む! お前はこの間、女を襲っていた奴! さては、この男の仲間だな!」
「へ……? いや、違……」
「違う!」と言おうとしたが、遅かった。TMの拳は綺麗にブルボンの左頬を捉えた。
「はぎょッ!」
ブルボンの体は勢い良く吹っ飛ばされ、空中に放物線を描いた末にゴミ捨て場に墜落した。ゴミに埋もれて、犬神家状態のブルボン。しかし、元々彼はTMに復讐しようとしていたのだから、自業自得とも言える……ミホは呆れて溜息をつきつつ立ち上がると、TMの元に歩み寄った。
「うちの陛下がご迷惑をおかけして、本当にすみませんでした。」
そう言って、ミホは頭を下げた。深々と……そんな彼女の肩にポンと手を置くと、TMは優しくミホの体を起した。
「お前も奴らの仲間か! この悪党め!」
「はぎょッ!」
何で私まで……
鼻血を噴き出しながら、ミホは綺麗な放物線を描いてゴミ捨て場に墜落した……
続く
あ・・・ありのまま、今起こったことを話すぜ!
『ミホとTMが恋に落ちるラストを書こうと思ったら
いつの間にかミホがTMにぶん殴られていた』
何を言ってるかわからねーと思うが、俺も何が起こったのか分からなかった。
頭がどうにかなりそうだった・・・
『寝ぼけてた』とか『気が変わった』とかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ・・・
ってことで
次回は5話です。