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26.幼女襲来

 それは、ミホが外で洗濯物を干していた時のことだった。ザーっと地面を滑るタイヤの音を、彼女は耳にした。ミホの家に続く道は、ミホの家にしか続いていない。つまり、その道を車が走っていると言うことは、その車はミホの家に用事があるか、道を間違えたか、そのどちらかということになる。果たして、その車を運転する人物はどちらなのか? 洗濯物を干す手を止めてミホが見ていると、ついにその車は彼女の目の前までやって来た。

「よっ! 久しぶりだね」

 車から降りてきた女は、タバコの煙を一吹きしながら言った。

「ヒサエさん! 依頼料は完済したと思いましたけど……」

「ははっ! そうだね、ちゃんと頂いたよ……いやね、今日はそのことじゃないんだよ。実は折り入って頼みたいことがあってね」

「頼みたいこと、ですか?」

「あぁ……」

 ヒサエはまたタバコの煙をフーっと吐き出して、そして話を切りだした。


 それは数日前のこと……ヒサエは、彼女の数少ない友人の一人が、突然入院することになってしまったことを知った。まあ、入院と言っても重病と言うわけではなく、ちょっとした良性腫瘍の除去手術を受けるためのものだったのだが……。とは言っても、そこで一つの問題が生じた。その友人には娘が一人いるのだが、シングルマザーの彼女が入院している間、「その子の面倒をどうするのか?」というものだ。そこで、ヒサエはその友人に頼まれ、二つ返事でその子を預かることを了承したのだが……

「それがねぇ、急な仕事が入っちゃってね……私もしばらく、家を空けなきゃいけなくなっちゃったんだよ」

「つまり、ヒサエさんが帰ってくるまでの間、その子の面倒を見て欲しいってことですか?」

「そう言うこと! 私ってこういうこと頼める知り合いが少なくてね。それで、ここに来たんだけど……ダメかい?」

 ヒサエが聞くと、ミホは首を横に振って、そして笑顔を作ってみせた。

「いえ、私で良ければ!」

「そうかい! いや、悪いね……」

 ヒサエは嬉しそうに、またタバコを吹かした。そして、それから車に乗り込むと、窓から顔を出し、ミホに「明日連れてくる」とだけ告げて走り去っていった。


「……ってわけで、その女の子をしばらく預かることにしたんで」

 洗濯物を干し終えて家の中に入ると、ミホは、居間でゴロゴロしていたブルボンにそう告げた。事の次第を聞くと、ブルボンは横にしていた体をダルそうに起し、そして溜息を一つつくと、チョイチョイと手招きをした。

「……? 何ですか?」

 不思議そうに近付いたミホ……の頭に、すかさずゲンコツが落ちた。

「何で叩くんですかぁ!?」

「この馬鹿め! この私に無断で、厄介事を引き受けおって!」

「良いじゃないですか、女の子一人預かるぐらい!……ねえ、シヴァ君?」

 頭を押さえて、目に涙を浮かべながら、ミホは近くで新聞を読んでいたシヴァに助け舟を求めた。シヴァはそれを聞くと、読んでいた新聞を折りたたみながら口を開いた。

「まあ、私は一向に構いませんが……ちなみに、どんな女の子なんですか?」

 逆に、シヴァが聞いた。それに答えようとして、しかし、ミホは「う〜ん」と言って頬に手を当てた。

「可愛い……女の子……?」

 とりあえず、言ってみた……が、すぐにゲンコツ第二撃が頭を襲う。

「適当なことを言うな! どうせ聞きもしなかったのだろう、まったく……とんでもない奴が来たらどうする気だ?」

「『とんでもない奴』って……来るのは女の子ですよ?」

「分りませんよ、ミス・コジマ? 女の子と一言で言っても、世の中には色々な女の子がいます。ひょっとしたら、身の丈二メートルぐらいの……」

「シヴァ君……そんな女の子、めったにいないよ……」

 とにかく、もう引き受けてしまったので、今更断わるわけにもいかない。ミホは何とかブルボンを説得すると、しかし、やって来るであろう可愛らしい少女の姿を思い浮かべながら、その日は床についた。


 そして、次の日……

「じゃ、頼んだよ!」

 そう言って、ヒサエはミホ達に向かって手を振りつつ、乗って来た大型ダンプに乗り込んで去っていった。昨日は黒のセダンだったが、今日は大型ダンプだ。その大きなタイヤが巻き上げる砂埃にまみれつつ、ブルボンはやって来た少女に目をやった。

「……さて、私の目の前にいるこいつは何だ?」

「女の子です」

 ブルボンの質問に答えたミホ。しかし、スーッと息を吸うと、その後に付け足した。

「身の丈、三メートルぐらいの……」

「しかも『筋肉の鎧』のおまけ付きです、皇帝陛下」

 ヒサエが、昨日のセダンでは来れないわけだ。目の前の少女は、確かに戸籍上は少女なのだが、しかし、長身のブルボンですら見上げるほどの大きさで、さらにその肉体は鍛え上げられた美しい筋肉によって覆われていたのだ。ブルボンはその中世の彫刻のような少女の、しかし不釣合いな幼い顔を見つつ、また溜息混じりに口を開いた。

「……ミホ、何か質問してみろ」

「えっと……お嬢ちゃん、名前は?」

 ミホが聞くと、少女は大きく息を吸い込んだ。

「ハレノ・ラン! 五才です!」

 大気が爆発したような衝撃……ランの放った声は、ミホ達の骨の髄までも揺さぶった。

「ただの自己紹介なのにビリって来ましたね、皇帝陛下」

「そうだな……」

 そう言って、ブルボンはまだビリビリと衝撃の余韻が残る体を動かし、ミホの所まで行くと、すかさずその耳をつねり上げた。

「なんて奴を預かったんだ!」

「痛っ! だってぇ〜……」

「『だって』も『あさって』もない! 貴様の責任だぞ!」

 怒鳴るブルボン……その手から何とか開放されると、しかし、ミホは涙目になりつつ返した。

「大丈夫ですよ。ちょっと大きいですけど……きっと良い子ですよ」

 が、ブルボンはそれを聞くと、またミホの耳をつねり上げた。そして強引に彼女の顔をランの方に向けさせると、また怒鳴り声を上げた。

「ちょっと? 『物凄く』の間違いだろうが! 大体、どうやってこいつを家に入れるつもりだ?」

「どうやって、って……そりゃあ、玄関から……」

 ミホはそう言いつつ、ランに家の中に入るよう促した。しかし、ランは身長三メートル近い体に筋肉の鎧をまとっているのだ。当然玄関から普通に入れるわけもなく……

「ランちゃん……こういうとき、普段はどうしてるの?」

「こうしてるの!」

 次の瞬間、凄まじい轟音と共に、ランは何とか家に入ることができた。

「皇帝陛下、家の玄関が広くなりました」

「……素晴しいリフォームだな」

 玄関に空いた大穴とひしゃげた扉を見ながら、ブルボンは無言でミホにゲンコツを落とした。


 さて、家に入ることはできたが、やはり狭いものは狭い。ランは天上に頭をぶつけないように、リビングの隅で丸くなっていた。と言っても、その巨体……リビングの半分以上を占領してしまっていたが……。

「ミホ、その猛獣から目を離すなよ!」

 さっきの玄関のくぐり方と言い、こんな少女に暴れられてはブルボン帝国未曾有の大惨事になりかねない。そう思って、ブルボンはミホに釘を刺すように言った。

「大丈夫ですって……ランちゃん、こっち来ておやつ食べよう」

 大きいと言っても、まだ年端もいかない少女相手に……ランを邪険にするブルボンの大人気なさに溜息をつきつつ、手に持ったドーナツを差し出しながら、ミホはランに言った。しかし、ランは首を横に振る。

「いらない。自分で持ってきたのがあるもん」

「自分で持ってきたの?」

 ランはそう言って、袋を取り出した。何やら、ガタイの良い男がポージングを決めている写真がパッケージになっているが……何のおやつだろうか? ミホが不思議そうにそれを手に取ると、横からシヴァもそれを覗きこんだ。

「プロテインのようですね……」

 子供のおやつではない……ミホは軽く引いたが、ともかく、今はランが大人しくしていてくれるに越したことはない。とりあえず、台所でプロテインの粉を牛乳に溶かして、それをランに与えてやることにした。

「そんなもん飲んどるから、そんな体になるんだ! くそ……この私が世界を握った日には、プロテインなど抹消してくれるわ」

 相変わらずブーブー言うブルボン。その非難の視線から逃れたくて、ミホはランの相手をすることにした。

「ランちゃん、お姉ちゃんとトランプして遊ぼうか」

 しかし、その誘いにも、ランは首を横に振った。

「ううん、しない。トレーニングするから……お姉ちゃんもする?」

「ううん……しない……」

 何もかもが規格外だった。ミホはただ呆然と、少女の腕立て伏せを見守るしかなかった。

 しかし、その腕立て伏せがいけなかった。

「おい、何かミシミシ言ってるぞ?」

 何と言っても、ランの巨体が行うスーパーヘビー級の腕立て伏せだ。壁や柱はきしみ、天上からはパラパラと埃が落ちてくる。それを迷惑そうに見ていたブルボン……を、悲劇が襲った。

「ぎゃああああああああああああああああああ!」

 叫び声に驚いてミホが見ると、ブルボンは倒れてきたタンスの下敷きになっていた。

「大丈夫ですか?」

 ミホとシヴァがタンスをどける。その下では、ブルボンが鼻血を出しながら怒りの形相を浮かべていた。

「くそ……あの筋肉だるまめ……!」

 起き上がると、ブルボンはランをキッと睨みつけ、しかし、まったく腕立て伏せを止める様子のない彼女の方にゆっくりと近付いていった。

「許さんぞ!」

 ついに怒ったブルボンは、ランの体めがけて全力でパンチを繰り出した。しかし、いくら年齢的、戸籍的には少女と言っても、ランは筋肉の鎧に身を包んでいるのだ。ブルボンごときの打撃が効くはずもなかった。それでも、一応トレーニングの邪魔にはなったらしく、それ相応の不快感を覚えたのか、ランは腕立て伏せをやめると、ブルボンの方に向き直った。

「ぶへぇんッ!」

 そんなわけの分からない悲鳴を上げて、ブルボンは吹っ飛ばされると壁にめり込んだ。ランの平手打ちが炸裂したのだ。その一発で、完全にノックアウトされてしまったブルボン……しかし、ランはブルボン体を壁から引きずり出すと、なおも攻撃を加えようとその体を抱え上げた。

「おじさん、ランのトレーニング邪魔した悪い人! 悪い人、嫌い!」

 そう言ったランの姿は、次の瞬間、ミホとシヴァの目の前から消えてしまった。その代わり、天上には大きな穴……ランがジャンプしたのだ。ジャンプして、ブルボンの頭が下になるように抱えて、そのまま落下……超ド級のパイルドライバーが炸裂した。


 …………

「ミス・コジマ、大丈夫ですか?」

 気がついた時、ミホの目の前にはシヴァの顔と、そして青空が映っていた。

「あれ? 私……どうしたの?」

 家の中にいたはずなのに……ミホが考えていると、シヴァは目の前にある瓦礫の山を見ながら口を開いた。

「残念ですが、家が倒壊してしまったのです」

「えぇ!?」

 ランのパイルドライバーは、ブルボンだけでなく、ブルボン帝国をも破壊しつくしてしまったのだ。


「どうするのこれ……」

「知りません……」



続く




実は、もう少し早く更新する予定だったんですが、なぜかスランプ気味になってしまいまして……。

ミホとブルボンが書けなくなってしまったので、書きませんでした。

まあ、多忙って言う理由もあったんですが、そっちは八月の話でしたからね。

ってことでお待たせしました。

待ってた人がいたかどうかは分りませんが……。

でも、それを考えると、ハンター×ハンターの冨樫先生はすごいですね。

いろんな人が続きを待ってるんですから。


あんなに休んでるのに。


私も、あれぐらい休載しても待ち望まれる物語が書きたいですね。

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