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25.もう一つのブルボン帝国

 ミホの目から涙がこぼれた。彼女の視線は携帯電話の画面に突き刺さったまま動かない。たかが電話機なのだが、しかし、その小さな画面に表示された文字列によって、ミホは泣かされているのだ。

「何を泣いているんだ?」

 そこへやって来たブルボンが聞いた。ミホはグスグスと鼻をすすりながら、まだ涙に潤むその瞳で、ブルボンの方を見た。

「いえ、この小説があまりに悲しいので……」

 ブルボンは「はてな?」と、首を傾げた。ミホの手にあるのは携帯電話で、本ではない。

「どの小説だ? 貴様が持っているのは携帯電話機ではないか」

「だから、その携帯で小説を読んでいるんです」

「なに? 携帯で小説だと?」

 いわゆる、ケータイ小説と言う奴だった。ブルボンはミホの差し出してくる携帯の画面を、まじまじと見つめた。確かに、小説と思しき文章が並んでいる。

「今は、こうやって色んな人がインターネット上に小説を投稿できるんですよ」

「ふん、下らん……」

 ブルボンは鼻で笑った。素人の書いた稚拙な文字列など、読むに値するものではないと、そう思ったからだ。しかし、ミホはムッとした表情を浮かべると、それに反論した。

「今はこういう素人の作品が流行ってるんです。陛下が時代遅れなだけですよ」

「なんだと? それ、流行っているのか?」

 ミホは大きく頷くと、また携帯の画面に目を落とした。そしてまたグスグスと泣き出す。馬鹿にはしてみたが、どうもミホを泣かせる力があるらしいその「ケータイ小説」とやらに、ブルボンは少し興味が芽生えた。そして、何を思いついたか、シヴァを呼びつけた。

「お呼びですか、皇帝陛下」

「シヴァ……貴様、ケータイ小説と言うものを知っているか?」

「ケータイ小説ですか? あぁ、携帯電話の発達と共に確立された、新たなる表現手段ですね。存じております。携帯電話機さえあれば、誰でも執筆でき、誰でも読める上、その軽めの内容から中高生の、特に女性に人気のようですね」

「なるほど、人気なのか……」

 ブルボンはそれを聞くとニヤリと笑った。

「ですが、批判もあります。執筆者の多くが中高生であるため、どうしても文章が稚拙になってしまったり、若年での妊娠や、ヒロインへの強姦などの内容を盛り込んでおけば受けると言う安易さもあり、おおよそ文学とは言えない代物かと……」

「フン! 知的だとか高尚だとか、そんなことは求めていない。私が知りたいのは、それが『人気であるか否か』だ。人気ならオールOKだ」

 その言葉を聞くと、ミホは涙を拭いて顔を上げた。ケータイ小説への評価を、突然180度変えたブルボンの言葉に、良からぬ企みを感知したからだ。

「陛下、何を企んでいるんですか?」

「『企み』とは失敬な! ただ創作意欲を掻き立てられただけだ」

「まさか……」

「うむ、このブルボン帝国を主人公としたケータイ小説を著し、若者を中心に、我が帝国の支持層を拡大するのだ」

「そう言うのを……『企み』って言うんですよ……」

 と、そんなわけで、ブルボン帝国は「帝国支持層拡大用のケータイ小説」の執筆を始めたのだが、しかし、ミホもブルボンもシヴァも、物語を書くことなど初めてだったので、なかなか良いものが書けずにいた。

「やっぱ、こう言うのには才能が必要なんですね……」

「チッ……なぜ我が帝国には、小説書きの才能のある奴が一人もおらんのだ!」

「国民が三人だからです……」

 そんな感じで、企画会議も次第にグダグダになり、結局行き着いた結論は……

「プロに頼むか……」

「やっぱり、そのパターンなんですね……」

 さて、しかし、プロに頼むとしても、それは「ブルボン帝国の頼みを聞いてくれる」プロでなくてはならない。三人は、今度は「そういう人材がいないか?」という議題で会議を始めた。しかし、頼みの外務大臣、シヴァの人脈の中にも、小説家は一人もいなかったと言う。仕方なく、ブルボンも自分のコネクションを探ってみるが、文学に精通した人物はいない。ミホの知り合いにも、そんな人物は一人も……と、そう思ったが、ミホは一人の男を思い出した。

「幽霊屋敷のタニノチさん! あの人確か、ホラー作家でしたよ!」

「しかし、ホラー小説は受けるのか?」

「中高生への受けは微妙かと……。しかし、その方なら、誰か別の小説家を紹介して下さるかも知れませんね」

 そこで、三人はタニノチの元へ相談に向かうことにした。


 三日後、三人はタニノチの家ではない、別の家にやって来ていた。そこは小説家マルセ・ミツキ……デビュー作、『クロスズメバチの逆襲』や、『レオ・ダーバン将軍』など、数々のヒット作を生み出してきた、いわゆる売れっ子作家の家だ。彼をタニノチから紹介されたのだ。

「いらっしゃ〜い」

 中から出てきたのは三十歳くらいの小奇麗な男。しかし、服装などは若者趣向といった感じで、凡人ではなさそうな雰囲気は醸し出していた。

 三人は客間に通されると、テーブルを挟んで、ミツキと向かい合う形でソファーに座った。用意された紅茶を飲みつつ、三人はミツキに事情を説明した。彼は笑顔でそれを聞いている……。


『クセのある男だから、コミュニケーションは難しいぞ』


 ミホは話しつつ、タニノチのそんな言葉を思い出していた。しかし、今のところ、ミツキに変わった様子は見られない。若干警戒していただけに、ミホはホッと胸を撫でおろした。そもそも、幽霊の格好をして、ぼろぼろの屋敷に住んで、人を脅かしながら生活しているタニノチに「コミュニケーションは難しい」などと言われても、説得力に欠けるが……。

「なるほど、事情は分かったよ」

 そうこうしているうちに、説明も終わり、ミツキは「うん」と頷きながら言った。が、続けて放たれた言葉は、ブルボンの希望に沿うものではなかった。

「君たちの帝国はなかなか斬新で面白いし、力になってあげたいけど、でも、僕はノンフィクション作家だから、新しくストーリーを考えるのは苦手なんだ」

 三人とも、同時に首を傾げた。ミツキに会いに来る前に、彼のことをある程度調べたのだが、彼はノンフィクションなど一度も書いたことがないはずなのだ。そもそも、彼の作品の魅力は、その非現実性にあるのだから。

「あぁ……今まで書いた作品のこと? 一応フィクションにしてるけど、全部本当に僕が体験したことだよ。登場人物の名前を変えてるだけで、主人公は全部僕なんだ。僕の体験をまとめただけなんだよ」

 ますますわけが分からない……。ミツキの話が本当だとすると、彼の作品は全て「実際にあった出来事」と言うことになるのだが、しかし、『クロスズメバチの逆襲』の中では、宇宙空間に出てパワーアップしたクロスズメバチが地球に再来し、人類の半数を抹殺するというシーンが存在する。そんな大事件、ミホやブルボンの知る限りでは起こっていない。と、すると、ミツキは一体どこで、そんな体験をしてきたというのか? ミホ達には想像もつかなかったが、しかし、それはすぐに分かることとなった。

「あ、ごめん……家内が呼んでるから、ちょっと席を外すね」

「あ、はい」

 しかし、そう言ったミツキはまったく動くことなく、ソファーに座ったまま口を開けて、ぼーっとし始めてしまった。そして、時折「愛してる」だの何だのと、ぶつぶつ独り言を口にする。そこで、シヴァは状況を把握した。

「どうやら、『脳内嫁』という奴のようですね」

「なに? じゃあ、さっきの話は……」

「この方の、妄想の産物ということでしょう」


『クセのある男だから、コミュニケーションは難しいぞ』


 もう一度、ミホはタニノチの言葉を思い出した。どうやら、タニノチはミツキの、この「妄想癖」のことを言っていたらしい。

「で、どうするんですか?」

「う〜む……こいつの妄想の中に、我が帝国のことを入れることができれば良いのだが……」

 しかし、目の前のミツキは相変わらず、よだれを垂らしながら脳内嫁との甘いひと時を送っている。入り込む余地など……と、思ったときだった。ミツキが突然、バッとソファーから立ち上がった。

「る、ルーシー!」

 脳内嫁の名前だろうか? それを大声で叫んだ。ミホ達はあまりのことに、びっくりしてソファーごと倒れてしまった。

「ど、どうかしたんですか?」

「大変なんだ! ルーシーが、家内がさらわれた!」

「誰にだ……?」

「分からない……特殊部隊のような連中に。早く助けに行かなきゃ! そうだ、君たちも協力してくれ!」

「ば、馬鹿を言うな!」

 脳内エネミーから脳内嫁を助け出す……そんなことを手伝えと言われても、無理に決まっている。が、丁重にお断りしたはずなのに、ミツキは嬉しそうに笑った。

「そうか、協力してくれるのか! ありがとう!」

「待て、待て!」

「脳内変換されたみたいですね……」

 ミホ達は唖然とするしかなかった。

 が、それは好都合なことだった。協力することになったとは言っても、それはミツキの脳内のミホ達の話で、現実の三人は、ソファーに座って、黙ってミツキの馬鹿面を眺めていれば良いだけだった。たまに聞こえてくる独り言によると、どうやらブルボン帝国はそれなりに活躍しているらしい。うまくいけば、ブルボン帝国を好印象にアピールできる作品を生み出してくれるかもしれない。

「ど、どういうことだ!」

 しかし、突然様子が変わった。

「お前ら……協力してくれていたんじゃなかったのか? それなのに、お前らがルーシーを捕らえているとはどういうことだ!」

「陛下、何かあったみたいですよ」

「放っておけ。脳内ブルボン帝国が何とかするだろ」

 ブルボンは興味なさそうに言った。が、その瞬間、ミツキがまた立ち上がった。そして、その目ははっきりと、現実世界の三人を見据えていた。

「裏切ったなぁー!」

「うぎゃああああああああああああああああ!」

 本当に突然だった。ミツキは怒声を上げながら、両の拳を振り回し、ミホ達に襲い掛かった。三人はわけも分からないうちにボコボコにされ、気がついた時には、ミツキの家の外に放り出されていた。

 どうやら、ミツキの脳内では、ブルボン帝国は協力者のフリをしただけの、実は黒幕だったらしい。


 一ヶ月後、ミホは書店に行ったとき、新書コーナーでミツキの名前を発見した。

『ブラボー帝国の恐怖』

 と、表紙にはそう書かれていた。



続く




久しぶりにミホを更新しました。

本当はもう少し早く更新する予定だったんですが

先日、実家に帰ってきた私を待っていたのは


突然の停電。


書いていた分やキャラ設定などが一瞬にしてパーに……

実家の涼しさに、調子こいて保存してなかったのがいけませんでした。


馬鹿野郎! 自分、及び落雷の馬鹿野郎!


ってことで、書き直しているうちに日にちが過ぎ

今日をもって、何とか更新することができた次第です。

まあ、一番の原因は停電ではなく

書いていた分が消えたことによる精神的ショックですがね。

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