22.燃えよ皇帝陛下
シャンデリアの明かりの下、ミホは薄い桃色のドレスを着て、そして聞こえてくるヴァイオリンの音色に耳を傾けながらたたずんでいた。人生で二度目になるが、そこはやはり庶民にとっては居心地の悪い場所だった。それに、今回隣にいるのはルドルフではない。
「うぅ……場違い……」
「シャキッとせんか! 我々は正式に招待されたのだ。胸を張れ」
暴君、シャレー・ブルボン五世だった。ルドルフならこんな時、優しく微笑んで気の利いた言葉の一つでもかけてくれそうだが、そこはブルボンクオリティーなのか、ミホの背中をバンと叩いて終いだった。
このパーティは財界の大物、フサイチ・シラベの誕生日を祝うもの……。本来、ミホやブルボンにはまったく関係のないものなのだが、しかし、数日前シヴァが招待状をもらってきたのだ。どうも、例の首相経由で仲良くなったらしい。シヴァは外務大臣としては間違いなく優秀な部類に入るだろう……が、「そんなものが自分の所にいても何の意味もない」というのがミホの思うところだった。
「皇帝陛下、ちょっとよろしいですか?」
と、そこにシヴァがやって来た。
「何だ?」
「この後のイリュージョン・ショーについて打ち合わせをしたいのですが……」
「ほぅ、そんな余興があるのか……どんなマジシャンが来るんだ?」
「いえ、私達がやるんです」
サラッと放たれた言葉に、ミホとブルボンは飲んでいた飲み物を吹き出してしまった。そして目を丸くしてシヴァの方を見る。しかしシヴァはそんな二人にはお構いなしで説明を続けた。
「フサイチ様や他のVIP招待者の方々にお約束してしまいましたから……『私達をパーティに招待してくれれば、暴君と小娘と謎の生物によるイリュージョンをお見せします』と……」
「貴様、何でこの皇帝に無断でそういう約束をするんだ!」
「帝国発展には他国の有力者達とのコネクションは欠かせません。帝国のためなんです」
「ぬぅ……」
「大丈夫です。イリュージョンのネタは私が考えておきました。陛下は打ち合わせ通りに動いていただければ結構です」
「あの……私は?」
「ミス・コジマは大した役割ではないので、ここにいてもらって結構です。さあ、行きましょう陛下」
そう言って、シヴァとブルボンはミホを置き去りにして会場の裏手に行ってしまった。華やかなパーティ会場に一人残されたミホ……大した役割でないのはありがたいが、しかし「この場違い空間にいるよりは、むしろ裏手にいって打ち合わせをしていたい」と言うのが正直なところだった。
が、そうして呆然と突っ立っていた時だった。「ドン」と、ミホは背中に軽い衝撃を受けた。「おっとっと」と間の抜けた声をあげながら、グラスに入ったジュースがこぼれないようにバランスを取ると、ミホは後ろを見た。
「あら、ごめんなさい。よそ見をしてたものだから……」
そこに立っていたのは綺麗な女性だった。外国人なのか、白い肌に青い瞳をしていた。それに、透き通るようなブロンドの髪を後ろで束ねていて、その体は上品な白地のドレスに包まれている。「大人の女性」だ……。ミホは何だか急に恥ずかしくなってしまった。
「い、いえいえいえ! 私こそこんな所にいてごめんなさい!」
手と首を横に振りながら、ミホは上擦った声で言った。その様子があまりにおかしくて、女性は手を軽く口元に添えると、クスクスと笑った。
「あなた、面白い子ね……一人なら少しお話しましょう。名前は?」
「こ、コジマ・ミホです」
「そう、ミホちゃんって言うの……私はスカーレット・ダイアー。マグニテ帝国のしがない貴族よ」
「へ?」
スカーレットと名乗ったその女性の言葉を聞くと、ミホはまたおかしな声を上げた。ミホは高等学校にも行っていないし、新聞も真面目に読む方ではないので外国事情に詳しくないが、しかしその国の名前は嫌と言うほど耳慣れていた。
「ん? どうかした?」
「い、いえ……」
しかし、スカーレットにブルボンのことを話して良いものか……微妙なところだった。マグニテの人間なら、ついこの間クーデターを起された暴君のことを知らないはずがない……ややこしいことになるのは目に見えていた。できれば、ブルボンには永久に裏手にいて欲しいとミホは思った。が、その時だった。
「おい、ミホ。お前もイリュージョンの準備を手伝え」
ブルボンが帰ってきてしまった。それもご丁寧にミホの名前まで呼ぶ始末……。当然スカーレットの視線はブルボンに移った。
「あら、シャレーじゃないの」
「んん!? 貴様は! スカーレット!」
それは、ミホが想像していたのと少し違う展開だった。スカーレットがブルボンを知っているのは分かる……しかし、ブルボンがスカーレットのことを知っているのは分からなかった。それに「シャレー」という呼称も……。
「え? 陛下、知り合いなんですか?」
ミホは硬直するブルボンに恐る恐る聞いてみた。しかし、先に口を開いたのはスカーレットだった。
「妻よ。いえ、『元妻』と言った方が良いわね」
ミホは固まった。固まって……しかし数秒後、何かが体の内側で弾けたかのようにミホは飛び上がった。
「ええぇ!? 陛下、結婚してたんですか!? その性格で!?」
「やかましい!」
ブルボンはミホにゲンコツを食らわせると、再びスカーレットの方を見た。スカーレットはまたクスクスと笑っている。
「フフッ……近衛隊長のサムソンさんに『ヤポンで生きている』とは聞いてたけど、まさかこんな所で会うなんてね……」
口元は相変わらず笑っていたが、しかし、その目には涙が浮かんでいた。スカーレットはバッグからハンカチを取り出すと、そっと目元を拭った。こんな暴君でも泣いてくれる人がいるんだ……と、ミホはそう思いながらその様子を見ていた。が、次の瞬間スカーレットは予想外の言葉をブルボンに投げかけた。
「世の無常ね。あんなに威張り散らしてた人が、今じゃ女の子の家に居候だなんて……泣けるわ」
「貴様は相変わらずカワイ気のない女だ!」
ミホは呆気にとられてしまった。ブルボンの妻だっただけのことはある……。ブルボンも語調こそいつも通りだったが、しかしどこか覇気がないようにミホには感じられた。
「で、このミホちゃんの家でお世話になってるのね? どう、ミホちゃん? 暴君の相手は疲れるでしょう?」
「はい、正直……」
「余計なお世話だ! それに私は居候ではない。ミホの家を領地として徴収しただけだ」
「な、何勝手なこと言ってるんですか〜!」
「うるさい! ほれ、イリュージョンの準備に行くぞ」
ブルボンはそう言うとミホの首根っこを掴んで、半ば逃げるようにスカーレットの元から離れて行った。
「奥さんの前だからって、そんなに照れなくても良いじゃないですか」
会場の裏手に向かって歩きながら、からかうような口調でミホは言った。
「照れる? フン、馬鹿を言え。あの女と私はそんな甘い関係じゃない」
「そんなこと言って、実はまだあの人を愛しているんでしょう?」
しかし、その言葉を聞いた途端、ブルボンは真顔になってしまった。そして、静かに言葉を続けた
「あの女を愛していたことなど、一度もない。今も昔もな……あいつとて同じことだ。我々は親同士の合意で、ほとんど強制的に結婚させられたんだからな。結婚生活は冷めたものだった。私はあいつを気にかけなかったし、あいつも私を気にかけなかった。言わば、一緒に住んでいるだけの赤の他人だ。まだ貴様やシヴァとの関係の方が親密だ」
ブルボンはそれだけ話すと、後は黙ってしまった。
そして、イリュージョン・ショーが始まろうとしていた。内容は簡単なもので、土台の上にある二つの箱を使った空間移動マジックだ。シヴァの説明によると、手順とは次の通り……
・まずブルボンが箱の一つに入る。
・箱のフタを閉め、その箱に火を点ける。
・ブルボンは箱の下にある穴から脱出……土台の下を通ってもう一つの箱へ移動。
・もう一つの箱をシヴァとミホが開ける。
・ジャジャジャーン!
……と言うものだ。
「しかしシヴァよ。この土台は骨組丸出しで後ろ側まで見えるタイプだぞ? 箱から抜け出してここを通ったら丸見えではないか」
「良く見て下さい皇帝陛下……背景色と同じ色の幕を張ってあるだけです。客席からは陛下の姿は見えません」
「角度によってはバレそうな気がしますけど……」
「金持ちなんて頭悪いから大丈夫ですよ」
「何ですか、そのわけの分からない偏見は……」
「とにかく、ミス・コジマは私に合わせて適当にマイクで喋ったりしてくれれば結構ですから」
そんなこんなで、何はともあれ本番の時はやって来た。拍手と共に幕が上がって、三人はスポットライトに照らされた。同時にシヴァがジョークを交えた小粋な挨拶をし、そしてマジックの説明を始めた。
「この通り、箱にも土台にも仕掛けはございません」
「幕が張ってあるように見えるのは私だけかね?」
客席からそんな言葉、そして笑い声が起こった。案の定バレたのだ……。しかしシヴァは構わず続ける。ブルボンを箱に入れ、そして火のついた松明を手に持つと、「3・2・1」と数えてから火を放った。「ぼぼぼっ!」と音がして、火は一気に箱を覆っていく。その様子を覗って、ブルボンはすかさず箱の下から抜け出そうとした。
「ん? おい? どうなってるんだ?」
しかし、なぜか開かなかった。
「さて! 皇帝陛下は無事、あちらの箱に移動することができるのでしょうか?」
シヴァは、完全にタネを見破ってしまった客達を、しかしなおも煽っていた。客席からは失笑……誰もがブルボンの無事を確信していた。が……
「あちちちちちちちちちちちち!」
ブルボンは火に包まれた箱をぶち破って飛び出してきた。これにはシヴァもミホも、そして客達も全員度肝を抜かれた。ブルボンは舞台を飛び降りると、背中に火をつけたまま走り回った。どう見ても失敗だ。しかし、シヴァはそんなことを認めたくない。そこで彼は、マイクを握り締めると、咄嗟に言った。
「ご覧下さい! 炎に焼かれながらも平然と走り回る皇帝の姿を! これぞイリュージョン!」
苦し紛れだった。しかし、ミホはこの言葉で混乱してしまった。どう見ても失敗なのだが、その時彼女はこう思った。「ひょっとして、客にタネがバレたから、急遽演出を変更したんじゃ?」と……。どう見ても失敗なのだが……しかし、シヴァも助けようとしていないので、ミホもとりあえず口裏を合わせることにした。
「あ、あんなに叫んでいますが……実は平気なんですよー……?」
「そんなわけないだろ! 失敗だ、早く消せー!」
まったく助けようとしない下僕二人に、ついにブルボンは堪りかねて叫んだ。その瞬間、ブルボンの背中で「ジュッ」と音がした。
「本当に、能がないのは変わらないのね……」
見ると、スカーレットが空のワインクーラを手に立っていた。中に入っていた氷水でブルボンの背中の火を消してくれたらしい。
「フン……やかましい……」
「だ、大丈夫ですか、陛下!」
「大丈夫なわけなかろう!」
ようやっと駆けつけたミホとシヴァに、ブルボンは思い切りゲンコツを落とした。結局イリュージョンどころかただのコントだ。三人は肩を落として、しかし大受けの会場を後にしようと歩きだした。が、その背中に向かって、スカーレットは口を開いた。
「馬鹿でわがままな人だけど、よろしくね」
それは、ミホとシヴァに対するものだった。ブルボンは先ほど、「冷めた関係」などと言ってはいたが、しかし、実はそう思っているのはブルボンだけなのではないのか? と、ミホはそう思った。
続く
久々更新。
ちょっと毎週更新はきついし他の作品に手が回らないので変則更新となりました。
すみません。
というわけで。
おっとりの格闘技談義のコーナー!
K−1MAX見ました。
ずばり私の今年の優勝予想は……
ネタバレしないようにぼかして言うと
ブア様VS佐藤の勝者だあー!
他の勝ち残った3人より頭一つ抜けてる気がしました。
小説とはまったく関係ないぜー!
イエー!