21.世界の皇帝に
その日はいつも通りの、いや、いつも以上に平和な日であった。外はのどかな日和で、暖かな陽気の中、鳥達がチッチとさえずっているのが聞こえてくるほど……。ミホとブルボンも別に何をすると言う訳でもなく、リビングでお茶を飲みながらテレビを見ていた。以前やっていたドラマの再放送である……。
平和であった。しかし、それは所謂「嵐の前の静けさ」というものにすぎなかったのである。ぼーっとテレビ画面の俳優達を眺めていた二人の元に、台風の中心となるその人物、いや、人物と言って良いかどうかも怪しい「珍妙な生物」は近付いてきた。
「皇帝陛下、ミス・コジマ、ちょっとよろしいでしょうか?」
声に、二人は振り返った。そこにいたのは、大きな頭に小さな体を持った青白い生き物。結局、テンホウインに押し付けられて連れ帰ってきてしまった合成生命体、シヴァ・グリーンであった。
「何だ? 今、私はドラマを見るので忙しいんだが?」
「陛下、そういうのは忙しいって言いませんよ……」
「お二人とも、ドラマなど、どうでも良いのです」
シヴァはそう言うと、リモコンのボタンを押してテレビを消してしまった。
「ブルボン帝国をより発展させるための案を考えてきたのです!」
テレビを消されて不満気な二人の前で、シヴァは声高に言った。二つの、大きな黒い瞳が輝いている。そんな様子を見ながら、ブルボンは一瞬押し黙って、しかし溜息と共に口を開いた。
「それは結構なことだが、生憎、私の頭の中にあるのは『貴様をどう処分するか?』と言うことだ。貴様は元々家畜用なんだがな……食うわけにもいかんし」
「皇帝陛下! 私はこの国の役に立てると信じております!」
ブルボンの言葉を遮って、シヴァは詰め寄りながら言った。
「この国は素晴しい! 今までの国家と言えば、大人数が長い時間ダラダラと話し合って事を決めていたというのに、この国はどうでしょう! 人口、国土、権力、全てを必要最小限に留め、スムーズな国家運営を可能としている……斬新です! 素晴しいです!」
「いや、国家として成り立ってませんから……」
「いいえ、この国は立派な国家です! ミス・コジマはお分かりにならないのですか!?」
テーブルをバンと叩くと、シヴァは今度は、顔をミホの前に突き出しながら声を張り上げた。瞳の中に、ミホの姿が映りこむ。彼女がそれを唖然と見つめる中、シヴァはブルボン帝国の素晴しさについて語った……熱く、語った。
一 国土が家一軒なので、有事の時は引っ越せば済む。
二 人口がシヴァも含め三人なので、無駄に話し合いの席を設けずに、日常のやり取りだけで国家運営ができる。
熱すぎて、所々理解不能であったが、どうやらシヴァの言いたい「ブルボン帝国の素晴しさ」はその二つの点にあるらしかった。
「常識に囚われない国作り、素晴しいです! そして、この新しい国家なら、私の目指す新しい世界のリーダシップを担えるはずです!」
「何言ってるんですか! 暴君と普通の女の子と変な生き物で、世界をリードできる訳ないじゃないですか! 陛下も何か言ってやってくださいよ」
家畜と野菜とニートの遺伝子がごっちゃになっているこの生き物に、「自分が何を言っても無駄だ」と考えたミホは、ずっと黙ったままのブルボンに助太刀を求めた。一般人にはシヴァの説得は無理であろう……しかし、一般常識の外にいるブルボンなら可能かもしれない。というのが、ミホの思惑であった。さて、するとブルボンはおもむろにお茶をすすり、シヴァの方をギロリと見やった。
「で? 案というのは?」
「って、話聞いちゃうんですか!?」
ミホのミスだった。一般常識の外にいるブルボンは、ミホよりもむしろ、シヴァの考えに共鳴するのが当然だということに、彼女はその時やっと気付いたのである。
「以前から思っていた。私は一国の皇帝に納まるにはあまりに偉大すぎるのだ。シヴァよ、私は世界の皇帝になるぞ」
「素晴しいです」
ミホの口からは、溜息しか出てこなかった。
そんな訳で、ブルボンが世界の皇帝になるべく、三人は立ち上がったのだが(ミホは半ば強制的だが)……
「しかし、ブルボン帝国には問題点も存在するのです……」
「ぬぅ……シヴァよ、皆まで言うな」
重苦しい空気が立ちこめた。
ブルボン帝国の問題点、それはメリットと表裏を同じくするものであった。ずばり、予算の問題である。ブルボン帝国は、小規模でスムーズな国家運営を行うには適しているが(本人達談)、しかしその反面、人口が少なく、そしてそのわずかな人間全員が一つ屋根の下で暮らしているため税収がなく、したがって、国を動かすための予算も無いのだ。
「くそ、我が帝国の長所が裏目に出たか……」
「これが国家ではなく、ただの一軒家だったら何の問題も無いのですが、国である以上、やはりそれなりの予算は必要ですね」
「ただの一軒家なんだから、良いですってば」
「付いていけない」と、ミホは呆れながら言った。ブルボンはそんなミホを一瞥すると、再びシヴァの方を見た。
「ミホの強制労働によって得た金では足りんのか? やっぱり?」
「全然足りませんね。何しろ、我々は世界のリーダーシップを取ろうとしているのですから」
「やっぱ無理なんですよ。諦めましょう……そんなことより、お夕飯何が食べたいですか?」
「貴様……真面目に考えろ!」
キッチンに向かおうとしたミホを捕まえて、ブルボンはすかさずゲンコツを食らわせた。しかし、ミホの頭が腫れるばかりで金が湧いてくる訳でもない。ブルボンは溜息をついて、そしてシヴァとの話し合いに戻った。
「で、どうすれば良いと言うのだ?」
「国家としての予算を稼ぐなら、国家相手に何か商売をしてみるというのはどうでしょう?」
「例えば?」
「あまり大きな声では言えませんが、『人身売買』なんてどうでしょうか?」
「『人身売買』か……」
すると、二人の視線がミホに突き刺さった。どうやら、売られようとしているらしい……ミホは生唾をゴクリと飲んで、一歩二歩とゆっくり後ろに下がった。しかし、数秒もすると二人は視線を戻してしまった。
「商品が一つだけじゃ無理ですね」
「あぁ……それにあの貧相な娘に大した金額なんぞつかんだろ」
「売られなくて良かったですけど……ムカつきますね、その言い方」
再び、部屋の中を静寂が支配した。時計のカチカチという音だけが、無駄に大きく聞こえた。
「傭兵屋なんてどうでしょうか?」
「シヴァ、皇帝は自ら進んで戦地に趣いたりしない。それにそこの貧乳娘の戦闘力など、たかが知れるだろ」
「戦争に行かずにすんで良かったですけど……一言多いですよ、陛下」
「どこかに奉公にでも出しますか?」
「いや、そもそもミホがいなくなったら、我々の身の周りの世話は誰がやるんだ?」
「自分でやってくださいよ!」
こんな感じで、話し合いは平行線をたどった。三人はその後、二時間ほど話し合いを続けたが、しかし良い案が出ないまま、結局その日は「保留」ということになった。
「では、次の議題に移りましょう」
「まだやるの!?」
夕飯を食べながら、しかしシヴァが言った言葉にミホは上擦った声を上げた。ブルボン帝国のメリットは、「日常のやり取りの中で国家運営ができること(本人達談)」である。テーブルを囲んでの会話も、もちろん国事に関わることだ。「やはりここは、ただの一軒家でなく国家なのかもしれない」と、ミホはその時本気でそう思った。
「世界をリードするためには、やはり一番大事なことは外交だと思うのです」
「ふむ、そう言えば、建国以来ろくに外交などしてこなかったな……」
「それはいけませんね」
そう言うと、シヴァはコップ一杯の水を飲んでから立ち上がった。
「さっそく、ヤポンの首相に挨拶をして来ます」
「ふむ、頼んだぞ外務大臣」
それは二人にとって、ごく自然なやり取りだったが、しかし数秒遅れでその意味を理解すると、ミホは咽て口の中のご飯を吐き出しそうになった。慌てて水を口の中に流し込み、胸をさすりながらゴホゴホと言う……
「何言ってるんですか! 相手にされるわけないじゃないですか! 馬鹿なこと言ってないで、ご飯食べちゃってくださいよ!」
「心配御無用。私はあなた方と違って、水とアミノ酸さえ摂取していれば生きられるので……では、いってきます」
「へぇ〜、そうなんだ。いってらっしゃい……って、行っちゃだめぇー!」
ミホは慌ててシヴァの背中を追い、玄関をくぐった。しかし、遅かった……と、言うよりもシヴァが速かった。人間とは思えないスピードで(実際、人間ではないが)シヴァは走り出し、その姿はすでに、夕焼けの中で小さくなっていた。
しかし、次の日の朝になっても、シヴァは帰って来なかった。得体の知れない生き物であるが、そうは言ってもミホは心配で、グーグーといびきをかいているブルボンを尻目に、夜通しずっとその帰りを待っていたのである。
「外務大臣は帰ってきたか?」
起きてきたブルボンが聞くと、ミホは首を横に振って溜息をついた。
「まあ、首相に会いに行ったんだからな、すぐには帰ってこんだろ」
「いや、多分首相に会えなくて、どこかで途方に暮れてるんですよ。どうしよう……」
「心配性な奴だな。意外と、朝のニュースに出演しているかもしれないぞ?」
ブルボンは呑気な事を言いながら、テレビのスイッチを入れた。そんなにうまく行くわけない。「きっと今頃困って、自分達の助けを求めているに違いない」とミホは思った……が、次の瞬間そんな考えは吹き飛び、その視線はテレビ画面に釘付けになった。
「昨晩、首相官邸に現れた宇宙人は首相と会談。『互いに良好な関係を築いて行きたい』との意見交換が行われました」
ニュースを読み上げるキャスター……映像が切り替わると、そこには確かに彼が映っていた。
「ワタシ、ウチュウジン! チキュウジン、ヤポン、トモダチ!」
胡散臭い片言でそう言いながら首相とガッチリ握手を交わしているのは、正真正銘シヴァだったのである。これには、ミホもブルボンも目が飛び出るほど驚いた。
「……考えたな。あいつ、自分の容姿が宇宙人っぽいことを自覚してるぞ」
嫌な生き物だ……ミホは本気でそう思った。
続く
また日曜投稿です。
でも今回は日にちを忘れたわけではありません。
ダビスタに夢中になってたら(ry
ってことで、21話でした。
三の倍数なのでアホになりながら書きました……
ウソです。
え? お前は常時アホだろ?
うるせえタコ。
何て言いつつ、本当は皆さんに土下座したくて仕方ありません……
ウソです。
ってことで次回もお楽しみに。
楽しみにしてないと呪います。
私はこれでも黒魔術の心得がありますから……
ウソです。




