20.自給自足は未知との遭遇
ある朝、ブルボンは朝食をとりながらミホに聞いた。
「この朝飯の食材は、どこで手に入れたものだ?」
「え、街のスーパーですよ?」
「なるほど……」
ダンッ! と、突然テーブルが打ち鳴らされた。そして、間髪入れずに怒鳴り声が響き渡る。
「ふざけるな!」
「何がですか!?」
そんなことがある前日……
ブルボンはテレビを見ていた。と言っても、別に見たくて見ていた訳ではなく、他にすることもないのでただ眺めていただけなのだが……とにかく、ブルボンはテレビ画面に流れているワイドショーをぼーっと見ていた。今日の話題は有名政治家の謝罪会見、有名歌手の謝罪会見、有名アスリートの謝罪会見、そして、幼稚園でおもちゃを横取りしたヨシオ君の謝罪会見だった。どうもこのヤポンと言う国は、人に謝罪をさせることを一種の娯楽としているらしい……ブルボンは呆れつつも、しかし人が頭を下げているのを見るのは彼も楽しいので、そのままテレビ画面を見ていた。
「次のトピックスです。今日、政府はヤポンの食糧自給率が過去最低になったとして、これに対する……」
やっと謝罪以外の話題になった。食料自給率の問題……それを見ると、ブルボンはフフンと鼻で笑った。
「馬鹿どもめ。謝罪会見にばかり力を注ぐからそうなるのだ。その点、我がブルボン帝国は……」
ブルボン帝国は、どうなのだろう? その辺はミホに任せっきりにしていたので、ブルボンは「はて?」と首をひねった。
「で、聞いてみれば『街のスーパーで買ってきた』だと? つまり、全部ヤポンからの輸入品ということではないか!」
ブルボンはもう一度テーブルを叩いて言った。しかし、ミホは「意味不明」と眉間にしわを寄せながら味噌汁をすすっている。
「しょうがないじゃないですか。うちは農家じゃないんですから」
「馬鹿者! 自給率0パーセントということはな、他国に依存して生きていかなければならないということなんだぞ。国家として恥ずかしくないのか!」
「恥ずかしくありませんよ! 一軒家のくせして国家を名乗って、自給率気にしてる方が恥ずかしいですよ!」
「このたわけが!」
ミホとしてはまったくの正論を並べたつもりだったのだが、ブルボンの怒鳴り声と共にテーブルが引っくり返り、朝食と食器が宙を舞った。ガシャガシャガタン! と耳をつんざくような音に、ミホはビクッと肩を震わせて丸くなった。そして、そんなミホの前でブルボンは主張を続けた。
「良し、今日から我々は自給率100パーセントを目指して生活するぞ! そういう訳だ、さっさと部屋を片付けろ。ホームセンター行くぞ」
「散らかしたの陛下じゃないですか……それにホームセンターって、結局ヤポンからの輸入品じゃないですか」
そんな訳で、ミホとブルボンはホームセンターに向かい、自給率を上げるための対策をすることになった。
「……で、ホームセンターに行ってきた訳だが」
帰って来ると、ブルボンとミホはとりあえず買ってきたものをリビングに広げてみた。しかし、どうも釈然としない……
「ミホ、その水槽に入っている奴は何だ?」
「え? 陛下に言われた通り買った、魚の稚魚ですよ?」
水槽の中には、確かに小さな魚達が泳いでいた。赤くて綺麗な魚だ……
「金魚が食えるか! 何のために行ったと思っとるんだ!」
「だって……このお魚さん達しかいなかったんですもん……」
「この能無しが!」
ブルボンは思い切りミホの頭にゲンコツを落とした。しかし、ミホは殴られた所を押さえつつ、涙を浮かべた目でブルボンをにらみ返す。
「じゃあ言わせてもらいますけど、陛下は何でザリガニなんて買ったんですか!」
「な、なんだと!? こいつは、ロブスターの子供じゃないのか!?」
「…………」
それは、二人が自分達の無能さを痛感した瞬間だった。二人が黙りこむと、リビングには虚しさだけが漂った……が、そんな重苦しい静寂の中で「ピーピー」と元気な声を上げる者がいた。見ると、それはフワフワとした、黄色い希望の光だった。
「まあ、とりあえずこいつは使えそうだな……」
それは、ホームセンターの駐車場に出ていた露店で買ったヒヨコだった。
「フフッ、ヒヨコよ……早くでかくなって、たくさん卵を産めよ?」
「でも、この子オスですよ」
ミホの言葉に、ブルボンは愕然とした表情で振り返った。彼は知らなかったのだ、露店などで売られているヒヨコは、養鶏場で不用とされたオスばかりであることを……つまり、目の前でピーピー言っているのもオスなのだ。それが分かると、ブルボンは力なく、フラリと立ち上がった。
「仕方ない、こいつは今晩唐揚げにでもするか……」
「えぇ、やめてくださいよ! ピー太を殺さないでください!」
「なにを名前まで付けとるんだ! ペットとして買った訳ではないのだぞ!」
きっと、その時誰かがこの家の窓を覗いたなら、サスペンスドラマのワンシーンかと思ったことだろう。ブルボンは台所から包丁を持ち出し、ピー太の抹殺を謀った。しかし、そこはミホの必死の抵抗に遭い、結局ピー太はそのまま家で飼われることとなった。結果、二人の手元に残ったのは野菜の種だけだった。
「まあ、肉は輸入で我慢するとして、こいつはいけそうだと思うんだ」
「そうですね……」
「良し、適当に家の周りにでも蒔いておけ」
種の袋を投げて渡しながら、ブルボンはそう言った。しかし、その言葉を聞いたミホは苦笑いを浮かべる。
「陛下……こう言うのはまず土を耕して畑を造って、そこに蒔かないと……それから毎日の世話とかも……」
煩わしすぎて、ブルボンはミホの説明を聞く気にもならなかった。とりあえず、その感情は一言で言い表すことができる……
「面倒臭い!」
野菜も却下……二人は結局無駄な買い物をしただけで、帝国の自給率は0パーセントのままだった。
「ピー太は無駄な買い物じゃありません!」
「うるさい!」
しかし、どうしたものか……ブルボンはその日、夜がふけるまで考えた。
三日後……
二人は電車を乗り継いで、少し遠くの町までやって来ていた。ミホは、なぜ自分がそこにいるのかをまだ聞かされていない。例のごとく、朝いきなりブルボンに叩き起こされ、「出かけるぞ」と言われて連れて来られたのだ。
「あった! ここだな」
大きな屋敷の前まで来ると、ブルボンは言った。立派な屋敷だった。
「陛下、ここは何なんですか?」
「ふむ、私の大学時代の旧友が住んでいるのだ……おい! テンホウイン! テンホウインはいないのか!」
説明もそこそこに、ブルボンはドアをガンガンと叩きながら中に呼びかけた。近所迷惑極まりないが、しかししばらくすると扉が開いて、中から住人が顔を出した。目の下に隈のある、キノコのようなヘアースタイルの、しかし整った顔立ちをした男だった。
「テンホウイン!」
「ん? お前、ブルボンか? 随分とまあ久しぶりだな」
男の名前はテンホウイン・クモワカ。ヤポン人だがブルボンと同じく、ダーブ連合王国立エプシーム大学を卒業しており、今はまたヤポンに戻って遺伝子工学の研究をしている。もちろん、ブルボンの友人というだけあってろくな研究はしていないが……
「エプシームの卒業式以来だな。貴様、相変わらず怪しげな研究をしているのだろう?」
「ハッ! うるせえよ……お前こそ、てっきりマグニテのクーデターで殺されたと思っていたが、どうやら死に損なったようだな」
「やかましい!」
立ち話も何なので、二人とミホは客間に移動した。メイド服を来たハゲ親父がお茶とお菓子を持って来てくれたこと以外は、至って普通の歓迎だった。紅茶を飲みつつ、ブルボンはマグニテを追われてからの話をする。テンホウインは笑いながら、そして所々腹を抱えながら、帝位を奪われた友人を哀れむ様子も無く、それを聞いていた。
「ブルボン帝国か……馬鹿馬鹿しいが、しかしカオスでグッドな話だな」
「で、今日はその関係で貴様の力を借りに来たのだ」
「ん?」
テンホウインが聞くと、ブルボンは帝国の自給率が0パーセントであることに危機感を持っていることを話した。
「まあ、人口二人じゃあな……で、俺にどうしろってんだよ?」
「ふむ、遺伝子操作で、『何もしなくても勝手に育って勝手に増える、肉にも野菜にもなる家畜』を造って欲しいのだ」
「無茶苦茶なことを言う野郎だな……鍬を持って土を耕せよ」
「断る。私は皇帝なのだ」
ふんぞり返るブルボンに、テンホウインは呆れてしまったが、しかし、頬に手を当ててしばらく考えると口を開いた。
「お望みのモノができるか分からんが、試してみるか……俺が最近発明した『装置』を……」
そう言うと、テンホウインは二人を地下の研究室に連れていった。そこはコンピュータやら小難しい本やら……そして、なにやら怪しげな装置が置いてあった。テンホウインは、その装置を起動すると、二人の方を見た。
「こいつは『ゲノミキサ』と言ってな。あらゆる生物の遺伝子を合成して、まったく新しい生物を誕生させる装置だ」
「ほぅ……つまりこいつを使えば、思いのままの家畜が作れる訳だな?」
「いや、そう簡単にはいかねえんだ。何しろゲノミックスはランダムに行われるからな。結果は運次第だ。さっきハゲ親父がいたろ? あれも巨乳で、めちゃくちゃ可愛くて、ツンデレのメイドを作ろうと思った結果誕生したもんだからな……」
ブルボンとミホは、先ほど紅茶を淹れてくれたハゲを思い出した。あれは『従順なハゲ』だった。
「全然違うな……」
「あの、陛下……怪しすぎますし、やめた方が……」
「ん? む〜……しかし、物は試しだ。やってくれテンホウイン!」
「あいよ」
ブルボンが言うと、テンホウインは装置の脇にあるコンピュータをカチャカチャと操作し始めた。すると、装置はゴーっと低く唸り始める。合成が始まったのだ。あの中で得たいの知れない生物が生まれようとしているのかと思うと、ミホはかなり不安だった。何にせよ、ハゲ親父の肉を食べるのはごめんだ。
「あの、テンホウインさん? 一体どんな生き物の遺伝子を合成したんですか?」
ミホは思いきって聞いてみた。
「あぁ? えっと……牛、豚、ニワトリ、マグロ、カニ、イカ、ハマグリ、キャベツ、ニンジン、トマト、ナス、カボチャ、その他野菜・根菜・海草諸々、それからニートだ」
この家に来た時から、ミホは目の前の人物のことをじっくり観察していた。分かったことは、この男は「ろくでもない人間だ」と言うこと。そう、そして案の定、彼の言ったサンプル遺伝子の中に、ミホは余計なものを見つけた。
「ニート? って、あの、働かない人のことですか?」
「あぁ、そのニートだ。まあ、何かの栄養素にはなるだろ」
「なりませんよ! 中止してください!」
ミホは男の服を掴んで、その体を前後に揺すりながら言った。しかし遅かった。プシューと音を立てて、大量の蒸気と共に装置が開いたのだ。
「はい、完成〜」
「ほぅ……どれどれ?」
蒸気が多すぎて、その姿はまだ見えない。「変な生き物じゃありませんように……」と、ミホは両手を組んで祈った。
「……世界をもっと上のステップへ……」
ミホも、ブルボンもテンホウインもキョトンとした。その言葉は、三人のどの声とも違うものだったからだ。しかし、そうしていると蒸気が消え始め、装置の中の生物が姿を現した。
「忌まわしき旧世界を滅し、その上に新たなる世界を築くため、私はここに生を受けた」
「で、出てきたぞ!」
それは、一言で言うと『宇宙人』だった。大きな頭に似合わぬ細い体躯。長い手足に、黒くて大きな眼。青白い姿をしたそれはついにミホ達の前までやって来た。
「私の名はシヴァ・グリーン。さあ、皆さんも私と一緒に、レッツ・チェンジ・ザ・ワールド!」
それは……かなりウザイ生き物だった……
続く
毎週土曜日の更新と自分で勝手に決めていたおっとりです。
が、気が付いたら土曜日が終わってました。
ナンテコッタイ!
最近、とみに日付感覚が無くなった気がします……
もう年なんですかね?
まだ20代前半ですけどね。
でも二十歳を超えた瞬間、私は自分が下り坂に入ったのだと気付きましたね。
一番の変化は睡眠時間が増えたこと。
徹夜が苦手になりました。
ナンテコッタイ!
レッツ・ゴートゥー・おっさんエイジ!
人生後は下るだけなんて嫌過ぎます。
上り坂に戻りたい、そんな今日この頃です。