18.魔力を我が手に
響き渡る歓声と悲鳴。乙女達の熱き戦いは観客や関係者達の心を取り込み、大きな波となってナカヤマアリーナを揺らした。しかし、盛り上がるM−1グランプリのその裏で、ミホとブルボンはコソコソと辺りの様子を覗っていた。
「陛下、何をしているんですか?」
自分でも不審になって、ミホはブルボンに尋ねた。
「うるさい、声を出すな。」
しかし、ブルボンはそう言うばかり……ミホはどうして良いか分からず、とりあえず、ブルボンの真似をしてキョロキョロと周囲に目を配った。
そこは、ナカヤマアリーナの裏側にある係員用の通路。今まさに会場でM−1グランプリの真っ最中なので、係員もそっちに出払っているのか、時折数名の人間が通るだけで、ミホとブルボン以外の気配は感じられなかった。静かで、遠くから聞こえてくる歓声以外の音は無い。しかし、下の方で淀んでいた空気は突如かき乱される。
「もうすぐ決勝だな……そろそろマイニティークラウンを会場に移そう。」
「そうだな。」
係員が二人、通路にやって来たのである。ブルボンはその声を聞くと、サッと物陰に隠れた。意味は分からなかったが、ミホも隠れる……そんな二人の前を、係員達はトコトコと靴を鳴らしながら歩いていった。
「良し、奴らの後を付けるぞ……」
『M−1グランプリ実行委員会』とプリントされた背中を見ながら、ブルボンは小声でミホに言った。しかし、その言葉を聞くと、ミホはいよいよ「ブルボンが何か良からぬことを企んでいる」ということを確信した。
「何をするつもりですか?」
ミホは訝しげな顔で聞いた。ブルボンの顔が、一瞬ミホの方を向く……「つまらん質問だ」と言いたげな顔だった。
「決まっとるだろ。マイニティークラウンとやらを頂戴するのだ。」
「えぇ〜!? ダメですよ、バレたら怒られるどころじゃ済まないですよ!」
ミホは考えを改めるよう、ブルボンに進言……しようとしたが、ブルボンはミホの言葉を無視して係員達の背中を追って行ってしまった。残されたミホは「どうしたものか?」とおろおろしてみたが、しかし、放っておく訳にもいかないのでブルボンを追いかけた……
「ブルボン・アタック!」
技名と共に鈍い音が響き、マイニティークラウンを移動しようとした係員達は力無く崩れ落ちた。横たわった二つの体を見ると、ブルボンは振り下ろしたモップを肩に担ぎ直し、そしてニタリと笑った。
「馬鹿な奴らだ……最初から大人しく渡していれば、痛い目に遭わずに済んだものを……」
「最初から問答無用で殴ったのは陛下じゃないですか……」
「うるさい奴め……まあ良い、マイニティークラウンを頂くとしよう。」
ブルボンは目の前を見た。ガラスケースの中に、それはある。黄金色に輝き、たくさんの宝石で装飾された小さな冠……見ているだけで心を鷲掴みにされる神々しさに、ブルボンはゴクリと生唾を飲みこんだ。
「フフッ、いかにも魔法道具と言う感じだな……」
「あの陛下、やっぱりやめましょうよ……ダメですよ盗みは……」
ブルボンがガラスケースからマイニティークラウンを取り出したところで、ミホは彼が持つそれにそっと手を添えて言った。しかし、ブルボンはその手をピシャッと叩くと、先ほど係員を殴るのに使ったモップをミホに渡した。
「私だってこんなことはしたくなかったが、貴様が係員を殴ってしまったからな……もう引き返せないだろ。」
「な、殴ったのは陛下じゃないですか!」
「何のことかな……言っておくが、そのモップからは貴様の指紋しか出てこんぞ?」
そう言うと、ブルボンは手にはめていた白い手袋をミホに見せつけた。ミホはそれを見ると、「そう言えば、この男は暴君だった……」と思い出した。そう、言葉が通用する相手ではない。ミホはモップを脇に捨てると、再びマイニティークラウンに掴みかかった。
「勝手なことばかり言って! これは、このままここに置いて行きます!」
「おい、貴様何をする! 我がブルボン帝国の国防の要となる兵器に気安く触るな!」
「何が国防ですか! こんなもの無くても、防犯グッズがあればうちには十分です!」
「防犯グッズで戦車の侵攻を妨げられるかー!」
「うちには戦車なんて来ません!」
激しく言い合いながら、二人はマイニティークラウンを奪い合う。しかし、十回ほどそれが二人の間を往復した時だった。突然、部屋の扉が開いた。それに驚いて、二人はマイニティークラウンの両端を掴んだまま扉の方を見た。大きく開け放たれた扉……しかし、そこには誰の姿も無い。
「どこ見てんだよ。ここだよ、ここ!」
いや、一瞬目に入らなかったが、そこには確かにいた。一匹の白ネズミが……そう、M−1グランプリ開催のためにワキア王国から派遣された魔獣、ラスカルである。
「お前ら、ここで何をしてやがる。マイニティークラウンをどうするつもりだ?」
その小さく可愛らしい見た目からは想像もつかないほどドスの利いた声で言いながら、ラスカルは二人の方にジリジリと歩み寄ってきた。口から出る炎で丸焼きにしてやろうか、それとも、尻尾から出る電撃でビリビリ言わしてやろうか……と、そんなことを考えながら。しかし、ブルボンはラスカルが目の前までやって来たのを確認すると、ポケットから何かを取り出して、それを彼に見せつけた。ラスカルの眼がクリッと動く。目の焦点が合うと、そこにはチーズが現れた。
「こいつをくれてやろう。」
「わーい!」
ラスカルはチーズが大好きだった。チーズさえあれば、他の物はいらないくらい……そうマイニティークラウンさえも……
「フン、所詮ネズミか……今のうちに行くぞ。」
「ちょっと、陛下!」
チーズに夢中のラスカルを尻目に、ブルボンはミホの腕を強引に引っ張ってその場を去っていった……
その頃、M−1グランプリ会場では一人の少女が拍手と歓声、嫉妬の視線とスポットライトをその一身に集めていた。年の頃はミホと同じくらい。綺麗な黒髪を肩の下まで流したその少女は、ミホと違って年相応に膨らんだ胸に両手を置いて、喜びを噛みしめていた。
「優勝はオトナシ・スズカさんです!」
司会進行を務めていた女性の声がアリーナ内に響き渡る。割れんばかりの拍手がもう一度……スズカはそれに応えるように手を振った。
「それでは、主催のラスカル様よりマイニティークラウンが授与されます。」
司会の女性が言うと、隅に控えていたオーケストラが一斉に演奏を始める。流れるような弦楽器の音に軽快な管楽器の音が重なる、授賞式のBGMだ。しかし、そこにやって来たラスカルの一言が、そんな荘厳な雰囲気をぶち壊した。
「スズカ、早速だけど仕事だ! マイニティークラウンが盗まれた!」
「えぇ〜、盗まれたの!?」
感動と達成感に浸っていたスズカだったが、驚いて上擦った声を上げてしまった。しかし、ラスカルは彼女に頭の中を整理する暇も与えない。
「とにかく急いで追うぞ!」
チーズのカスが付いた口で言うと、ラスカルはスズカの肩にピョンと飛び乗った……
一方、ミホとブルボンはナカヤマアリーナから少し離れた公園にいた。時間的に人も疎らなそこで、ブルボンは懐からマイニティークラウンを取り出した。
「陛下、今からでも遅くないですよ……返しに行きましょうよ……」
「うるさい、黙れ。」
ブルボンはミホの言葉を一蹴すると、それを彼女の頭に載せた。
「ふむ、なかなか様になっているじゃないか。良し、さっそく魔法を使ってみろ。」
「コラー、お前らー!」
しかし、そこにラスカルとスズカがやって来た。
「やってくれたな、コソ泥め。だがここまでだ! 魔法少女がお前らを成敗してくれる!」
ラスカルはスズカの肩の上で精一杯に吠える。しかし、ブルボンはそれを聞いても眉一つ動かさなかった。すかさず、ポケットからそれを出す。チーズである。
「もう一つやるぞ。」
「わーい!」
喜ぶラスカルの前で、ブルボンはチーズを遠くに向かって投げた。すると、ラスカルはスズカの肩から飛び下り、チーズを追って走り去っていった。その白い姿が見えなくなる……そこで、ブルボンは残されたスズカの方を見た。
「さて、邪魔者は消えた……小娘、お前ごときにこのブルボンを倒せるか? ミホより乳がデカイくらいで良い気になるなよ!」
ブルボンは邪悪な笑みを浮かべながら、スズカのアゴ先に指を添えて彼女の顔をぐいっと持ちあげた。しかし、スズカはツンと澄ましたまま、ブルボンをにらみつけて言った。
「あなたのような悪党に屈するもんですか!」
「威勢が良いな……だが、すぐにその顔を恐怖で歪ませてやるぞ。ミホ、魔法でこの小娘を痛めつけてやれ!」
スズカのアゴから手を放すと、ブルボンは後にいたミホに命令した。ミホはそれを聞くと、黙ってスズカの方に歩みを進める。
手に入った最高の軍事力、その力がどれほどのものか……ブルボンはワクワクしながら、巻き添えを食らわないように後に下がった。目の前では、遂にミホとスズカが対峙する。張り詰める空気……その緊張感を断ち切るように、ミホは頭にあったマイニティークラウンを手に持つと、それをスズカの頭の上に移した。
「……って、コラ! 何で大人しく渡してるんだ、ミホ!」
「いや、元々この人の物ですし……」
ミホはそう言うと、今度はスズカの後に身を隠しながらブルボンの方を指差した。
「あの人、極悪人だから徹底的に痛めつけてあげてください。」
「分かったわ、危ないから下がってて!」
スズカは絵顔でミホに言うと、振り返ってブルボンをにらみつけた。その視線だけでもかなりのオーラがあり、ブルボンは思わず腰を抜かした。
「スズカ! 変身の呪文は『ドコーマ・ディッテ・モニゲーテ・ヤル』だ!」
さらに、戻ってきたラスカルがチーズのカスにまみれた口で叫ぶ。それを聞くと、スズカはゆっくりと呪文を唱えた。
「ドコーマ・ディッテ・モニゲーテ・ヤル!」
刹那、彼女の体は激しく輝き、一瞬、その裸体のシルエットを披露しつつ、次の瞬間にはアニメチックな衣装でその体を包んでいた。今ここに、魔法少女マイニティー・スズカが誕生したのである。
「人の物を盗むなんて最低! 覚悟しなさい!」
スズカはそう言うと、魔法のステッキを取り出し、その先端に力を収束させ始めた。ステッキの先端は、いかにも必殺技っぽいカラフルな光を放ち、ブルボンの怯えきった表情を照らす。
「ま、待て! 話せば、話せば分かる!」
両手を突き出してブルボンは叫んだ。しかし、遅かった……ステッキの先に集まった魔法力は光の雨になって降り注ぎ、ブルボンの邪悪な心ごとその体を焼いた。
「だから、盗みはダメだって言ったのに……」
黒コゲになったブルボンを見ながら、ミホは呆れて、溜息をつくばかりであった……
続く
ってことで、このお話は終了です。
次回をお楽しみに。
それはそうと、もう直ぐゴールデンウィークですね。
黄金週間です。
皆さんはどうやって過ごしますか?
あ、聞いてみただけで別に興味はありません。
私はそうですね……
嫁さんと温泉でも行きましょうかね。
嫁なんていませんけどね!
…………
大人しく家で小説書きますよ。
フンだ!