17.我こそは魔法少女
ミホは大きな溜息をついた。そして部屋の中を見渡す……この間までせっせと家事に励んでいた同居人の姿は無かった。あの後、アイネス・システムとの一件が片付いた後、ライアンはこの家を出て行ってしまった。今はまた、ハクダと一緒に暮らしている。別れ際、寂しそうにミホのことを見たライアン……しかし、自分達といるよりハクダといた方が良いと考え、ミホはその背中を押したのであった。にも関わらず、やはり彼女も寂しかった。彼の体が奏でる機械音が聞こえなくなっただけで、ミホは目の前の光景がひどくつまらないものであるように感じた。
「おい、ミホ!」
そこに突然、もう一人の同居人がやって来た。その顔を見ると、ミホはまた大きく溜息をつく。
「何ですか陛下……?」
「貴様……いい加減、ライアンのことは忘れろ!」
ミホの態度に、ブルボンは眉間にしわを寄せながら言った。そして、「そんなことより……」と前置きすると本題を話し始めた。
「実は、我がブルボン帝国に足りないものがあると気が付いたのだ。」
「足りないものだらけじゃないですか……」
「やかましい! まあ、聞け。私はこの間の一件が終わった後、良く考えてみたのだ。我々の非力さについてな……」
ブルボンはどこか遠くを見つめながら、ライアンがやって来てからのこと、アイネス・システムの地下で見たことを思い起した。ミホも一緒に、あの時のことを一つ一つ思い返していく。
「陛下なんか、全然役に立ってませんでしたしね。」
「うるさい!」
ブルボンはミホにゲンコツを食らわせつつ、しかし一度息を整え、神妙な顔つきになって背筋を正すと話を続けた。
「我がブルボン帝国には国土がある……」
「私の家ですけどね。」
「国民もいる……」
「私と陛下だけですけどね。」
「そして、それを統べる権力がある……」
「ただのわがままな居候じゃないですか。」
ミホが小まめに突っ込みを入れてくるが、しかしブルボンはそれらをことごとく無視し、そして、その声にさらに力を込める。
「しかし、それらを守る力……すなわち、軍事力が無いことに気が付いたのだ! 国家として軍事力の欠如は致命的だ!」
「ヤポンには軍隊ありませんよ?」
「自衛隊とか言うのがあるだろうが! そう言う、建前上の話をしているんじゃないぞ!」
ブルボンは拳を固く握り締めながら強い口調で言った。彼の主張はついにそこで結論を向かえようとしていたのだが、しかし、ミホも伊達にブルボンと同居している訳ではない。そこまで来れば、彼が言わんとしていることはもう分かっていた。
「分かりましたよ……今度、空手道場でも見学に行きましょう。」
しかし、その言葉を言い終わると同時に、ミホの頭は本日二度目の硬い衝撃に襲われた。
「空手で弾道ミサイルが防げるかー!」
「みさいる!? うちはミサイルの標的にはなりませんよ!」
ミホは反論したが、しかし、時既に遅し……完全に火が点いたブルボンを止めることはできなかった。
しばらくして……
二人は街のホームセンターから出てきた。しかし、欲しい物が手に入らなかったのか、ブルボンはしかめっ面をしている。
「まあ、ホームセンターにある物で弾道ミサイルが防げたら苦労はないですよ。」
ミホは、日用品の入った袋をブラブラさせながら笑った。ブルボンは一瞬ミホの方を振り返ってにらみつけたが、しかし言われてみれば確かに、『自衛隊』などと言って建前を気にする国の一般市場で武器が手に入るはずがなかった。それではどうすれば良いか? どこへ行くともなく、街の中を歩きながらブルボンは必死に考えた。そんなことで数分ほど歩いたところだった……
「あれ? 何か、人だかりが出来てますね。」
街の中心にある駅前の広場に来た時、ミホがそれに気付いた。ブルボンもそれが気になり、思考を一時停止してそちらに向かう。
「おい、貴様らどけ! この私を前に行かせるのだ。」
ブルボンはそう言って、無理矢理人の壁を割っていく。ミホもその後を、「すみません」と謝りながら続いた。そうして行くと、二人の目の前に立て看板が現れた。
「今時、立て看板って……」
疑問に思いつつも、二人はそれに書いてあることに目を通した。
――ワキア王国主催 M−1グランプリ出場者募集!――
最近、世界は何かと物騒である。我々、ワキア王国はこれが何か大きな凶事の前兆である気がしてならない。そこで、我々ワキア王国の持つ魔法の力を与えた魔法少女を、各国に一名ずつ置くことになった。その魔法少女を決めるのがこのM−1(マジカルワン)グランプリである。優勝者には魔法の力が使えるようになる魔具『マイニティークラウン』が送られ、『魔法少女マイニティー』の称号が与えられる。興味のある者は当日、会場に来て欲しい……
「ははっ、何だこりゃ……私達には関係ないですよ。行きましょう、陛下。」
ミホは掲示を読み終えると、「馬鹿馬鹿しい」と言って看板に背を向けた。しかし、その瞬間ブルボンの手が伸びてきて、立ち去ろうとするミホの体を引き戻した。
「馬鹿を言え。これはチャンスだぞミホ!」
「何がですか……魔法とかワキア王国とか、色々怪しいですよ。大体どこですか、ワキア王国って?」
「ん、貴様知らんのか? ……そうか、一般市民はあまり知らんかもな。」
怪訝そうなミホの顔を見ると、ブルボンはワキア王国について説明を始めた……
ワキア王国は遥か北にある、氷に閉ざされた小国である。その文化は独特で、科学に頼る他の国家とは違い、魔法を崇拝している……らしい。実のところ、その実態を知る者はいないのである。ワキア王国は五百年前から鎖国を掟としており、外部からも、内部からも、人の行き来を禁じている。もっとも、国際会議などには遣いの魔獣を送ってくるので、ブルボンなど、国家の上層部に立つ(立っていた)者には割りと馴染みがあるのであるが……
「ますます怪しいじゃないですか!」
「黙れ! とにかく、これはチャンスなんだ。私も奴らの魔法は何度か見たことがあるが、あれは凄いぞ! お前が魔法少女になれば、ブルボン帝国の軍事は安泰だ。分かったらM−1とやらに出るんだ。」
「嫌ですよ……」
「フン、貴様の意見など知ったことか……なになに? ほぅ……会場は主都アリマの『ナカヤマアリーナ』だそうだ。開催は十日後か……」
結局、ミホはM−1グランプリに出場することになってしまった。
十日後……
M−1グランプリ会場となったナカヤマアリーナで、ブルボンはキョロキョロと周りを見回してみた。千人はいるだろうか? そこはたくさんの乙女達で埋め尽くされていた。ミホは勝ち抜けるだろうか? ブルボンはふと心配になった。左を見ると……柔道の打ち込み練習をしている少女……右を見ると……身長二メートル以上はあるだろうかと言う大女までいる……あんな少女達と闘った日には、ミホなどに勝ち目がある訳ない。ブルボンは、選考方法が『格闘』でないことを祈った。
『これより、適正審査を行います! エントリー番号順に、決められたブースで審査を受けてください!』
遠くの方で、ワキア王国の遣いである魔獣がアナウンスをした。魔獣と言っても、ただの白いネズミにしか見えなかったが……それはともかく、第一審査である適性審査が始まろうとしていた。審査ブースに向かって移動する乙女の群れの中を、ブルボンは目を凝らして見た。ミホの姿は見当たらない……代わりに、先ほどの大女が巨体を揺らしながら歩いて行くのが見えた。あいつが適正審査で落ちますように……と、ブルボンは心の中で祈った。
そして一時間後……
適正審査が終了した。一体どんな審査が行われたのかは、ブルボンには分からなかったが、しかし、大女が落ちたのか? そしてミホは通ったのか? それだけが気がかりだった。
「私が不合格ってどう言うことよ!」
突然の怒鳴り声だった。見ると、審査結果の書かれた紙を見ながら、先ほどの大女が震えている。どうやら落ちたらしい……ブルボンはプッと吹き出した。そして、そうやって見ていると、怒りが治まらない彼女の元に、先ほどの白ネズミが近付いていくのが見えた。
「何か文句あんのか?」
「当たり前よ! 何これ? 不合格の理由、『体デカすぎ。見た目悪し』って! あなた達は見た目で女を判断するつもり?」
女は自分の手の平より小さいその白ネズミをにらみつけた。しかし、白ネズミはまったく怯まない。
「見た目で判断するよ? テレビアニメで魔法少女見たことないのか? 皆、可愛いだろ? 魔法少女にはルックスも求められるんだよ。」
合理的なような、理不尽なような……そんな言葉をサラリと言ってのけると、白ネズミは「不合格者は去れよ」と、トドメの一言を大女に浴びせた。これには、ついに大女も怒り爆発し、白ネズミを踏み潰そうと足を上げた。しかし、その刹那彼女の体は炎に包まれる。白ネズミが口から火炎放射攻撃をしたのである。
「魔法は無敵だ……そんな力技に頼っている時点で、お前の不合格は決まっていたな。」
白ネズミはそれだけ言うと、係員に火を消してもらっている大女に背を向けて去っていった。
しめしめ……ブルボンはほくそ笑んだ。ミホはルックスは悪くない。それに力が重要でないなら、ミホにもチャンスは大いにある……と、そう考えて……
「陛下……」
そこに、ミホがやって来た。手には審査結果の紙が握られている。
「おぉ、ミホ! どうだったんだ、適正審査は?」
ブルボンが聞くと、ミホは満面の笑みを浮かべて、そして拳をコツンと自分の頭に当てて見せた。
「てへへ……落ちちゃいました!」
「何だと!?」
その言葉に驚愕し、ブルボンは信じることができず、ミホの手にしていた紙を奪い取った。
『貧乳すぎる。不合格!』
紙にはそれだけが書かれていた……
「貴様ー! なぜ貧乳だったんだー!」
「仕方ないじゃないですかー!」
続く
桜も散って、季節はこれから夏に移り変わっていくわけですが……
季節の変わり目は面倒臭いですね。
暖かくして寝たら、朝汗でびっしょりでした。
逆に、Tシャツ一枚で寝たら、次の日風邪を引きました。
季節は私を舐めているんでしょうか?
てめー季節! コノヤロウ!
ってことで……
「こう言う時こそ一段と服装に気をつけないといけないな」と言うことを学びました。